表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/23

第11話 治療室団欒

 留学5日目

 放課後


 雫月は311号室に急いでおり、エレベーターの扉を閉めるボタンを思わず何度も押してしまっていた。そしていざ扉の前に着くと、ハッとして足が止まる。雫月は深呼吸を2度程して扉の取っ手に手をかけ、回した。

「あれ、早かったな」

 扉を開けた雫月の目に入ってきたのは、鍛え上げられた胸板や腹筋、腕周りが目立つ上半身裸で、包帯が巻かれていた威尊の姿だった。

「あ、威尊くん。臣人くんと一緒にここで休んでるんだっけ」

「そうだ。お前、明井のお見舞いだろ?」

「う、うん……」雫月は気まずそうに、威尊から目を逸らした。

「あ〜、雫月ちゃ〜ん。ようこそようこそ〜、私の仕事部屋へ〜」莉里は、風呂場から顔だけをひょっこりと覗かせていた。

「リリちゃん、お邪魔しますー」そう言って雫月は、眠っている臣人のベッドの横の椅子に座った。

 臣人の顔が、雫月の目にうつる。

「まだ目、覚めないんだ……」

「俺は走ってたから体が暖まってたけど、明井はずっと寒さにさらされていた状態で起きた重度の低体温症だからな。体が元に戻るまで眠ってるだろ」

「そう……そうだ!私が聞きたかったのは、なんでステルスコンプレッションウェアの機能を壊したのかってこと!威尊くんのせいで臣人くんが死にそうになったじゃん!」

 雫月が威尊に鋭い目を向け、威尊は澄ました顔でそれを受け流した。

「まさかステルス機能が失われるのと同時に、体温保温機能も無くなるとは思ってなかったんだよ。ただ、おんぶするなんて言って、ステルス機能をオフにしたアドバンテージを無くした明井も明井だ。文句ならそいつにも言え」

