第二話:過去に取り残された少女
図書館の扉が開いたのは、雨の夜だった。
制服姿の少女が、小さな傘をさして坂道を登っていた。時刻は午後11時を少し回っていたが、彼女は迷わず建物へと向かっていた。
「ここなら……忘れられると思ったの」
ポケットの中には、破れた手紙の切れ端。
何年も前に途絶えた、ある人との手紙のやりとり。
彼女は一度も捨てられなかったその一枚を、いつも持ち歩いていた。
図書館の中は、静かだった。
けれど、少女が足を踏み入れた瞬間、ひとつの本がひとりでに落ちた。
まるで「来てくれるのを待っていた」とでも言うように。
タイトルは──**『二〇一一年三月十一日』**
少女の手が止まる。
その日付は、彼女にとって時が止まったままの日だった。
ページを開くと、そこには見覚えのある風景が広がっていた。
校庭。夕暮れ。遠くの海鳴り。
制服の裾を揺らす春の風。そして──最後の言葉を言えなかった親友の姿。
物語は、あの日に止まったままの少女の「記憶」を淡々と映し出していた。
彼女の中に、静かに積もっていた「後悔」と「罪悪感」。
「どうして、あの時……私、手を伸ばせなかったの」
ページの中の親友は、ただ微笑んでいた。
最後のページには、彼女宛ての手紙が書かれていた。
「あのとき、あなたが生きてくれて、私は嬉しかったよ。
時間が止まってしまったあなたへ。
私はもう進んでいるから、あなたも、そろそろ。」
少女はそっと、破れた手紙を本の中に挟んだ。
閉じた瞬間、雨は止んでいた。
外に出ると、東の空に朝の気配がにじみ始めていた。
彼女は一歩、踏み出した。
止まっていた時間が、再び動き出したように。