死の舞踏
高2で書いた短編小説です。
昔、ひとりの少女が、美しく真っ赤な靴を手に入れた。その輝きに心を奪われた彼女は、靴を履いて踊ることをやめられなくなる。やがて踊りは祈りの場さえ汚し、彼女は罰として足を切り落とす。それでも赤い靴は、空の下で踊り続けていた。
乗りなれた電車でも、着ている制服が違うとなんだか新鮮だった。車窓の景色をみると、桜のやさしいピンク色と青い空がよく映えて、今日から始まる高校生活を彩ってくれているように思えた。しかし、いざ高校を目の前にすると、校舎全体が醸し出す威圧感のようなものが、どっと私を責め立てる。春先だというのに手汗が出てくる。ヌルついた手を握り、校舎内を歩く、廊下を歩く同級生が自分より賢く見えて、めまいがする。なんとか教室までたどり着き、ドアを開けると、見覚えのあるおさげ髪の女子が駆け寄ってきた。
「璃子だ!よかった、同じクラスで安心したー」
小学校で出会い、好きなキャラクターが同じだったという小さな共通点から頻繁に遊ぶようになった、親友の夢佳だった。夢佳の笑顔を見た瞬間、自分にのしかかっていた負の化け物が浄化されていった。
「璃子、スマホ買ってもらえた?高校になったら買ってもらえるって言ってなかったっけ」
私は「うん」とうなずきながら、カバンのポケットからピンク色のカバーをつけたスマホを取り出して見せた。
「マジで!これでやっと、ラインつなげられるね。あと、インスタとティックトックと、ビーリアルでしょ。それから」
「まってまって急にたくさんはちょっと」
夢佳は私の静止の声を聞くと、一瞬止まってから言葉を咀嚼し、「ごめん」と謝った。
「璃子と学校外でお話しできるって思ったらつい興奮しちゃって。とりあえず、ライン交換しよ」
夢佳は、自分のスマホをポケットから取り出し、操作し始めた。口紅のような大人っぽい赤のスマホだった。
入学式は割とあっけなく終わり、ホームルームで自己紹介とプリントが配布されれば、すぐ下校だった。帰ってから、スマホを見ると、夢佳からメッセージが届いていた。家に帰っても夢佳と話せるということが、こんなにも喜ばしいことだったのかと実感し、ベッドで転がりながら、返信した。
時は流れ、中間テストが終わり、文化祭が過ぎ、夏休みに差し掛かっているころ。夢佳が先輩や後輩など関係なく、話しかけられていることに気が付いた。なんなら、一緒に買い物に行けば、同い年くらいの女子に「ゆめかちゃんですか?」などと興奮気味に声をかけられていることもあった。さすがに違和感を覚えた私は、昼食の時間に夢佳に理由を聞いた。放送部のパーソナリティの声とクラスメイトの話声で教室はざわついていた。「ああ、えっとね」と、夢佳は恥ずかしがるように話しはじめた。
「私、ダンス部じゃん?自主練のためによく自分のダンス動画をとるんだけど、興味本位でそれの動画に、音とか文字とか編集して、インスタに投稿したら、それがバズっちゃってさ」
「すごいじゃん!」
脊髄反射で称賛の言葉を贈る。夢佳は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。夢佳は人気者になったのだ。だからいろんな人に声をかけられていたのだ。渋られながらも、夢佳からアカウントを教えてもらい、家に帰って、食べかけのキャラメルコーンを広げながら、検索欄に夢佳のアカウント名を入力した。驚いたのは、フォロワー数だ。同じ学校の人同士でつなげれば多くて三百人だが、夢佳は9.8万と女子高校生には見合わない大きな数字だった。そして、動画は最も多いもので3000万回以上再生されていた。インフルエンサー、と聞きかじった言葉が頭に浮かび、その周りを夢佳が遠い存在になってしまうという恐怖が包み始めた。私は思わず、『インスタの投稿の仕方教えて』と、夢佳にメッセージを送っていた。キャラメルコーンはしけっていてぱさぱさだった。
高校生活はあっという間。夏休みが過ぎ、ヒグラシが寂し気に夏を振り返りながら鳴いていた。しかし、夢佳の勢いは止まらなかった。フォロワーは20万人を超え、ほかのインフルエンサーとコラボし始めた。私はというと、フォロワー43人。再生数は三桁が最高だ。最初は、夢佳の隣にいる理由作りのために始めたが、本来の目的も忘れ、自分の承認欲求を満たすために投稿し、日に日に開く夢佳との数字の差に嫉妬する生活を送っていた。やがて、夢佳は忙しくなり、私と遊びに出かけることはなくなった。ラインもお互いにしなくなった。
