日常
どこからか、また暖かい声が聞こえる。
「おはよう」
「優、起きなさーい。もう朝よ。朝ご飯、食べなさい」
考え事をしていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「おはよう、母さん。父さんはもう仕事に行ったの?」
「今日は早いみたいで、もう行っちゃったわ。優もご飯を食べて、学校に行きなさい」
そんな、日常的になりつつある会話を交わしたあと、俺はバットを持って玄関へ向かい、家のドアを開けた。
「優くん! おはよう! 今日も一緒に行くよ!」
泣いていた時とは違う、暖かい笑顔で百合が俺を呼ぶ。
百合の胸ポケットには、黄色と赤の花弁を持つユリが飾られていた。
黒じゃない。
それを確認して、俺はほっとし、百合に近づいた。
話をしながら、二人で学校へ向かう。
「百合、人に『車や通りに気をつけて』とか言っときながら、轢かれそうになってたじゃねえか。
あ、そういえば、俺が掴んだ腕の痛みはもう大丈夫か?」
「うん、平気だよ。優くん、ありがとうね! 助けてくれて!
私、また優くんのこと見直しちゃった!」
そう言って、百合は笑顔で答えた。
その瞬間、百合の花の赤い花弁が、一瞬だけ輝いた――そんな気がした。
「そういえば、優くんって部活とか何かする予定あるの?
いつもバット持ってるし、野球部とか?」
「いやー、部活はまだ全然決めてないよ……バットは防御手段、というか……」
「もー、どういうことー。ふふふ、優くんったら」
そんな他愛もない会話を、どこか懐かしく感じながら――
俺は学校へと着いた。




