最終章 今度は、隠さない
連絡は、僕からした。
距離を置くと言われたとき、
僕は追わなかった。
でも今回は違う。
追うのではなく、
並びにいく。
それが分かるくらいには、
僕は少しだけ変わっていた。
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「少し、話せる?」
送信。
既読。
数分。
返信。
「大丈夫です」
場所は、あの橋ではない。
あの橋は“始まり”と“距離”の場所だ。
今日は、公園。
ベンチ。
風は弱い。
天気は晴れ。
直射日光。
僕は帽子を持たずに行く。
迷わない。
今日は条件が悪い。
でも、それでいい。
条件を選ばないで立つ。
それが、今の僕の選択だ。
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澄は、先に来ていた。
前と変わらない。
でも、少しだけ大人に見える。
距離を置いた時間が、
彼女にも何かを考えさせたのだろう。
僕は歩く。
彼女の前に立つ。
帽子はない。
隠すものもない。
「久しぶり」
「うん」
沈黙。
でも今回は、怖くない。
逃げないと決めているから。
⸻
僕から話す。
「ありがとう」
澄が首をかしげる。
「何がですか」
「距離、置いてくれて」
驚いた顔。
でも黙って聞く。
「俺さ」
言葉を選ばない。
隠さない。
「自分を嫌いなまま、澄に好きでいてもらおうとしてた」
それは事実だ。
「それ、ずるいよな」
澄は何も言わない。
「ハゲが嫌とかじゃなくて」
少し笑う。
「まあ、ハゲも嫌だけど」
彼女が小さく吹き出す。
空気が少し柔らぐ。
「でも一番嫌だったのは、自分を否定してる自分だった」
言葉が、ちゃんと出る。
「落ちるたびに、ハゲのせいにして」
「自分で自分を下げて」
「澄に“それでもいい”って言わせて」
それは甘えだ。
愛に依存する形。
「今は?」
澄が静かに聞く。
僕は答える。
「まだ自信はない」
正直に。
「でも、前よりはマシ」
「帽子で隠さないで、落ちても立つ」
「ハゲを理由にしない」
「ハゲは事実。でも敗因じゃない」
自分でも驚くほど、言葉が整理されている。
距離の時間は、無駄じゃなかった。
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澄が僕を見る。
まっすぐ。
刺さない視線。
でも逃がさない視線。
「私も」
彼女が言う。
「少し考えました」
「私、真壁くんを“守ろう”としすぎてた」
守る。
その言葉に、僕は首を振る。
「守られるの、嫌だった?」
「嫌じゃない」
本音だ。
「でも、それだけだと苦しかった」
彼女は続ける。
「私は隣にいたいんです」
「上でも下でもなく」
その言葉で、胸が軽くなる。
守られる存在は、欠けている存在になる。
でも“隣”は違う。
対等だ。
毛量は違うけど。
⸻
沈黙。
風が吹く。
直射日光。
僕の頭が光る。
以前なら、ここで帽子を探した。
今日はない。
澄が一歩近づく。
「触ってもいいですか?」
昔と同じ問い。
でも意味は違う。
これは確認じゃない。
選択だ。
「いいよ」
彼女の指が、僕の頭皮に触れる。
ゆっくり。
逃げない。
僕も逃げない。
「……温かいですね」
彼女は微笑む。
「前より、強い感じがします」
僕は笑う。
「気のせい」
「かもしれません」
彼女も笑う。
⸻
「もう一度」
彼女が言う。
「一緒に歩きませんか」
条件はない。
期限もない。
試験もない。
ただ、歩く。
僕は頷く。
「今度は、隠さない」
頭も。
心も。
不採用メールも。
怖さも。
全部。
「ハゲも?」
澄が真顔で聞く。
「ハゲは隠しようがない」
二人で笑う。
⸻
数か月後。
内定通知。
電話越しに、採用担当が言う。
「あなたの受け答え、印象に残りました」
僕は思う。
覚えてもらえることは、弱点じゃない。
特徴だ。
ハゲはマイナスじゃない。
目立つだけだ。
目立つことを、どう使うか。
それが選択だ。
⸻
結婚式の日。
僕は鏡の前に立つ。
スーツ。
ネクタイ。
つるっぱげ。
変わらない。
でも、胸は違う。
帽子は持っていない。
選択肢にすらない。
澄がドレス姿で入ってくる。
「似合ってるよ」
彼女が言う。
「光ってる」
僕は笑う。
「祝福だよ」
チャペルの光が、頭に反射する。
昔なら恥ずかしかった。
今は違う。
これは、僕の形だ。
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誓いの言葉。
「健やかなときも」
「そうでないときも」
頭皮が冷える日も。
笑われる日も。
落ちる日も。
全部、隠さない。
選ぶ。
愛は、毛根に宿らない。
選択に宿る。
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転生したら、つるっぱげだった。
悲しかった。
惨めだった。
何度も帽子に逃げた。
でも最後に残ったのは、
毛じゃない。
自分をどう扱うか、という選択だった。
僕は今日も帽子を被らない。
被れないからじゃない。
被らないと決めたからだ。
世界は相変わらず厳しい。
でも、僕はもう丸腰じゃない。
頭皮は無防備でも、
心は立っている。
――ハッピーエンドは、髪より確かだ。




