【2章】戦闘神姫 第5話 パラットと白銀
「よし、次の階に行こうか」
「クロカミさん、ちょっと待つ……です」
パラットが袖をつまんで俺を引き止めた。
「おかしい…です。ハンターは基本“単独”で動かない…です」
さっき見つけた死体は一人分だけ。だが――
「仲間を囮にして逃げた……にしては、下りで俺たちと鉢合わせてない」
「つまり、残りは“まだ上”にいる……です」
上への階段を見つめた二人は息を整え、さらに上階へ向かう
――上階・守護者の間
「ちっ……さっきの蜥蜴人がボスじゃなかったのかよ」
「あれが守護者だと思って突っ込んだのに……!」
先行していたハンターたちが、灼けるような熱に顔をしかめる。
「いいか。ここで仕留めて“黒猟会”への手土産にするぞ」
「へい!」
彼らは一人を囮にして下層へ押しやり、全員で上へ駆け上がっていた――。
――
最上階へ続く階段で、パラットの表情がまた曇っていた
「パラットちゃん。……答えにくかったらいいけど、ハンターと何かあったのか?」
足を止めて尋ねると、彼女はうつむき、短く息を吐いた。
「……面白い話じゃ、ないです」
顔を上げた瞳に、淡い怒りが灯る。
「でも、この顔のせいでクロカミさんが気にしているなら私の責任…です」
「嫌じゃなければ、聞かせてくれ」
小さく頷く。
「――話す…です。私の“過去”を」
――五年前。
目を開けたら、知らない森の地面に倒れていた、です。
冷たい苔の湿り気、土と落ち葉の匂いだけが鼻に残って――
起きたときには以前の記憶は、無かったです。
自分の名前も、どうしてここにいるのかも。
心細くて、歩きながら少し泣いた…です。
やがて水の音がして、音の方へ行くと、小さな湖があったです。
湖の縁で膝を抱えたとき、背中に“影”が落ちたです。
振り向くと大きな白い狼。毛並みが雪みたいに白く、まるで全てを包み込むような――
「目を覚ましたか、小娘」
狼は、人の言葉を話したです。
「ここはどこ……です? あたしは……誰、ですか? えっと、あなたは?」
「我は白銀。この森の守り手だ。お前は森で倒れていた」
白銀は、この森のことを教えてくれたです。
この森にはモンスターは棲まず、傷ついた動物たちの“庭”になっていること。
「迷子なら、入口まで運んでやろう」
「わからない…です。自分の事、何も。どうしてここにいるのかも…」
白銀は何も言わず、私の首根っこをやさしく咥えて歩き出した。
「な、なにをするです…放すです!」
私の言葉を無視して白銀はゆっくりと歩き出した。
暫くして森の奥地へと連れてこられた私は、口から降ろされた
「私は食べる…ですか?」
「フン…小娘など食べたところで腹の足しにもならんわ」
続け様に、白銀は言ったです。
「暫く此処で住めばいい…帰りたくなったら勝手に帰れ」
その言葉には優しさが見えた気がした
そして私はこの森に住むことにしたです。
白銀は、迷い込んだ動物を世話し、
世話された子らが、また別の弱い子をかばう。
そんな、強くてやさしい“群れ”の森だったです。
その森で私は生活の知恵を得たです。
命の大切さ、そして命を頂くということも。
このまま、この森で暮らしたかったです……
だけどそんな充実した日々は長くは続かなかったです。
――そして、事件は起きた
いつもと同じように森で暮らしていると、
突然、大きな音とともに炎が舞い上がった。
離れにいた私は即座に、煙の上がる方へ駆けた。
炎と煙が立ちのぼるのは、森の奥──白銀のいる場所だった。
そこで私は、とある男と言葉を交わす白銀の姿を見た。
「お前がこの“ダンジョン”の守護者。伝説の白狼王、白銀だな!」
男はそう言って高らかに笑った。白銀の名を、私は初めて聞いた。
「伝説……? 白狼王……? ダンジョン……?」
頭の中に言葉が追いつかない。白銀の本当の名も、ここが“ダンジョン”であることも、私には理解できなかった。
男はサングラスを上げ、白銀をにらみつけると低く呟いた。
「神獣に手を出すなって言われてるが、依頼は依頼だ。お前を狩らせてもらう………捉えた」
何かを唱えた後、男の瞳がギラリと赤く光った。
私は、そのとき初めて男の目をはっきり見た。結膜は黒く、瞳は血のように赤かった。
男のスピードはまるで獣のように速く、何度も白銀を斬りつける
それは狩人が確実に獲物を仕留めるような、冷酷に…
「よく耐えたな……さすがは神獣か。だが次で終わりだ」
男が最後の一撃を継ぎ足す。刃は白銀の身体を襲い、命に触れんとする。
「死ぬ前に聞いときたい…なぜ戦わねぇ」
男の問に白銀は、唸るように答えた。
「我が動けば、この森の者らも無事ではいられん。もし我が生きておれば、被害は拡大するだろう……ならば、我が消える道が一番、少ない犠牲で済むのだ…」
「そうか、なら安心して死ね…」
男の最後の一撃は、白銀の小さな命の灯火を消した。
「流石は神獣だな、倒れねぇや」
白銀は立ったまま絶命した。
――炎の匂い、白銀の体温が消える瞬間、森は深い静寂に包まれた。
私の胸の中で何かが綻び、どうしようもない寒さが広がっていった。
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