夏休み2
「さあ、遊びますわよ!」
薔薇崎の合図で、俺たちは海へ飛び込む。
水をかけ合ったり、ビーチボールを追いかけたり。
手帳の不吉な重みなど、忘れてしまいそうなほど楽しい時間が流れる。
ひとしきり遊んだ後、秋が俺に声をかけてきた。
「ねえ、愛羅武くん。薔薇崎さんと夢見さんが休憩をしているけど、ボクはまだまだ遊べそうだから
あそこまで競走しないかい?」
彼女が指差したのは、沖に浮かぶ遊泳エリアを示すブイだった。
「いいけど、わざと負けないからな」
「ふふ、ボクだって負けないよ」
俺と秋は、ブイに向かって泳ぎ出した。
俺の身体能力は、やはり高かった。
水をかくたびに体が前へ進む。体を使うたび、自由を感じる。
あっという間に、俺はブイに辿り着いた。
「はは、愛羅武くんには敵わないな」
少し遅れて到着した秋が、悔しそうに笑って言う。
俺はブイに捕まりながら、何気なくその「向こう側」を見た。
そこには――何もなかった。
青い海が続いているように見える。
だが、よく見ると波が動いていない。
空の雲も、ピタリと静止している。
まるで、書き割りの背景画だ。
(この先は……データがないのか?)
好奇心と、わずかな恐怖。
俺は吸い寄せられるように、ブイの向こう側の空間へ手を伸ばした。
何もないはずの空気に、指先が触れる。
その瞬間。
『ザザザッ……!!』
鼓膜を突き刺すような、不快なノイズ音。
指先に、激しい静電気が走ったような痺れ。
「うおっ!?」
見ると、空間に触れた俺の指先が、黒いノイズに覆われ、四角いドットのように崩れかけていた。
「どうしたんだい!? 愛羅武くん!」
秋が驚いて声を上げる。
俺は慌てて手を引っ込めた。
指は……元に戻っている。
だが、痺れだけが残っていた。
「い、いや……クラゲに刺されたかと思って」
「クラゲ? 大丈夫かい? すぐに浜に戻って手当てしよう」
「ああ……そうだな」
俺は秋に心配させないよう振る舞いながら、もう一度だけ後ろを振り返った。
美しい海の背景。
だが、そこには明確な「壁」があった。




