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転生したら、つるっぱげ  作者: 続けて 次郎


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5/10

第五章 告白は、恐怖の別名だ

恋はしない。


そう決めていたのに、恋は勝手に始まる。


髪は生えない。

でも感情は、なぜか増える。


増える場所を間違えている。

毛根じゃなくて胸の奥に、増えていく。



雨上がりの日以降、僕は少しだけ変わった。


帽子を“絶対装備”から“状況装備”に落とした。

雨の日や曇りの日、光が柔らかい日は、被らない時間が増えた。


完全に勇気が出たわけじゃない。

ただ、理由ができたからだ。


「被らなくても、嫌われないかもしれない」


その可能性は、育毛剤より効いた。


……効く場所を間違えているが。



月島澄は、相変わらず月島澄だった。


特別に優しくするでもない。

特別に気を遣うでもない。

僕の頭を“見ない”のではなく、“普通に見る”。


これが難しい。


世の中には二種類の視線がある。


刺す視線と、通る視線。


刺す視線は痛い。

通る視線は、空気みたいだ。


月島澄の視線は、通る。


僕の頭皮は、世界で一番無防備なのに、

彼女の前では無防備でいられた。



放課後、図書室。


いつもの棚の間。


彼女は本を読み、僕はページをめくるふりをしながら、実際には彼女の横顔を見ていた。


髪が揺れる。

まぶしい。

物理的に、まぶしい。


髪って、光を吸って柔らかく見える。


僕の頭は逆だ。


光を跳ね返して、世界に報告する。


「ここにいます」と。


それが、嫌だった。


でも最近、嫌さの質が変わった。


“見られるのが嫌”ではなく、

“彼女にどう見られているかが怖い”。


恋の症状だ。



ある日、彼女が言った。


「真壁くん、最近帽子被らない日、増えましたね」


心臓が跳ねる。


帽子の話題は、地雷だ。


被ってるか被ってないかで、僕のメンタルが測定される気がする。


「……曇りだし」


苦しい言い訳。


彼女は頷く。


「曇り、好きなんですか?」


「好き。世界が優しいから」


本音が出た。


言った瞬間、少し恥ずかしい。


でも彼女は笑わない。


「優しい日を選べるの、いいですね」


その言葉が、妙に嬉しかった。


選べる。


僕はずっと、選べない側の人間だと思っていた。


髪は選べない。

頭皮の光沢も選べない。

人の第一印象も選べない。


でも、日を選ぶくらいはできる。


そんな小さな自由が、

僕の中の“生きやすさ”を少しだけ増やした。



それでも、僕はまだ“恋をしない”つもりだった。


恋は危険だ。


好きになって、

期待して、

触れられて、

そして「無理かも」と言われたら、僕は立ち直れない。


前世でもそうだった。

薄毛が進行した時、僕は鏡を見て、「まだ大丈夫」と言い聞かせた。


でも、本当に痛いのは抜けた瞬間じゃない。


「次も抜ける」と思う瞬間だ。


恋も同じだ。


「いずれ終わる」と思った瞬間、

最初から終わっている。


だから、恋はしない。


それが僕の避難経路だった。



その避難経路が、崩れたのは、あまりにも普通の日だった。


図書室からの帰り道。

夕方。

風は弱い。

空は淡いオレンジ。


そして僕は、その日も帽子を被っていなかった。


理由は単純。


曇り。

光が柔らかい。

頭皮に優しい。


さらにもう一つ。


最近は、彼女と一緒のときだけ、

被らない時間が増えていた。


それは僕の中の“小さな挑戦”だった。


彼女の前でだけ、少しだけ勇敢になる。


世界と戦う勇気はない。


でも、彼女の前で自分を隠さない勇気なら、少しある。


そういう、小さな前進。



橋の上に差しかかったとき、彼女が立ち止まった。


「真壁くん」


その呼び方が、いつもより重い。


「はい」


僕の声も、いつもより低い。


彼女は、空を見てから言った。


「私、好きな人がいるんです」


世界が止まった。


音が消えた。


視界が白くなる。


白。


慣れている色。


僕の頭皮の色。


僕は思う。


――ああ、終わった。


恋をしないって決めたのに、

恋をして、

そしてその恋は、相手の口で殺される。


一瞬で、最悪の未来が完成する。


「……そっか」


声が出た。

驚くほど落ち着いていた。


内側は崩れているのに、外側は平静を装う。


自虐の盾の応用。


「……どんな人?」


聞いてしまった。


逃げ道を探す質問。


彼女は、僕を見る。


まっすぐ。


刺さない視線。


でも、逃がさない視線。


「その人、自分のこと、すごく嫌いなんです」


胸が締まる。


「外見も」


息が浅くなる。


「中身も」


心臓が早い。


「全部」


それは、僕だ。


わかる。


わかるのに、確信できない。


怖い。


期待して、違ったら、壊れる。


僕は笑おうとした。


(……月島さん、そういう人、好きなの?物好きだね)


