第三章 三人以上は危険
人は一人だと優しい。
二人だと少し強くなる。
三人になると、笑いを探す。
四人になると、標的を探す。
僕は長年の観察から、その法則を導き出していた。
――ハゲ社会力学理論。
証明済み。
再現性あり。
そして僕は、理論の実験体だった。
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風事件から数日後。
教室は平穏だった。
少なくとも表面上は。
でも平穏というのは、
嵐の前の静けさであることが多い。
昼休み。
男子三人組が、僕の机の周りに集まる。
一人なら雑談。
二人なら軽口。
三人。危険。
「真壁さ」
来た。
「なんでそんなツヤ出るの?」
直球だな。
僕は笑う。
「毎朝磨いてる」
笑い。
成立。
でも一人が言う。
「触っていい?」
ああ、来た。
触りたい欲。
人は珍しいものに触れたがる。
美術館の展示に“触るな”と書いてあるのと同じだ。
僕は即座に返す。
「有料」
笑いが起きる。
空気は軽い。
でも、軽いからこそ危うい。
「夏とかやばくね?日焼け」
「日焼け止め塗るの?」
「てかさ、なんで生えないの?」
最後の一言。
それは、冗談じゃない。
質問だ。
本質。
僕は一瞬、言葉に詰まる。
なんで生えないのか?
知らないよ。
毛根が会議して辞めたからだよ。
「体質」
そう言う。
便利な言葉。
体質。
でも体質という言葉は、
責任の所在をぼかすだけで、痛みは消えない。
男子の一人が、ぽつりと言う。
「将来どうすんの?」
その瞬間、教室の空気が少しだけ変わる。
将来。
未来。
その単語は、僕にとって刃物だ。
中学時代の記憶が蘇る。
⸻
中学二年のとき。
体育館のバスケの授業。
汗が光る。
僕の頭も光る。
男子の一人が言った。
「お前、将来マジでやばくね?」
笑い。
「もうやばいだろ」
別の声。
「結婚できんの?」
「帽子取った瞬間、帰られそう」
笑い。
そのとき僕は、笑った。
「帽子はオプションです」
場は和む。
でも家に帰って、鏡を見て、
初めて思った。
――結婚できないかもしれない。
十四歳で、そんなことを考える必要はない。
でも考えてしまった。
未来は、眩しいんじゃない。
怖い。
⸻
教室に戻る。
男子の質問は、軽い。
でも僕の中では重い。
「将来?」
僕は笑う。
「発電所」
「は?」
「太陽光」
笑い。
成立。
でも胸の奥は、少しだけざらつく。
月島澄が、少し離れた席からこちらを見ている。
何も言わない。
でも、聞いている。
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昼休みが終わる。
男子三人は散る。
僕は机に突っ伏す。
自虐は盾だ。
でも盾は削れる。
毎日使えば、摩耗する。
月島澄が近づく。
「疲れてます?」
「いや、通常運転」
彼女は少し考えてから言う。
「触っていいですか?」
またか。
僕は笑う。
「今日は有料」
「いくらですか」
「三百円」
彼女は財布を出すふりをする。
「高いですね」
「物価高騰」
くだらないやりとり。
でも、安心する。
彼女は、僕の頭を“珍しいもの”としてじゃなく、“僕の一部”として扱う。
それがどれだけ救いか。
⸻
放課後。
図書室。
静かな空間。
僕はぽつりと言う。
「さっきのさ」
「はい」
「将来どうすんのって」
彼女は本を閉じる。
ちゃんと聞く姿勢。
逃げない。
「……ちょっと、怖い」
言ってしまった。
自虐じゃなく、本音。
「結婚とか、仕事とか」
「ハゲってだけで、減点される気がして」
彼女は少し考える。
「減点されることは、あると思います」
正直だな。
僕は苦笑する。
「ですよね」
「でも」
彼女は続ける。
「最初の点数が低いからって、最後まで低いとは限りません」
「入試じゃないんだから」
その例えが、少し可笑しい。
「人って、総合評価だと思います」
総合評価。
僕は今まで、
“髪の毛”という項目だけで自分を評価していた。
項目は他にもあるのに。
性格、努力、優しさ、仕事、笑い。
でも僕は、
“髪なし=不合格”と自分で決めつけていた。
「真壁くんは」
彼女が言う。
「面白いです」
「それはハゲだから?」
「違います」
即答。
「ハゲは事実です」
さらっと言うな。
「でも、面白いのは選択です」
その言葉が、胸に落ちる。
選択。
僕は自虐を選んできた。
防御を選んできた。
でもそれは、“弱さ”じゃなく“選択”だったのかもしれない。
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「三人以上は危険だね」
僕は言う。
彼女は笑う。
「何ですかそれ」
「理論」
ハゲ社会力学理論を説明する。
彼女は真剣に聞く。
「じゃあ、二人なら安全?」
「だいたい」
「今は?」
僕は周りを見る。
図書室。
静か。
「安全」
彼女は言う。
「じゃあ、三人にならないようにしましょう」
その言い方が、少しだけ特別だった。
僕は胸の奥が、温かくなるのを感じた。
守られている。
でも同時に、
並んでいる。
⸻
その日、帰り道。
夕日が差す。
僕の頭が、オレンジ色に染まる。
彼女が笑う。
「夕日、きれいですね」
「頭も?」
「頭は通常営業です」
僕は吹き出す。
この人は、
僕を過剰に特別扱いしない。
でも雑にも扱わない。
それがどれだけ難しいか。
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家に帰る。
鏡を見る。
つるっぱげ。
変わらない。
でも今日は、少し違う。
ハゲは事実。
でも、評価は自分で決められる。
三人以上は危険。
でも、
二人なら、
安全地帯は作れる。
僕は初めて思った。
――恋、してるな。
毛は生えない。
でも、
未来は、少しだけ怖くなくなった。