 雫月は心の中でため息をついた。そして雫月は、バッグから水筒を取り出してベッド横の小さなテーブルに置いた。

「それ、なんだ?」顔を左に向けて、威尊はそう言った。

「ステンレス製の水筒」

「違う、中身の話だよ」

「コーヒー味の豆乳。臣人くん好きなんだ」

「へぇ、変わってるな」

 雫月はそれを聞きながら、話題を自分の意思に沿うものにした。

「威尊くん、臣人くんといつからそんなに仲良くなったの?無線だと、息ぴったりだったように思ったけど」

「俺が明井と?」威尊は鼻で笑った。「気のせいだろ」

「そう?」

「そうだ。俺はお前のように誰とでも仲良くしようとは思わんしな」

「誰とでもじゃない!人は選んでる……」

「そうか?俺にはそうは見えないけどな」

 普段触れられることのない、堪忍袋をおちょくられてる気分を雫月は味わっていた。そして思わず毒を吐いた。

「なんでそんなにトゲトゲしいの?挑発的過ぎるよ」下を向いて呟くように言う。

「俺は俺を許容できる人間としか仲は深めない。お前には無理なだけな話だろ」

「お前って言うのやめて!私は雫月!」

 またかよと威尊は心中、頬杖をついた。

「わかったよ雫月、ごめん」明井と似たようなこと言いやがって……。

 お互いそれから黙っていると、莉里が風呂場から出てきて話を切り出した。

「ふたりとも〜、仲良くしな〜?」

「無理な話だな、どうにも合わん」

「うん、合わない」

「そこは合うんだ〜」そう言われてふたりは、ムッと口を曲げた。

 雫月はため息をつくと、再び臣人に顔を向けた。

「臣人くん、いつ目が覚めるかな。明日になるまでにもし目が覚めてくれたらな.....」

「雫月ちゃん、臣人くんは今日中には目が覚めると思うよ〜」

「え、リリちゃんわかるの?」

「わかんない〜、直感だよ〜」

 カチッとお湯が沸けた音が響く。莉里は話しながらお湯を3つのマグカップに入れて、紅茶パックをそれぞれに浸した。

「このくらいかな?」少しして、莉里はパックを引き上げた。

「はいどうぞ〜、俺のお気に入りの紅茶〜」

「ありがとうーリリちゃん」

「どうも」

 3人は温かい紅茶を喉に通らせ、一息ついた。

「そういえばなんで雫月ちゃんは、臣人くんにそんなに早く起きてほしいの〜?」

「え?それは、その、明日は休日だし......一緒にお出かけとか——」

「やっぱり雫月ちゃん、臣人くんにラブっちなの?ねぇねぇ〜」莉里がマグカップを持っていない方の手で人差し指を立て、雫月にツンツンと指を指してくる。

「いやぁー。んまぁ、ね?」雫月がモジモジし始めると、威尊は横目でその様子を見ていた。

 こいつ、明井に近づいてなにする気だ?恋心を持った乙女が男に近づくのと、恋心を持った不審者が男に近づくのとではわけが違う。こいつは俺目線では不審者だ。

「う〜んでもね〜、雫月ちゃんには残念だけど、明日お出かけするのは無理な話かな〜」

「え、どうして?」雫月は思わず前のめりになる。

「目が覚めたからといってすぐに動けると思う〜?無理だよね〜」

「あ......そう、か。そっか、無理だよね......」

「そんなことにも気づいてなかったのか雫月?」雫月はその一言を聞いて余計に落ち込むこととなった。

「莉里、任務は3日後の夜からだったな?」

「そう〜、留学8日目〜」

「7日目は元々任務のはずだったろ?なんでなくなった?なんでそんなに期間が空く?」

「う〜んとね、俺たちを派遣した防衛省の計画が、攻撃型MHMのせいでズレたらしいんだよね〜」

「それで今日と、明日の休日とは別にもう一日空けるのか」

「そゆこと〜。まぁ庵藤さんですら詳しいこと聞かされてないらしいから、本当のことはワケワカメなんだけどね〜」

「そうなんだ」雫月は会話の輪に手を添えた。

「今日と、明日、明後日任務がないから、任務に関しては三連休か……ゆっくりしよっと」

「それに明日だけはロシア語の授業も休みだしね〜。俺はもうちょっとロシア語勉強したかったんだけど、たまには休みもいいかなぁ〜」

「あぁ、そうだな」


「——れでさ〜、彦ちゃんがそこでコーヒー体にぶちまけてて〜」

 女性の笑う声が聞こえる。雫月さん?いや、本当に雫月さんか?違う気がする。そもそも女性じゃない。あ、男性の声も聞こえる。これは……威尊か?そうだ、威尊だな。もうひとり、誰かいるな。この声は、莉里さんかな?

 ゆっくりと瞼を開くと、窓から差し込む日光で目の奥が刺激される。気づくと何度も瞬きをし、眉に皺を寄せていた。

「ん、んん?」左耳に何かが纏わりついている。なんだこれ。

 左耳を触ると、皮膚とは程遠い感触を指に感じた。

 これは……布?。

 触っていると、誰かが臣人の指を抑えて腕をベッドに横にさせた。

「臣人くん、おはよう」眩しさを我慢して目を開けると、綺麗な女性の顔が目の前に現れた。仄かに笑ってる、かわいい……。

「って、あれ……雫月さん?というか、なんだこの声」かすれた声が出て、臣人自身がそれに驚いていた。

「雫月。おはようって言っても、もう17時だぞ」

「別にいいの!」

 雫月が声をあげた方向に顔を向けると、そこには眼鏡をかけて鍛え上げられた筋肉をもった男が、威尊がいた。

「威尊、そんなに体ゴツかったのか?」

「ステルスが消えた時に、コンプレッションウェアだったから見えたはずだろ?今更か?」

「いや、目がいってなかった」

「もっと観察眼を上げておけよ、明井」そう言うと威尊はやけにニヤついていた。

 不思議なことに臣人はその時、人生で初めて人につられて口角を上げた。

 雫月は動揺を内に留めた。

 臣人くんが笑った……。私、臣人くんが笑ったの初めて見た……。ふたり、やっぱり仲いいんじゃん。

「それにしても喉が渇いたな。莉里さん、僕にも紅茶ありますか?」

「臣人くん!」雫月は待ってましたと言わんばかりに水筒を手に取った。「この中、何があると思う?」

 雫月があまりにも目を輝かせてそう言ってくるので、臣人は困惑しながら答えた。

「えっとー、紅茶?」

「ううん!臣人くんの好きな、コーヒー味の豆乳だよ!」

「え!?それくれるの?」と、臣人は嬉しそうにかすれた声を出した。

「いいよ!はい!」臣人は水筒を貰うと蓋をあけ、おぼつかない握力で握りながら口へと運ぶ。臣人にとっての至福の味を、彼自身舌は味わった。

「美味しい〜」

 雫月は満面の笑みで臣人の横の椅子に座っており、それを不審そうに威尊は見ている。雫月の一挙手一投足を監視しているのだ。それこそ水筒を渡す行為など、威尊からしたらあまりに不審な動きだった。

「これで貸しは一個返したからね」

「あぁ、ありがとう」

「そうだ、リリちゃん。庵藤先生の抜けてる話、臣人くんにしてよ」

「いいよ〜。あのね〜、彦ちゃんがね——」


 場所:ホテルAmaka310号室

『庵藤、その後は順調か?』静まり返った夜、無線機の音が庵藤の鼓膜を揺らしていた。

『いいや。あなたも知ってるはずだ。戦闘型MHM、AMHMがルート上に仕込まれていた。任務に向かった学生何人かが負傷し、2人が治療室で治療中——』

『君の体調の話だよ。君もAMHMに撃たれたそうじゃないか』

『ああ、そうだ。だが、俺よりも深手を負ったものもいる。俺の判断ミスだ。俺も初めからついていくべきだった』

『そう気を落とすな。学生はまだ1人として死んでないんだろう?』

『そ、それはそうだが……』

『まぁいい。今回はそんな話をしに、無線を繋げたのではない。ひとつ、君に頼みたい事がある』

『頼みたい事?』

『そうだとも。学生に頼めるものではない、君だけの特別任務だ』

『なんなんだ?その任務というのは』

『全ルートの単独作成だ』

『そんなアホなことができるか!それもひとりで!』

『やはり無理か?ならば君のお気に入りの学生を連れていくといい。雫月はなるべく避けてな。あんなもの使っても何も楽しくない』

『ボロボロのあいつらを、期間も開けずにまた使おうだなんて俺には考えられない。もっと別の案があるはずだ。単独なんて無謀な案以外でな』

『何だそれは?君らしくないぞ、庵藤。最後まで使い切るんじゃなかったのか?ボロ雑巾になるまで』

『それは……。あんたらが打った薬が——』

『おっと、こちらのせいにするのか?嫌だなぁ、他責思考は』

『…………わかった。誰かを連れていく。それも厳選に、厳選を重ねた上でな』

『よく言った、庵藤。決行は留学7日目の夜。よく準備していくことだ。また連絡する』

『了解、首相』

 そこで無線は切れた。

「7日目の夜を任務休憩だと言ったのはこの為か。威尊、臣人、すまんな。またお前たちに頼ることになりそうだ……」

 冷めたコーヒーを喉に流し込み背もたれに身を任せると、伸縮性のある椅子はゆっくりと後ろに倒れた。天井を仰ぎ見ると、何故か虹色に光が見えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