言いかけて、言えなかった。


言ったら、全部終わる気がした。


自分を貶す言葉をここで使ったら、

彼女の「好き」が汚れる気がした。


彼女は続ける。


「その人、いつも笑ってるんです」


僕の喉が鳴る。


「でも、無理してる」


言葉が心臓に刺さる。


「大丈夫って言うけど、目が全然大丈夫じゃない」


見抜かれている。


全部。


僕が必死に隠してきた“弱さ”を、彼女はもう知っている。


そして、知った上で、ここにいる。


「周りに迷惑かけないようにって、先に自分を下げるんです」


やめてくれ。


それ以上言わないでくれ。


それは僕の“最終防衛線”だ。


そこを言語化されたら、僕は逃げられなくなる。


でも彼女は言う。


「でも、それって優しさだと思うんです」


優しさ?


違う。


逃げだ。


自分が傷つきたくないから、先に自分を削るだけだ。


でも彼女は、僕の行動を別の角度から見る。


「真壁くん」


名前。


呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。


「好きです」


――来た。


世界の音が戻る。


風が吹く。


橋の上で、空気が動く。


僕の頭皮が冷える。


でも、不思議と寒くない。


彼女の声が、僕の中の温度を上げている。


「……僕は」


声が震える。


ここが分岐点だ。


受け取るか、逃げるか。


僕は、逃げ道を探してしまう。


「ハゲてるし」


言ってしまった。


ああ、言ってしまった。


自虐の盾。


ここで出すな。


ここで出したら、彼女の言葉が薄くなる。


でも、止められなかった。


「自信もないし」


出てくる。


溜まっていたものが。


「一緒にいると、大変だよ」


本音だ。


僕は僕を信じていない。


だから誰かが信じてくれても、怖い。


信じられると、裏切ったときの罪悪感が重い。


彼女は首を振った。


「知ってます」


即答。


即答が怖い。


知ってる。


全部。


つまり彼女は、


僕の欠けた部分を承知で、選んでいる。


それは、僕が一番怖がってきたことだ。


「全部」


彼女は繰り返す。


「ハゲも」


あ、言うんだそこ。


「自信がないところも」


「自分を下げる癖も」


彼女は息を吸う。


「それでも、好きです」


その言葉で、僕は完全に動けなくなる。


恋をしないって決めていたのに。


恋をされてしまった。


恋を、受け取らなきゃいけなくなった。


僕は、言葉を探す。


「……澄」


呼び方が変わる。


月島さんから、澄へ。


距離が変わる。


「俺さ」


声が震える。


「ずっと、自分が嫌いだった」


言ってしまう。


これを言うのは、告白より怖い。


「ハゲも嫌だし」


「笑われるのも嫌だし」


「笑って返す自分も嫌い」


「強いふりしてる自分も嫌い」


言葉が止まらない。


まるで帽子を剥ぐみたいに、

心の防具が剥がれていく。


彼女は黙って聞いている。


目を逸らさない。


「でも」


僕は続ける。


「澄の前だと、ちょっとだけマシになる」


それは事実だ。


「だから」


息を吸う。


告白は、恐怖の別名だ。


拒絶される可能性。

幻滅される可能性。

同情される可能性。


どれも怖い。


でも僕は言う。


「俺も、好きだ」


言った。


言ってしまった。


頭皮が冷える。


でも心は、変に温かい。


彼女は笑う。


小さく。


「よかった」


その一言で、僕は力が抜けた。



そのあと僕らは、少し歩いた。


言葉は多くない。


でも沈黙が怖くない。


彼女が言う。


「冷えますね」


「頭?」


「頭も」


僕は笑う。


「頭は常に冷えがち」


彼女は真顔で返す。


「じゃあ、温めます」


「どうやって」


彼女は少し考えて、


「手、繋ぎます」


そう言って、手を差し出す。


僕は一瞬戸惑う。


ハゲは手を繋ぐ前に帽子を確認する生き物だ。


でも今日は帽子がない。


いや、帽子がないことが、今日は正しい。


僕は手を握る。


温かい。


手の温度が、心に伝わる。


頭皮は相変わらず無防備だ。


でも、世界はもう敵じゃない気がした。


少なくとも、

この人の前では。



帰宅して、鏡を見る。


つるっぱげ。


変わらない。


でも今日は、


鏡の中の自分が、少しだけ違って見えた。


欠けている人間じゃない。


選ばれた人間だ。


毛根はない。


でも、

「好き」と言える口がある。


「好き」と言われて受け取る心がある。


帽子がなくても立てる、

たった一歩の勇気がある。


恋は、毛量では決まらない。


そんな当たり前を、

僕は今日、ようやく自分の体に落とし込んだ。

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