【1章】戦闘神姫 第7話 決着!風薙VS無限の笛ー巻き起こせ大旋風ー
アヤカの窮地に割って入ったのは、神器を手にしたイッシンだった。
「あなたのような神器使い……聞いてませんねぇ。どこの刺客です?」
「神器は“さっき選んだ”ばかりだ。俺は――この国を守るために、お前を倒す!」
言い放つと同時、イッシンは薙刀を大きく旋回させる。
(……この男、薙刀の特性を理解している。若いのに“とても”優秀だ)
「近づけませんねぇ。なら――」
笛使いは距離を取り、笛を吹く。
「イッシン、あれを聞いちゃダメ!」
アヤカの叫びは届かず、音色がイッシンの動きを鈍らせた。
「これであなたの懐に入るのは楽になりますねぇ」
男は自らにも強化を施し、小太刀を抜く。
「薙刀の攻略は、その“間合い”を潰すこと。懐さえ取れば、あとは刻むだけ」
「舐めんなよ……それくらい想定済みだ!」
イッシンは石突きを地に叩きつけ、その反動で跳躍。
「これで間合いは俺のものだ!」
空から落ちる一閃――
「音盾!」
轟音が空気の壁を生み、斬撃は弾かれた。
「くっ……もう少しだったのに!」
「紙一重でしたねぇ。……あなた、あの小娘よりも手強いですねぇ」
戦況は笛使いが優勢。弱化の音に晒されたイッシンは不利を強いられる。
「惜しい……この才をここで殺すのはもったいないが、私も負けられませんねぇ。間合いに入らず、あなたを殺しますよ」
音の砲撃が連続して飛ぶ。辛うじて避けるも、止む気配はない。
(強い……それに“音”を攻略しない限り、絶対に勝てない)
その時、薙刀がほのかに光を帯びた。
(そうだ、これは“神器”。なら――教えてくれ。お前はどんな力を持ってる)
刃が脈動し、光が走る。
「これが……お前の本当の姿か」
【神器〈風薙〉】
その名のとおり「風を薙ぐ」力を宿す薙刀。振れば斬撃は風を纏い、遠間の敵すら切り裂く。
東国の武人が振るい、地を裂き、海さえ割ったと伝わる。
「……わかる。風薙の使い方が、頭じゃなく“体”に入ってくる」
「厄介ですねぇ。ならば奥の手――」
男の気配が跳ね上がる。
「反響雑音!!」
無限笛の最終奥義。場を満たす不協和音が五感を蝕み、内臓さえ破壊する、回避不能の大技。
「これで全員、終わりです!」
「させねぇよ」
イッシンは遠間から薙刀を一閃。
「音を凪ぎ払え、風薙――大旋風!」
切先から立ちのぼる竜巻が、イッシンと笛使いのあいだに奔る。
「小娘も巻き添えにする気ですか」
「違ぇよ。――周り、見てみろ」
竜巻は三人を囲むほどの圧を放ちながら、瓦礫も炎も揺らさない。
「お前の“音”だけを斬った。正確には――風でお前の音を殺してる」
本来、《大旋風》は〈風薙〉の大技――振るった空間ごと暴風で薙ぎ払い、すべてを吹き飛ばす力を持つ。だがイッシンは刃の流れを極限まで絞り、“音圧だけ”を噛み砕く無音の渦へと変質させた。
その瞬間、笛の旋律は千切れ、響鎧も強化もろともバフ/デバフが霧散する。音の枷が外れ、イッシンの身体に本来のキレが戻った。
音の弱化が消え、イッシンの身体から枷が外れる。
「これでお前の鎧の効果も切れてる。――止めだ!」
「風刃――」
名を叫んだ刹那、激しい疲労がイッシンを襲う。
「くっ……なんだ、この……」
「あなた、“さっき”神器を選んだと仰いましたねぇ。相性が悪かったのでしょう…形勢逆転です」
渦はゆっくりと解け、男が小太刀を構えて迫る――
しかし、その時、男の背に灼熱の軌跡が走った。
「炎気一閃!」
紅の刃の袈裟斬りが笛使いの背中を切り裂く
「間に合ったわ……少し休ませてもらった」
立っていたのは、薬で痛みを抑え立ち戻ったアヤカ。
「あなたがイッシンに集中してくれたおかげで、回復も間に合った。それに――イッシンの“音殺し”が一番大きい」
「不意打ちとは卑怯な……!」
男の傷は深く、前のめりに倒れる
「これは戦争。試合じゃない。あんたたちが攻めてきた以上、私たちは何をしてでも守り抜く」
「ふん……小娘、覚えておきなさい。貴女はまだまだ弱い。もっと剣と向き合いなさいねぇ……それから、あなた。もっと戦い続けなさい、実戦が足りないですねぇ……」
男は言い終えると同時に息を引き取った。いかに優れた戦闘者でも、人間の身ではアヤカの一撃は致命だった。
