第10話 スノーラン セカンドミッション
15人はステルスで、ロシア経済特区の労働場所C区をポイントに向けて駆け抜けている。そんな中不自然に眼鏡が、空中に揺れながらとんでもない速さで飛んでいた。眼鏡の下にある影も、他14つの影とは比べ物にならない速度で飛んでいた。
自分たち14人はマラソンのような超長距離走をしにきているのに威尊ひとりだけ、50m走のような短距離走をしにきているのではないかと。そう臣人が思ってしまうほど、威尊のスピードは異常だった。
街灯の光から光へと影が飛び移りながら100分が経ち、ようやく壁の前へと辿り着いた。白い息が不自然に空中に幾つも何度も現れている。しかしそれも14人分のみ。威尊は幾らか口で呼吸した後、鼻呼吸しかしていなかった。
「――そろそろ進むぞ」14人が息を整え終わると間髪入れずに、威尊はひとりそう言って扉の暗証番号を入力した。
壁内部に入ると、やはり以前より厳重な警備が敷かれていた。
おそらく僕がバレたときの影響で厳しくなっているな。厄介だ。
「威尊、眼鏡のせいですぐにバレる。さっさと外せ」
誰かが威尊にそう言ったが――。
「お前たち14人はARTにある通り進めばいい、俺は別ルートを自分で前来たときに確保してある。俺はお前たちの迷惑にならないように、ひとりでスニーキングでポイントまで行く。それで解決だ。この眼鏡は任務中だけは外せないんだ。すまないな」それだけ残すと、威尊はポイントとは180度違う方向へと走っていった。
最後に一言『すまないな』と謝った行動が、臣人を少々驚かせた。
僕に対しては特別当たり強いが、他の人に対しては基本口は悪くても礼儀はある。自分の問題で周りに害が及ばないように解決策を提案し、謝罪することもできている。僕に出発前のような態度が続けば困るが、威尊の見る目は変えておこう。
「さぁ行こう、モタモタしてられない」臣人は威尊に感心しながら、気づくとみんなにそう呼びかけてポイントへと進んでいった。
――30分後
ポイントの扉の前には見張りが厳重に固まっており、ガッチガチという言葉がふさわしい装備を全員横並びに着ていた。角から臣人含め何人かが顔を覗かせて、様子を確認した。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10人!?多すぎる!」そう小声で誰かが呟いた。
この状況、どう突破する?一か八かだが、全員でバレないように近づいて......って一人でも足音をたてれば終わりだ。ひとりが穏便に近づくのとではわけが違う。この案は無しだ。それじゃあ、どっかの見張りからか銃をひとりづつ奪ってきて――
臣人が「思考」のトルクを増幅させていると、ある人が囁いた。
「俺が行く、ここで待ってろ」その声の主は後から追いついてきた、威尊だった。
「アホか、やめろ」臣人はそう止めたが、他の13人が全員その案にうなづいた。
「威尊に行かせたほうがいい。威尊でも突破できるかはわからないが......」
「行けるさ、10人を相手にするのは初めてだけどな」
臣人はひとりだけ会話に置いていかれていた。なにをみんなは言っているんだ?ただの人間にはそんなこと不可能じゃ――。いや、ここに来るまでのあの異常なスピード。普通じゃなかった。やはり威尊にはなにかがある。それ以外今のところ案がないようだし、そうするしかないのか......。いや、でも――。
「行ってくる」臣人が決めかねている間に、既に威尊は敵に姿を晒していた。
「ストイ!」全員が威尊に銃を向ける。
その風景は異様だった。兵士全員がたったひとつの眼鏡に向けて銃を向けている。
そして次に起こったことは、きっと誰に言っても信じてもらえないのだろう。例え雫月さんに言ったとしても。
数秒経ってから、威尊は口を開いた。
「ク・チョルトゥ」
