【1章】戦闘神姫 第6話 火王の業、怨嗟の力
ボロボロになりながらも、アヤカは再び立ち上がった。
刀を構えたその気配は、なおも鋭い圧を放つ。
「戦闘では到底敵いませんが、この状況なら私に分がありますねぇ」
笛の神器使いが、余裕の笑みを浮かべる。
「なるほど。その笛の“デバフ”は、防御も体力も削ってくるわけね。勉強になったわ。じゃあお礼に、楽に眠らせてあげる」
言い終えるや、アヤカは踏み込み、刃が稲妻の軌跡を描く。
だが、いつもの速度には遠い。空気だけが裂け、剣は虚空を薙いだ。
「――っ」
振り終わりの隙へ、小太刀がスッと割り込む。
薄皮を削られ、足がよろめく。
「チッ……ネチネチと、ほんと嫌な戦い方するじゃない」
「私はこうやって地道に削るのが好きでしてねぇ。それに――楽しいんですよ。自分より強い相手を完封するのは」
笛の男は距離を取り、一息。
濁った音が空気を歪ませ、アヤカの平衡感覚をわずかに奪う。
「直で聴くと耳障りね。その音色、才能ないわ」
「その減らず口、いつまで持ちますかねぇ」
一方。
「はぁ、はぁ……やっと着いた……酷い有り様だな」
イッシンは街に滑り込む。炎と瓦礫、崩れた家々。鼻を刺す焦げ臭さに、喉が焼ける。
「早くアヤカを見つけないと……って、肝心の武器を置いてきた……」
一拍、思考が跳ねる。
「軍だ。地下に神器の保管庫がある――そこへ行く」
イッシンは踵を返し、駆け出した。
「……誰だ、あの少年。データにない」
尾行する影が、音もなく付く。
――軍施設・地下入口付近――
「ここだな……『誰にも見つかるな』ってシュラさんに言われてる。急ぐぞ」
半ば開いた扉をくぐり、階段を一気に降りる。無骨な棚列、鎮座するのは異質な気配を放つ武器群。
「これが全部、神器……ただ――」
適合に失敗すれば死ぬ。シュラの声が脳裏で重く響いた。
「……覚悟はできてる。なりふり構っていられない。なんでもいい!……これだ!」
一番近くで取りやすい物を選んだ
手に取った瞬間、刃が微かに脈動し、淡い光が走る。
「光った……前回とは違うのに、また……。考えるのは後だ。アヤカの所へ!」
イッシンは神器を携え、地上へ飛び出す。
「ふふ……面白い場所を見つけましたね」
少し遅れて、黒いフードの女が階段を降りる。半開きの扉を指で弾き、嘲るように囁いた。
「不用心、というやつです」
女はマントの裾を払う。闇が吸い込むように揺れ――棚の神器が、次々と消えた。
「魔法具影装……実に便利。回収完了。さて、見学の続きといきますか」
マントに最後の一本を収めると、女もまた音もなく駆け出した。
再び戦場へ戻るー
「これならどう?」
アヤカは遠距離から攻撃を試みる。刀身に炎を宿し、火線を飛ばす。
「容易く避けられますねぇ! それに――」
笛使いは再び笛を吹いた。
「自分の強化だってできるんですよねぇ!」
「そんなの、想定済みよ」
炎撃は何度も放たれるが、強化された男にはかすりもしない。
「もう強がりはやめて、大人しく死になさいねぇ」
強化を得た男の小太刀が閃く、しかしアヤカは間一髪の所で躱す。
その刹那、戦闘中の広場で炎が瓦礫や木材に引火し、周囲は火に包まれた。
「やっと本気を出せるわ。この中なら邪魔も入らない」
狙いは命中ではない。周囲を焼いて退路を断ち、増援を防ぐこと――それがアヤカの計算だった。
「炎はあとで何とかする。あんたはたとえ命を落としても、ここで仕留める」
アヤカの瞳に闘志が灯る。剣圧は、能力低下を感じさせないほど重い。
「いいですねぇ! 最後の力比べですか!」
剣が交わり、甲高い金属音が響く。だが、アヤカの体力は限界へと傾いていた。
「ここまでよくやりましたねぇ。若いのに、笛の音を聴きながらビーストや私を相手に、ねぇ!」
言葉と同時に小太刀が走り、腹を浅く刺す。
「本当はね……この力を使わず仕留めるはずだったけど、私もまだまだのようね」
「――鬼哭纒!」
無数の怨念の影が、アヤカの体を包む。
「鬼哭纒。この剣に斬られた者たちの怨嗟を背負う呪いの技。死地に踏み込んだときだけ許される。長くはもたない」
踏み込み――閃光。最速の一撃が男を吹き飛ばす。
「馬鹿な……私の笛の音を聴く前よりも強い? ならば――」
男は笛を高らかに鳴らす。
「神技発動・音鎧!」
旋律が鎧の形を取り、音の装甲が全身を覆う。
「この技まで出すとはねぇ。後はあなたの強化が切れるまで、耐え続ければいいだけですよぉ」
切り札は互いに出揃った。
先に動くのはアヤカ。剣圧、速度が異常なほど強化され、連撃は音の鎧ごと生身の体を削る
「くっ……まだですか。長い強化ですねぇ……」
「剣だけが戦い方じゃない」
アヤカは不意の足払い。男は体勢を崩し、仰向けに倒れ込む。
「ひぃぃぃ! やめっ…」
「終わりよ」
最後の力を振り絞り、全力の袈裟斬りを叩き込むーー
「フフ…なぁんちゃって。爆音波!!」
真正面から放たれた音の衝撃波が炸裂。アヤカの身体が大きく弾き飛ぶ。
衝撃とタイムリミット。鬼哭纒は霧散し、アヤカは大きく血を吐いて膝をつく。
(致命傷は避けた……けど、動けない……)
「小娘。これで最後です。力は上でも戦略で貴方は負けた。では、さようなら」
男が小太刀を振りかぶる
その時、突風が戦場を裂いた。
「間に合った。……アヤカから離れろ、クソ野郎」
薙刀の神器を携え、炎の帳を割って現れたのはイッシンだった。
「はて? こんな神器使い、データにありましたかねぇ?」
「アヤカ、少し休んでろ。ここからは俺がケリをつける」
二人が向かい合う。
この神器戦は、最終局面を迎える。