冬休みに入った。温暖化の影響か、雪は降らない。変わったことといえば、私はインスタのアカウントを消した。一向に増えない数に嫌気がさしたことと、成績が伸び悩み始めたことが理由だ。夢佳は学校に来なくなっていた。わけは知らない。秋ごろからラインは滞ったままだった。
私は、本屋からの帰り道、公園で踊る女子を見かけた。
ベンチにスマホを立てかけて、動画を取っているようだ。少し前までの私がちらつき、胸がきゅっと締まった。曇っていて、外にいると耳が痛く感じるほどの寒さだというのに、その女の子は、肩の見えるシャツにショートパンツと気合の入った姿をしていた。私なんかと比べたら何千倍と上手だった。
しかし、見ているとなんだか不気味に感じた。その原因が気になって、ゆっくりと近づいていき、声をかければ余裕で聞こえる範囲になってようやくその女子が夢佳だということに気が付いた。
気が付くのに時間がかかったのは、夢佳が私の記憶よりもずいぶんと痩せ、メイクでは隠し切れないほどの隈をつくっていたからだ。
親友のやつれた姿を目の当たりにし、心配になった私は、「夢佳」と遠慮がちに声をかけた。
反応はなく、踊り続けている。その動きは滑らかで正確だったが、どこかぎこちなく、機械のように同じ振りを繰り返していた。感情が一切読み取れないその表情が、ますます私を不安にさせた。
もう少し大きな声で、呼びかけても同じだった。私は、まるで迷子の子供が母親を呼ぶように泣きそうになりかけながら、名前を叫んだ。
まったく気づく素振りがない。
夢佳には自分を映すスマホしか見えていなかった。傍からみると、スマホに操られて踊らされているように思えてならないこの状況が不気味さを生んでいるのだろう。
もしかしたら、本当にこのスマホが原因なのではないかと、年齢に不相応な非現実的な考えが私の頭に浮かんだ。フォロワーや再生回数が膨大に増えたのも、全部この呪われたスマホに、文字通り踊らされていたとしたら。
いてもたってもいられなくなった私は、白い雪をかぶった夢佳のスマホをつかみ、勢いよく地面へ投げつけた。
液晶は粉々に割れ、画面は何も映し出さなくなり、代わりに私が肩で息をしながらのぞき込んでいる姿が反射した。
「夢佳」
振り返り、夢佳が呪いから覚めたのか確かめると、呆然と立ち尽くす夢佳が
「璃子?あれ、私なんで、ってか寒っ!」
と拍子抜けするような言葉を発した。今までの天真爛漫な夢佳だと確信すると、私の中で緊張の糸が切れる音がした。その途端、ずっと我慢していた恐怖や不安が、安堵とともに雪崩のように流れ出し、涙が止まらなくなる。
「よかった、本当に、夢佳がもう昔みたいに戻れなくなったらどうしようって、心配で・・・」
高校生にもなって嗚咽を吐きながら泣くなんて、と恥ずかしくなるが、自分ではどうすることもできなかった。状況が呑み込めていなかった夢佳が、私の様子から察してくれたのか、「ごめんね」と「ありがとう」を何度も復唱しながら、涙を浮かべている。空を覆っていた雲の間から、まるでスポットライトのように、夕日が差し込み、私たちの涙を反射しキラキラと輝かせている。セミが盛り上げるように鳴き始める。
「ねえ、踊ろうよ!」
立ち上がった夢佳が、ポケットから赤いスマホを取り出し、もう片方の手を私に差し伸べてきた。
「もうダンスは懲り懲りだよ」
と私は苦笑いを浮かべながら言うと、夢佳は笑顔のままこう返した。
____今もずっと踊り続けてるのに?
「先生、いかがでしょうか。」
「お母さんの言った通り、自分の足が血まみれになっていることにも気づかず、スマートフォンの画面を見つめたまま踊り続けていますね。幻覚を見ているのか、こちらには一切気が付いていない様子です」
「やはりあの子にスマホを与えるのは早かったのかしら」
「症状はいつごろからですか」
「確か、秋口だったはずです。自分がダンスを踊っている動画を投稿していたらしくて、それが伸び悩んでいたのか落ち込むことが多くなってきてから、段々と踊っている時間が増えてきて、いつしかご飯も食べず、寝ることもせず踊り続けているのです」
「そうですか・・・。申し訳ありません。璃子さんの健康状態と精神状態が心配ですが、原因が分からないもので、私にはどうすることもできません。」




