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愛猫のいる生活

高2の時に書いた短編小説です。

 ・・・ピピ、ピピピ、ピピピ


 無機質な電子音が、意識が鮮明になるにつれて、段々と大きくなっていく。俺は薄目を開けて、ベッド横のチェストに置かれた、スマホに手を伸ばし、アラームを止め、だるい身体を起こすと、布団にくるまれた塊がもぞもぞと動き出す。


「おはよう、あんな」


乾燥した喉で朝の挨拶をすると、その塊は、布団から顔を出した。まだ眠そうだ。

俺は簡単な朝食を済ませ、あんなの餌を用意し、身支度を終え、玄関へと向かう。すると、俺の後を追うようにあんなもついてくる。しかし、


ぐんっ、どて。


ベッドのフレームからあんなの着けている首輪にかけて繋がれたリードに引っ張られ、あんなは転んでしまった。

以前、あんなが家から逃げようとしたことがあり、それ以降、首輪とリードをつけさせている。俺はすぐにあんなのそばにしゃがみ、怪我がないか確認しようとした。が、あんなは何事もなかったように立って見せた。その姿がかわいらしくて、つい笑みがこぼれてしまう。このまま、身体中を撫でまわしてあげたいが、あんなを養うためにも、会社に行かなくてはならない。俺はあんなの頭を撫でると、立ち上がり、玄関のドアを開ける。

「行ってきます」

俺は扉が閉まるまで、あんなを見つめる。俺にとって毎日のこの瞬間が一番つらいのだ。




玄関の扉が閉まり、鍵をかける音がした。私は毎日彼の前で転んでみせて、首輪を外すよう促しているつもりなんだけど。苦しいしそろそろこれを外してくれないかな。でも、彼のあの眼。あれは、転ぶ私もかわいらしいなどと思っている眼なのかもしれない。だとしたら本末転倒だね。もう私には脱出しようだなんて考えも気力もないのに。




「そういえば、お前も猫飼い始めたんだっけ」

昼休み。自作の弁当に手を付けようとしたとき、同僚でデスクが隣の松山に話しかけられた。

「ああ、そうだよ」

「猫いいよな。独身で動物飼うと結婚できなくなるっていうけど、あれマジだわ。猫しか考えられない。やべえな俺、これからどうしよう」

「猫と結婚すればいいじゃん」

俺はさも当たり前のように言えば、松山はよくいう鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をすると、ふいに吹き出した。

「名案過ぎだろ」

すると、松山はカツサンドを片手に、自分のスマホを操作し、画面を俺の目の前に突き出した。

「これ、俺の嫁」

画面には、毛づくろいをする三毛猫の写真が表示されていた。松山は、俺にスマホ画面を見せながら器用にスクロールする。間違い探しかと突っ込みたくなるほど、同じような三毛猫の写真ばかりが映し出される。

「どこ切り取ってもかわいいんだよな。だから消せる写真なくて、そろそろ容量満杯」

松山は苦笑した。

実際、この男の言うことには共感する。俺もあんなの写真や画像は、特になにかイベント事があるわけでもないのによく撮ってしまう。そして、仕事の合間なんかに見ては癒され、今日を生きる活力をもらう。しかしこれがほかの子の写真だと、どうも力がみなぎらない。うちの子が一番だとやり場のない愛があふれそうになる。今だってそうだ。松山の猫を見たらあんながどうしているか気になってしょうがなくなる。俺は、我慢できず、ペットカメラを起動する。あんなは床に寝ころんでいた。その姿はとっても愛らしいのだが、風邪をひかないか心配になる。早く帰ってあげないと。


「何ニヤついてんだよ。もしかしてお前の飼ってる猫か?俺にも見せてくれよ」

松山が俺のスマホをのぞき込もうとする。俺はとっさにスマホの画面を胸に押さえつけた。

「この子は俺だけのだから」




目を覚ますと、窓から見える空が橙色になっていた。午前中はテレビを見ていて、彼が用意してくれたお昼ご飯を食べて、ごろごろしてて、それで、多分寝たのだろう。毎日この繰り返し。飽きはするけど、彼のように働いたり、人と関わったりせずに、食べ物を用意してもらえて、安全に寝られる場所が用意されていると思うと、幸せなのかもしれない。

いや、幸せなのだ。もう、これ以上を求めてはいけない。




鍵を開け、玄関のドアを開くと、あんなが立っていた。家に連れてきたばかりのころは全く懐いてくれず、無論、お出迎えなどなかった。あの時はよく鳴いていて大変だったな。俺も慣れてなくて、よく怒鳴っちゃったし。

「ただいま」

返事はしてくれないし、表情も読みにくい。そんなクールなところも大好きだ。



 夕食を終え、一緒に風呂に入り、あんなを乾かしてやっている時、前までは、風呂に入るのを嫌がっていたなと思いだした。いまではだいぶ大人しくなった。慣れたのか、染まったのか。外に出すのはまだ少し怖いな。でも、二人で遠くの海に行きたい。なんて。あんなは俺をどう思っているのだろうか。いろいろな考えが浮かんでは蒸発し、あんなの湿った毛もふわふわになった。

「よし、おわり」

あんなはオッケーが出ると、俺の膝からどいて、ベッドに入った。俺はドライヤーを片付け、寝室の照明を消し、あんなの隣に寝転がる。あんなはこちらを丸く大きな眼でのぞき込み、指示を待っている。


「明日はお休みだから」


俺は寝言のように、また独り言のように、それでいて自己暗示のようにつぶやく。それに応じるように、あんなが仰向けになって目を閉じた。




 よく泣いた。ここに連れてこられた時。目を覚ますと、知らない部屋、知らないベッド、知らない男の人。当時は、手錠と足枷もつけられていた。見覚えのない男に、服を着替えさせられ、何が入っているかわからない男の手料理を食べさせられ、お風呂で身体まで洗われる始末。いつも逃げ出す隙を伺っていた。

一度だけ、外に出られたことがある。しかし、監禁され、まともに動いていなかった私には体力などあるはずもなく、マンションの階段ですぐに彼に捕まった。彼は普段の温厚な性格とは裏腹に低くドスの利いた声で吠え、私の首を絞めた。呼吸ができなくなり、右脳がバチバチと危険信号を出すあの感覚と、彼のどこか寂し気な眼は忘れられない。あれ以降、私は抵抗をやめた。


ただ、今は鳴く。

私を押し倒す彼の猛獣のような瞳に映る私は猫だ。


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