その言葉が火種となり兵士達は銃を、いや正確に言えばアサルトライフルを威尊に向けて連射した。そのトリガーが引かれる直前、威尊は助走をつけて、兵士が一直線上に銃を打ったのに対してその下に潜るようにして、威尊はスライディングした。そのまま足で真正面の兵士の足を絡ませて跪かせると、その絡ませた足を重心にして体を持ち上げ、敵の指を折りながらアサルトライフルを奪い取り、奪った相手の頭に銃口を突きつけた。跪かせて銃を突きつけるまで2.5秒、そして時が止まって2秒。2秒経つと威尊は頭をおでこから後頭部まで単射で打ち抜き、その時他9人の意識が覚醒し、連射が再び始まった。威尊は殺した兵士の死体を後方に引きずりながら、盾にして3秒稼いだ。3秒あれば威尊にとっては十分だった。その隙に、連射などと言う曖昧なものではなく単射で正確に9人の脳天をその僅か3秒で撃ち抜いた。倒れ込む音が一気に響き渡る。
「お、終わった?」14人はゆっくりと立ち上がり、隠れるのをやめた。
威尊は死体を地面に落とし、立ち上がると首を鳴らした。
「さすが威尊だ。よし、外に出よう」
みんなが威尊を讃えている中、臣人はひとり考えていた。この人が僕の仲間、僕のペア。確かに足を引っ張る様なことはしてはいけないか。だが、利用はさせてもらう。僕のアイデアの一部になってもらうぞ、威尊。
外に出るとそこには平地が広がっており、雪が幾らか積もっていた。それ以外の特徴はなく、ただその先には雪山があるのみだった。
『外に出たな、ここで別れてくれ。西に行く者は今すぐに出発。臣人、威尊。お前たちももう出発した方がいい。東に回るために街を外周しなければならないしな。全員、MHMに気をつけろ。登山中はなるべくずっと走りっぱなしでいるんだ。なるべく、だ。いいな。健闘を祈る』
西に行く者達は、それを聞くとすぐに出発した。13人は雪をザクザクと足で踏み鳴らし、後には雪に足跡だけが残る。大量の窪みだ。姿が見えないので、これまたやはり不気味である。
「僕たちも行こう」
「言われなくてもわかってる。行くぞ」
そう言うと眼鏡だけ上下に揺れながら、その下は足跡を作っていった。
街の東に向かって外周してる間、街の中とは比べ物にならない寒さが身体を襲った。ステルスコンプレッションウェアのおかげなのか、身体の芯を中心に暖まってはいたが、指の先が完全に凍っていた。関節を動かすと、油の切れたマシンのような音がするようだった。
臣人は少し先を歩いていた威尊に思わず話しかけた。
「質問していいかな?威尊」
「なんだ」
「さっきの戦闘スタイル、どこで覚えたんだ?」
「独学だ」ちらつく雪に目を細めながら、威尊は答えた。
「無駄のない動きだった。正直言ってステルスじゃなくて、生の動きを見たかった」
「褒めてくれるのか?ありがとうって言えばいいかな?」威尊は臣人に少し顔を向けて、一瞥しながら態度悪くそう言った。
「褒めてるつもりはない。ただの感想だ」
威尊は我慢し切れず、臣人に聞こえないように舌打ちした。
「あぁそうかよ、じゃあ登山口に着くまでひとりで感想でも言ってろ」
次にボリュームを下げてため息をつきながら威尊は言った。「クッソ、イラつく奴だ」眼鏡のレンズについた雪を指で取り、地面に向けて弾いた。
「戦闘スタイルは独学だろうが、身体能力はどうやって手に入れたんだ?あんなの普通の人間ができるものじゃない」
「この身体能力も自分で掴んだものだ。俺は努力をしたんだよ、お前と違って――」
「僕だって努力してる」臣人は言葉を被せた。
「どこが?フライングして周りを出し抜いて、ズルする奴のどこが努力してるっていうんだ?」
臣人はすぐに口を出した。
「勉学の努力はした。好きだったからでもあるけど......」
「どのくらい?全国模試は何位だ?」
「2位」
「へぇ頑張ったな、俺は1位だ」
「い、1位?高校三年生じゃないのか?」
「お前高校二年生だろ?俺もだよ、同じ土台だ。お前は戦闘でも勉学でも、俺以下だ。だから初めに言ったんだ、お前を当てにはしないってな」
なるほど、妥当だ。きっぱりと物事を言い過ぎだが、間違ったことは何も言ってはいない。そんな威尊と僕を、なんであの大人3人は組ませたんだろう。僕じゃ足手まといにしかならないように思えてしまうが......。
少しの間沈黙が続いた後、その沈黙を破ったのは意外にも威尊の方だった。
「そういえば明井、よく一緒にいる女学生とは付き合ってるのか?」
臣人は両眉を上げて驚いた。そんな話題を振ってくるような人だとはおもわなかったからだ。
