プロローグ④ 完
「……さて、回収しますか」
サイランが問いかけると、ライハは静かに頷いた。二人がレイラに近づこうとした、その時、奥の茂みがガサリと動いた。
そこから現れたのは、まだ幼い少女。
彼女は全身を震わせ、怯えた瞳で二人を見上げていた。
「丁度いい、この娘は捕虜として利用できますね」
サイランが冷笑を浮かべ、少女へと手を伸ばす。
だがその瞬間。
瀕死のレイラが、血に濡れた体を無理やり起こし、か細い声で立ちはだかった。
「……この子には、指一本触れさせません」
そう言って彼女は神器『明鏡止水』を握りしめる。
だが傷は深く、再び血を吐き、力尽きるようにゴウケツの隣へ倒れ込んだ。
「しぶといですね……ですが、狙いは神器です。まずはそれから頂きましょう」
サイランが手を伸ばした瞬間、レイラの体から眩い光が溢れ出した。
「な、なんだこの光は――!」
闇夜を切り裂く光。
そこに現れたのは、レイラではなく神器『明鏡止水』を握り立つゴウケツの姿だった。
「なぜ……致命傷のはずだ。それにその手の神器は……」
焦るサイラン。しかし答えはない。
ゴウケツの命の炎はすでに尽きていたはずだった。
――神器『明鏡止水』
心を無にしたとき、奥の手『無幻』を発動させる真の力を持つ。
皮肉にも、レイラが心臓を止め、完全な“無”となった瞬間、神器は覚醒したのだ。
さらに、レイラは最後の瞬間、神器の力をゴウケツへと託していた。
その力が、彼に僅かな命の火を灯したのである。
「神器を手にしても、死にかけの貴様に何ができる!」
サイランが叫ぶ。しかし、彼は気づいていた。
――光の中からレイラの姿が消えていることに。
(ありがとう、レイラ……俺の考えは正しかった…後は任せるぞイッシン)
「明鏡止水――無幻!」
ゴウケツが最後の力を振り絞り刀を振るう。
放たれた一閃は、黒獅子の咆哮を超える力を纏い、ライハとサイランをまとめて吹き飛ばした。
サイランは致命傷を負い、ライハは辛うじて立ち上がる。
その時――
「ゴウケツ将軍!」「レイラ様!」
駆けつけた味方の増援。ゴウケツが稼いだ時間が彼らを呼び寄せた。
「レイラ……撤退だ。二人目の将軍格相手は無理だ……それに――」
サイランは言葉を途切れさせ、気を失った。
ライハはゴウケツの手から『明鏡止水』を奪い逃走する
「ゴウケツさん……あなたが、やられるなんて……」
駆け寄ったのは、シュラという時期将軍候補
「悪いな、シュラ……俺はここまでだ。国のことは……頼む。それと――」
最後の言葉を囁くと、シュラの顔は険しさを帯びた。
「嬢ちゃん、怪我はないか……怖かったな。ごめんな……」
少女の頭を優しく撫でると、ゴウケツはそのまま大地に崩れ落ちた。
――その日、ノヴァリス王国は一人の少女を守る代償として、
戦闘姫レイラと最強の男ゴウケツを同時に失った。
数年後
「シュラ・ラカンを、ノヴァリスの将軍に任命する」
数年後。
ゴウケツの死から時を経て、シュラは将軍へと昇格していた。
彼は墓前に立ち、静かに誓う。
「ゴウケツさん……俺はあなたを超えてみせる。ネフィリス軍に屈しない」
そして家に帰ると、一人の少年が木刀を振り続けていた。
声を聞いた途端、動きを止める。
「お帰りなさい、シュラさん。将軍の任命式、終わったんですか?」
「ああ。ついでにゴウケツさんの墓参りもしてきた」
少年は涙を浮かべる。
クロカミ・イッシン――それが彼の名。
亡きゴウケツとレイラの息子であり、シュラが育てていた。
「シュラさん、決めたよ。俺……ウエポンズになって戦う」
その瞳は、父にも劣らぬ闘志を宿していた。
こうして少年は、修羅の道へと歩みを始める――。