「……こいつは、ただ強い相手とやり合いたかっただけなのかもな」
「それでもネフィリスに力を貸し、国に攻めてきている以上、殺さなきゃいけない相手よ」
笛使いが絶命し、アヤカとイッシンは糸が切れたようにその場へ腰を落とす。
「死ぬかと思ったぜ……」
「正直、私も。……でも来てくれて助かった。ありがとう、イッシン」
久しぶりに、アヤカに真っ直ぐ礼を言われた気がした。子どもの頃から彼女はずっと一人で戦ってきた。――でも、もう一人じゃない。俺が支える。そう決めた、その時。
「おやおや……この男を倒しましたか。さすがですね」
黒いマントを身に着けた女が現れる。顔を見た瞬間、アヤカの瞳が見開いた。十年前――ノヴァリスの将軍、クロカミ・ゴウケツを討った女。そしてその場にいた少女こそ、アヤカだった。
「誰だ、あんた?」
「サイラン…! あんたは私が必ず殺す!」
限界のはずのアヤカが、女へ鋭い殺意を向ける。
「おや?貴女は…あの時の少女ですか。ふふ、見違えるほど成長しましたね。やはり、あの時攫っておけばよかった」
嘲るように笑う。
「イッシン……アイツよ。あなたの両親を殺した、ネフィリスの戦闘員」
その言葉で、頭が一瞬真っ白になった。次いで、血が沸騰するような怒りが込み上がる。
「お前が父さんたちを――!」
怒気を放ち、限界の身体を無理やり起こして風薙を構える。
「ほう、ゴウケツ殿の息子。これも運命ですね。ふふふ、どうです、ネフィリスに来ませんか? 歓迎しますよ」
「黙れ。今すぐ斬り捨ててやる……!」
啖呵を切るどころか、構えを取るだけで精一杯だ。
「ふむ……お断り…と。まぁ、今日は偵察のつもりでしたが――瀕死の戦闘姫と新参の神器使い。簡単に始末できますね」
サイランが獣のような殺気を放つ。その圧は、喉元へ刃を押し当てられたかのように鋭い。
「これが、親父を殺した“戦闘者”のプレッシャーかよ……」
女はゆらりと歩を進める。普段なら避けられる距離――だが疲労と重圧で身体が動かない。
「では、あなた方の神器も回収しますか。……今日はいい日ですね」
サイランが特殊形状の剣を抜く。剣の節々が繋ぎ目になっており、その形はまるで蛇の様だった
「不気味な刀だな」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます。お礼にこの剣で殺してあげますね。では」
絶体絶命。その瞬間、どこからともなく冷気が走った。イッシンも、アヤカも、サイランもそれを感じる。
次いで、氷弾が飛来。着弾点から一帯が凍りつく。
「間に合った、です」
小柄な白髪の少女が現れる。
「パラット!」
アヤカが叫ぶ。氷の二丁銃を操る、戦闘姫だ。
「あなたたちですね……動物さんを改造して兵器にしたのは。許さない、です」
可憐な見た目に反し、放たれる闘気は鋭い。怒涛の速射――だが、しなやかに動く剣は全ての弾を打ち落とす
「死にたいならお望み通り殺して差し上げましょう。」
「来るなら来い、です」
火花が散ろうとした、その刹那――
「崩天斬!!」
パラットとサイランの間に、金髪の女が大剣を振り下ろして割って入る。
「今度は……誰だ!?」
「間に合ったか」
現れたのは大将軍シュラと戦闘姫の女性だった
「サイラン……貴様だけは、必ず討つ!」
「おや、私は人気者ですね。さすがにこの人数は手強い。退かせてもらいます」
サイランがスイッチを押す。街の各所で小規模爆発が連鎖した。
「火薬量は抑えてあります。市民の救助を急いだほうがいいですよ。それに――」
マントの裾が揺れ、奪った神器がちらりと覗く。
「持ち帰る戦利品が多くて、忙しいので」
「なぜだ! なぜ神器の隠し場所がわかった!」
「その少年を尾けたら、入口が“開いて”まして。感謝していますよ」
シュラがイッシンを鋭く睨む。
「では、ごきげんよう。それと、ネフィリスは戦闘姫に対抗する力を開発中です。それが完成したら……わかりますね?」
意味深な言葉を残し、サイランは闇へ溶けた。
「イッシン、叱るのは後だ。――お前も来い、力を貸せ!」
こうして襲撃は幕を閉じた。街は深い傷を負い、死者も出た。
サイランの最後の言葉。その真意を、俺は後に嫌というほど思い知ることになる。
次回以降イッシンの冒険がスタートします!
ぜひ今後とも宜しくお願いいたします!