第五話:赤い栞の奇跡
図書館の扉が開いたのは、ほんの少し肌寒い春の夜だった。
大学帰りの青年は、ただ無意識に歩いていた。
講義もバイトも終えたのに、帰る気になれなかった。
恋人と別れたばかりだった。理由は、はっきりしない。
「お互いに忙しいから」「疲れてるから」──それだけで、何かが終わってしまった。
気づけば、坂道の途中で立ち止まっていた。
見上げると、建物の窓にぼんやりと灯りがともっていた。
「……図書館?」
扉を開けると、心に沁みるような紙とインクの匂いがした。
誰もいない静けさの中、青年は奥の書架へと歩を進める。
そして、ふと目についた一冊の本を引き抜いた──その本には、赤い栞が挟まれていた。
開くと、最初のページに見覚えのある文字があった。
「あなたへ。わたしの気持ちが、少しでも届きますように。」
それは──別れた恋人が、かつて書いていた詩のフレーズだった。
驚きと戸惑いのままページをめくると、そこには彼女の心の声が綴られていた。
出会ったときのこと。うれしかったこと。何も言えなかった不安。
そして、別れた後に「何もかもなかったことにしたくなかった」こと。
本の最後のページには、手書きのような筆跡でこう記されていた。
「この本を手に取る人が、あなたでありますように。
もしそうなら、もう一度だけ──春の坂道で待っています。」
本を閉じた青年の胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
彼は駆け出した。
扉を抜け、坂道を下り、記憶の中の「春の坂道」へ。
そこには、誰かが立っていた。
風に揺れるスカート、手には同じ赤い栞。
目が合ったとき、ふたりは同時に微笑んだ。
言葉よりも先に、時間が静かにほどけていった。
奇跡は、本の中にだけ起こるわけじゃない。
でも、たしかに──本がふたりをもう一度出会わせたのだった。
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