「威尊もそんな話するんだな。それと女学生じゃない、雫月だ。」
「わかった雫月だな。その雫月とやらが気になるだけだ。どうにもな」
「気になる?好きってことか?」
「違う」威尊は言葉を臣人に叩きつけた。「単に喉に引っかかるんだ。その雫月がな。それでどうなんだ明井?付き合ってるのか?」
「僕と雫月さんはそんなんじゃない。ただのクラスメイトだよ」臣人はひとりでに首を振った。
「ただのクラスメイト?それにしては仲良さそうにデートしてたけどな」
「あれはデートじゃない。え、見てたのか?」
「そうじゃない、噂になってるんだ。あのふたり、良い雰囲気だってな」それを聞いて臣人の心の中に呆れの意が生まれ、白いため息をついた。
「そいつらに言っといてくれ。互いに何も思ってないって」
「あぁわかった、言っといてやるよ。それにしても良かった、付き合ってなくて。お前にも疑念を持たないと行けない所だった」
「疑念?」臣人は威尊が何を言っているのか、わからなかった。
「そう、疑念だ。明井、俺はお前を初めて出会ったときから好かん奴だと思っているが、これだけは真剣に忠告する。雫月とこれ以上関わるのはやめておけ」
「え、なんで――」
「雫月は怪しい。この先、何をしでかすかわからない」ますます臣人は、威尊が何を言っているのかがわからなくなってきていた。
「どこを見てそんなことを考えたんだ?誰かに吹き込まれたのか?」
「いや、俺ひとりで考えている。この疑念が生まれたのは、つい昨日の任務でのことだ。その雫月という名前の女学生、あまりにも不自然だった」
臣人はそれを聞いて、逆に興味が顔を覗かせていた。「一体どこが?」
「街外へのゲートを見つけたのは俺だが、ミッションを完璧に遂行したと個人的に思えるのは、その雫月だ。あの動き、素人とは程遠いものだった......」
「ステルスコンプレッションウェアを着ていたはずだ。どうやってわかったんだ?」
「影だよ。見えないぐらい薄い影だったが、どう考えても素人にしてはおかしい動きをしていた」
「ここに来ている人は全員、スパイとして任務にきているんだ。そういうのが得意な人を、女性の人が選んだんじゃないのか?」
いや、と威尊は首を横に振った。「それとは別にもうひとつ、気になるところがある。それは、ホテルから壁の前のポイントへの到着時間が俺と同じだったことだ」
「それは......確かに......」臣人はあの異常なスピードを頭に思い浮かべた。
「さっき、壁の前まで一緒に走ってきたお前ならわかるだろ?明らかな差が、俺と他の奴とはついていた。だが、昨日は違ったんだ。その雫月は、俺と同時に扉前についていた。50m走5.79の俺についてこれるなんてまともじゃない」
5.79!?日本記録は5.75だったはず。威尊、体のつくりどうなってるんだ?
「しかも、白い息を出していなかったんだ。これがどういうことかわかるか!?俺ですら幾分かは息を切らしているのに、あの女――」威尊は拳を握りしめた。
「そういえば、なんで雫月さんだってわかったんだ?」
「少し話した。噂になってる奴だとすぐに分かったよ」
「そうか......」
「あいつはおかしい、それに怪しい。何かがその雫月とやらにある。俺だったら怖くて距離を離す」
しかしそれを聞いても臣人は、雫月に対する今までの考えや印象が変わることはなかった。
「情報が不十分だ」
「情報?」
「そうだ、情報が足りない。まだ怪しむのにも」
「十分だ。あいつはただ者じゃない。そしてそれを隠して、お前に近づこうとしている。これがどれだけ怪しい、危ない状況かわからないのか?」
「わからないな。威尊、君はまだ材料が足りないのに料理を作ろうとしているようなものだ。それじゃ失敗する――」
「材料は足りてるんだよ。異常な動き、異常な体力、それも俺をも超える......。怪しまないにしても、警戒はしておけ。雫月は『何者か』だ。もしかしたら国から派遣された、俺達を監視するためのエージェントなのかもしれない」
『エージェント』その一言のせいで、臣人は言葉に詰まった。
「あくまで推測だ、『何者か』はわからん。ただただ喉に引っかかるんだよ、あいつの存在が」
ここに来て、雫月さんが怪しいと聞くとは思っていなかったな。
