姫の章1 姫は、幼きに
これは、そう。夢だ。
そう自覚するものの、その感覚はすっと頭の中から消えていった。
幼い頃やっと読み書きが満足にできるようになった頃の夢。
全ては過去の出来事。だからこの先の結末は現実には何も影響しない。
現在には何も変わりはしない。
例えこれが現実であってもただの幼い女の子だった私には何もできはしない。
あの頃の私は何でも出来ると思い込んでいた。浅はかで傲慢な子供だった……
「……」
出来ることが増えれば子供というのは嬉しいもの。
そうなれば自然と少しばかり背伸びをして難しい書物を読もうとする。
「だめだーー、よめない~」
そう言いながら私は両手を伸ばし、座敷の上に寝転がった。
父が集めたらしい古い書物の置かれた書架によじ登り、目についたものを手に取ってみたもののその内容を理解することはおろか、読むことすらそのころの私にはまだまだ難しいものだった。
「もう、はるちゃん。はしたないよ?」
そう言いながら私より二つお姉さん。幼馴染の少女が私の顔を覗き込む。
着流しの小袖で大の字に寝転がれば着崩れてしまう。
乱れた着物を直された。幼子で恥じらいのない頃ゆえの行いだった。
「まったく。誰にも見られていなかったのは幸いね。姫様のお尻が丸見えだったなんて、末代までの笑い話になるところだよ?」
呆れ顔で私の横に美しい品のある所作で座った。
私は姉の方に体を転がしうつ伏せになる。
「これ読める? 何のことかよくわからないの」
私は寝転がったまま、姉の膝の上に読めなかった書物を置いた。
その表紙を見た姉代わりの幼馴染は困ったような顔で笑った。
「これは流石に私でも無理だよ。兵法書なんて武人でもそうは理解できはしないんだから」
読み書きができると言っても段階がある。
まだまだその字の音がわかり形の区別がつくだけに過ぎない少女に兵法書の中身を読み解くことなどできようはずもなかった。
文字は読めても、その組み合わせによって無数に生まれる言葉の知識は圧倒的に少ない。
それで大人たちが読んでも難しい書物に手を出すのはまだ早すぎる。
「なんだ~、刹那でも読めないんだ」
「それはそうだよ。私達なんてまだまだ子供だもの」
少ししか変わらないのにずっと大人に見える幼馴染の言葉に少しだけほっとする。
私よりも読み書きができる彼女はもうすでに家の仕事を手伝っていた。
ここらの豪族である父。武を争う一国の王。
その側近である彼女の父親。
それが戦に使うもろもろの手配をすれば、その項目を書いたりといったことをしているのだからもう子供とは言え侮られてはいない。
そのことが少し羨ましかったのだ。
武の氏族長の末っ子。しかも、紅一点である私。
周りはみんな厳つい顔で体格もいい大人ばかり。
摸擬刀もまだまともに持てない少女と遊んでくれるのはこの刹那だけだった。
「ハルちゃんには、これなんかどうかな?」
父の書架をすぅーと見流し、書架の中間から一冊の本を取り出した。
「星喰いの悪魔のお話だよ。何でも願いを叶えてくれる悪魔の話」
「あ、悪魔?」
私はその言葉に少しだけ不穏な響きを感じる。
そのことに気づいたらしく、姉はくすくすと笑う。
「大丈夫、この悪魔さんはいい悪魔なの。人の願いを何でも叶えてくれるのよ?」
「いい悪魔。何でもって、本当に何でも?」
「ええ、不老不死や金銀財宝。どんなことも叶うの」
寓話であるそれをそうとも知らず、私は喜ぶ。
姉に渡された本に興味を抱いた私は、その本を開き一緒に読み始めるのだった。




