第五話
放課後のバウトを終え、悠は校門を出た。夕暮れの空は赤く染まり、虹橋高校の校舎が長い影を落としている。真也とリナに手を振って別れ、悠は最寄り駅へと向かった。電車に乗り込むと、車内は部活帰りの学生や仕事帰りの大人たちでほどよく混んでいた。悠は近くの吊革につかまると軽く伸びをした。電車に揺られながら、今日のバウトの戦いが頭の中で反芻される。
(みんな強くなってるな……)
悠の腕にはリングデバイスがつけられている。この中には今日戦ったフロワラーやグレイブモールが入っている。リンクデバイスはリンクスに快適な状態に整える機能が搭載されており、この中にいれば元々の再生力の高さを利用し、リンクスは少しずつ傷が回復されるのだ。なんと、リンクスはたとえ真っ二つにされようと再生する。このデバイスはそれを更に促進させるのだ。
最寄り駅に着き、家までの道を歩く。住宅街は静かで、街灯がぽつぽつと灯り始めていた。玄関の鍵を開け、靴を脱ぎ、「ただいま」と小さく呟く。家の中は落ち着いた空気に満ちていた。悠は父親との二人暮らしで、母親は幼いころに父と離婚した。父親は結構放任気味で、仕事の忙しさもありあまり話す機会がない。ただ、悠自身はそれほど気にしておらず、むしろ自由にやれているため助かっている。
悠は自室へ向かい、椅子に腰を下ろす。机の上には、教科書や文房具などが乱雑に置かれている。悠はポケットからリングデバイス以外のリンクスが収容されている「ケータイデバイス」を取り出し、画面をタップした。
「うーん、やっぱりそろそろ4体目を用意しないとね」
画面には、過去に捕獲したリンクスたちの名前がずらりと並んでいた。低ランクから高ランクまで、さまざまな種類が登録されている。気になったリンクスの名前をタップし詳細を確認すると、そのリンクスの特性や体調が表示された。
「……さて、誰にしようかな」
画面をスクロールしていくと、ある名前のところで指が止まった。
『妖鬼・ゴブリンナイト』
緑の肌に黒鉄の鎧をまとい、小柄ながらも俊敏で、戦術的な立ち回りを得意とするランク3のリンクスだ。攻撃・妨害・奇襲――どれも扱いが難しいが、使いこなせば強力な戦力になる。悠はゴブリンナイトのステータスを軽く確認する。
「……悪くないね。スピードもあるし、器用だし」
一通りの確認を終え、バウト時の動きを頭の中で軽くシュミレーションした後、画面を閉じ、デバイスを机に置いた。
「……明日、移動させようかな」
今移動させたいところだが、ケータイデバイスからリングデバイスへ移動させるのは、WLAの管理する会場でのみ行える。自宅ではできない。
悠は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。明日は学校の帰りにWLA支部へ寄って、ゴブリンナイトを正式に迎え入れるつもりだ。新しい仲間。新しい戦い方。静かな部屋の中で、悠は小さく笑った。
翌日。放課後の虹橋高校を出た悠は、一人で駅へ向かって歩いていた。今から向かう目的地は、WLA虹橋支部。
昨日の夜に選んだ4体目の候補。妖鬼・ゴブリンナイト。フロワラーやグレイブモールのような“主力”とは違うが、戦術の幅を広げるには最適な存在。
(同じような戦い方はつまらないし。そろそろ戦い方も変えないと)
そんなことを考えながら電車に揺られ、悠はWLA支部の最寄り駅に降り立った。駅から歩いて数分。ガラス張りの近代的な建物が見えてくる。入口には大きなWLAのロゴ。学生から大人まで、多くのトレーナーが出入りしていた。
「相澤悠さんですね。今日はリンクスの移動ですか?」
中に入ったらすぐに受付の場所に行くと、受付の女性が笑顔で迎えてくれる。
「はい。ケータイデバイスからリングデバイスへ一体、移したいです」
「承知しました。では、こちらの端末に接続してください」
悠はリングデバイスとケータイデバイスを専用端末に置く。画面にリンクス一覧が表示され、『妖鬼・ゴブリンナイト』を選択する。受付の女性が選択されたリンクスの確認を終え、「ゴブリンナイトを移動させてよろしいですか?」と再度悠に確認をとる。
「お願いします」
受付の女性が近くの端末をしばらく操作すると、画面が静かに光り、データ移動のアニメーションが流れる。数分の時間を要した後
《移動完了》
電子音が鳴り、画面に完了の文字が表示された。
「登録が完了しました。これで、いつでも召喚できますよ」
「ありがとうございます」
悠は軽く頭を下げ、デバイスを受け取った。WLA虹橋支部での登録手続きを終えた悠は、そのまま施設内のリングフィールドへ向かった。ここは、登録したばかりのリンクスを試運転するための小型フィールド。学生でも自由に使えるように整備されている。
「さて……召喚、してみるか」
悠はフィールド中央に立ち、リングデバイスを軽く構えた。周囲には誰もいない。夕方の支部は混雑が落ち着き、静かな空気が流れていた。デバイスに意識を集中させリンクスの名前を呼ぶ。
「――来い。ゴブリンナイト」
リングデバイスが淡い緑の光を放ち、床に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。次の瞬間、光の粒子が集まり、小柄な影が形を成した。金属の擦れる音。短い槍を構えた、緑肌の戦士。妖鬼・ゴブリンナイト。召喚が完了すると、ゴブリンナイトは素早く周囲を見渡し、警戒するように槍の柄を握り直した。
「……調子はどう?」
悠が声をかけると、ゴブリンナイトは振り返り、軽く胸を叩いてみせた。まるで“任せろ”と言っているようだった。
「じゃあ、軽く動いてみようか」
悠の指示に、ゴブリンナイトは素早く反応する。ステップ。ダッシュ。急停止。槍の素振り。跳躍。どれも無駄がなく、俊敏で、小柄な体格を活かした機動力が際立っていた。
「スピードは十分。反応もいい……これはいけそう」
悠は満足げに頷く。ゴブリンナイトは槍をくるりと回し、得意げにポーズを取った。まだまだ、動き足りないようだ。
「はいはい、分かったよ。明日から本格的に練習しよう」
悠が笑うと、ゴブリンナイトは嬉しそうに肩を揺らした。召喚を解除し、デバイスに戻したあと、悠はフィールドを後にした。支部の出口に向かいながら、明日からのバウトを想像すると少し楽しみになってきた。
この話作るとき、離婚時の親権について軽く調べたんですけど父親が親権を取れる確率って本当に低いんですね。難しいのは知っていましたけど、予想以上でした。




