月光
俺は、下の階へ降りることにした。
「優、今日の晩ご飯は優の好きな唐揚げだから、たくさん食べていいわよ。
お父さんの分は分け終わってるから、大皿の分は食べ尽くしちゃいなさい」
さっきと変わらない内容。
その母さんの言葉が、俺の心をざわつかせた。
「うん……できる限り食べるよ」
そう言って食べ始めたものの、二割ほどで箸が止まる。
「あら、優の好物なのに。何かあったの?」
あった出来事を話しても、通じないだろう。
そう思った俺は、首を振った。
「何もないよ。ただ、ちょっと食欲がないだけ」
母さんは不思議そうに俺を見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。
食事を終え、俺は部屋に戻った。
――そして、携帯電話を見つめる。
しばらく無言で画面を眺めていると、通知が鳴った。
百合からのメッセージだった。
(優くん、今から公園に来てくれない?)
その文字を見た瞬間、さっきの光景が鮮明によみがえる。
謎の黒いモヤ。
背後からの攻撃。
そして――百合の涙。
俺はそれらを思い出し、ひとつの返信を送った。
(今日は色々あったから、もう寝ることにする。すまん)
すぐに返事が返ってきた。
(わかった! また明日も一緒に登校しようねー!)
そのメッセージを見て、ようやく息をつく。
……これで、回避できただろう。
だが、どうしても気になり、俺は窓から公園の方を慎重に覗き込んだ。
月明かりが、一瞬だけ地面を照らしている。
――そして、俺は見てしまった。
ハンマーを手に、俺の家の一階を見つめている人物を。
天竺葵を。




