体育祭4
俺は、薔薇崎がここまで頑張る理由を深くは知らない。
ゲーム内でも、その描写は無いからだ。
知っているのは、彼女が以前話していた「家族が見に来るから」という理由と、負けず嫌いな性格。
きっと、この二つが薔薇崎が折れない理由なのだろう。
俺は、もう一度ウィンドウを見つめた。
『報酬を受け取りますか?』
報酬は、ひとまず受け取らなかった。
記憶のかけらを入手すると、強制的に同期され、頭に激しい痛みが走るからだ。
この記憶のかけらが、どれほどの痛みを伴うのかも分からない。
今、この体育祭の最中に使うべきものではないだろう。
そう考えていると、アナウンスが流れた。
「全学年のクラス順位が確定しました。
前半の部は、これにて終了となります。
お昼の休憩を設けますので、しっかりと水分補給と昼食を取ってください」
前半が終わったらしい。
昼ご飯は、家族が観に来ていて一緒に弁当を食べる生徒が多いようだ。
俺も、観に来ていた家族のもとへ向かった。
母さんは、誰かと話している。
「ええ、そうなんですよ!優も……ちゃんも一位を取るなんて、すごいわよね」
「ほんとに……くんも百合も、大きくなりましたな」
俺が近づく。
「お、……くん来たね。百合がいつもお世話になってるよ」
「いえいえ、いつもお世話になっているのは、うちの優ですよ」
この人の顔を、どこかで見たことがある気がした。
それに、俺の名前を呼ばれたはずなのに、肝心な部分が聞き取れなかった。
母さんが百合を呼ぶ声も、なぜかはっきり聞こえない。
違和感を覚えつつ、空気を読んで聞いてみる。
「百合の……お父さんですか?」
「ああ、そうだよ。昔は“おじさん”って呼んでくれてたのに。
またそう呼んでくれていいんだよ」
フレンドリーな口調だった。
「もう、パパ。優くん困ってるじゃん」
百合が、家族のもとへやって来た。
「おぉ、ごめんよ百合」
百合のお父さんは、ばつが悪そうに頭をかいた。
母さんが口を開く。
「そろそろご飯にしましょう。百合ちゃんたちの分もあるから」
母さんがお弁当を広げ、俺たちは食べ始めた。
食べながらも、俺は考えていた。
なぜ、俺の名前が聞き取れないのか。
なぜ、母さんが呼ぶ百合の名前も、はっきりしないのか。
百合のお父さんはゲームに登場しないはずなのに、なぜ見覚えがあるのか。
謎は多い。
やはり、記憶のかけらを入手し、同期しなければ分からないことばかりだ。
昼食を終え、俺たちは一年生のテントへ戻った。
午後の部が始まり、俺たち四人が出ない種目を、秋・薔薇崎・百合・俺で話しながら眺めていた。
その時、アナウンスが響く。
「次は、最後の種目――クラス対抗リレーです。
代表選手は、集合してください」
俺たちはテントを出て、指定の場所へ向かった。
「薔薇崎……足はどうだ?」
「これが最後の種目ですもの。いけます……大丈夫ですわ」
俺たちは、それぞれの位置に立つ。
コースは、一走者から三走者が半周、アンカーが一周を走る形式だった。
アナウンスが流れる。
「準備が整いました。
それでは始めます。――一について、よーい」
パンッ――号砲が鳴った。
一走目は百合だ。
百合はバトンを握り、前傾姿勢で力強く踏み出す。
圧倒的なスピードで他の選手を引き離し、一位のままバトンを繋いだ。
二走目は秋。
百合が作った差を詰めさせない、安定した走りだった。
そして、三走目――薔薇崎。
薔薇崎は全力で走っていた。
俺たちは一位をキープし続けていた……その地点までは。
四走目目前で、薔薇崎が転んだ。
だが、すぐに立ち上がり、こちらへ向かってくる。
痛みが強いのだろう。足を引きずりながら、必死に進んでいた。
そして、なんとか四走目地点へ辿り着く。
「みなさまが繋いだ順位が……わたくしのせいで……」
彼女の目から、涙がこぼれていた。
俺は、そっと頭を撫でる。
「お前のせいじゃない。
だから……任せろ」
そう言って、バトンを受け取った。
俺たちの順位は、四位。
だが、百合が作った距離を、秋が保ってくれていたおかげで、差はまだ小さい。
俺は、この体で初めて全力を出した。
砂埃も、歓声も気にならない。
俺が見ているのは、ただゴールだけだ。
一人抜く。
さらに、もう一人。
脚の筋肉を酷使し、腕を大きく振り、
体重を乗せた一歩一歩で、地面を強く蹴る。
最後の一人を追いかける。
そして――。