「とにかくだ、警戒だけは怠るな。あいつは、雫月は『何者か』だ」
臣人がふと気づくと、威尊は止まってこちらを見ていた。
「わかった。頭に入れておく」臣人は縦に頷き、ふたりはまた進み始めた。
街を東に外周しARTの通りにその先を真っ直ぐ進むと、突然道らしきものが現れた。ゆったりと坂になっており、遥か上を見上げると箱状の建物、対象Fが見てとれた。雪はちらつく程度でまったく激しくない。庵藤さんが言っていた通り、天気は落ち着いているようだ。ここから先は体力勝負だ。なるべく走らないといけない。坂は思ったよりもなだらかだ。
「さぁ、ここからは競争だな」威尊は屈伸しながらそう言った。
「競争?」
「そうだ。MHMとの」
確かに、そういうことになるのか。だが、僕と威尊とでは体力もスピードも桁違いだ。追いつける気がしないが......。どうしたものか。
「よし、俺は先に行くから明井は後から追いついてくれ、先に上で待ってる。MHMを連れてきたら承知しないが――」
「いや、いい方法を思いついた」
「なんだ?その方法は」
「君が僕をおんぶすればいい」
臣人はとびっきりの案を考えついたと思っていたものの、結局は威尊に困惑されることになった。
「おんぶ?俺がお前を?正気か?」
「絵面は間抜けだが、合理的だ。MHMを僕が連れて来る可能性がある以上、この案が妥当だ。僕より頭の良い君にならわかるだろ?」
威尊は長く白い息を吐き、次に言葉を吐いた。
「その案、乗ってやる。ただ、その前にステルス機能をお互いオフにする」
「どうして?」
「MHMはこちらのステルス機能を貫通する。そしてステルスはお互いが見えにくくなり、障害にもなり得る。だったら、オフにしておいた方が何かといいだろう」
「わかった。でも、ステルス機能ってどうやってオフにするんだ?」
「こうやるんだよ!!」威尊は臣人の胸あたりを手のひらで思いっきり引っ叩いた。
「いっった!!」臣人は胸に手を当てて、その場にうずくまった。「何をして——」そう言いかけると胸を中心にステルス機能が失われていき、完全に普通の状態になったのを、臣人は目で確認した。
「ステルスコンプレッションウェアは強い衝撃に弱い。昨日の任務でわかったことだ」威尊は次に自分の胸を思いっきり引っ叩き、ステルス機能を失わせた。
「これ、壊れたんだろ?壊れたってことは、もうオンに出来ないんじゃないのか?」
「ステルス機能なんて、スニーキングできない奴の為のおまけオプションだ。俺とお前には必要ない」
「僕がいつスニーキングできるなんて言った?」
「もしかして、できないのか?できると思っていたが」
「なんでそう思った?」
「ここまで話してきた俺の直感だよ」
「そう。その勘、当たってるといいな」
「当たってるさ」
威尊は臣人の前にしゃがみ込み、手のひらを上に向けて臣人を手招きした。臣人はその大きな背中の上に乗り手を肩に乗せ、臣人の足を威尊が持ち上げるような形となった。
「よし、いくぞ」
威尊の足首にかなりの負担がかかりながら、地獄の雪山登りが始まった。
「ん?」庵藤はモニターを二度見した。
「どうしたんですか、引彦さん」
アレクサンドラはホットミルクを飲みながら、座っている庵藤の横に立った。
「臣人と威尊のペア、点が二重になっている。そんなに近づいて走ってるとは思えんし、もしかして片方が片方を担いでるのか?」
「まさか。あのふたりいつそんなに仲良くなったんですか?」
「いや、すまん、ただの俺の独り言だ。気にしなくていい」
次の瞬間、ある無線が飛んできた。
『こちら簡易ルートグループ!庵藤さん、誰でもいい!た、助け——』
ふたりの計画は、周りから見ると滑稽に見えるだろう。しかし、その計画は非常に合理的で抜け目がなかった。身体能力の高い威尊はただルート沿いに走り、その上に乗っている臣人はMHMを警戒している。見える見えないが大切なのではなく、警戒し続けるのが重要だった。もし。そう、もし、擬態が見破れた時に威尊にスピードを上げるように言えるからだ。
「どうだ?MHMは?」しばらく走ってから威尊は臣人にそう聞いた。
「見えない。いないのかもしれないし、いるかもしれない」
「やっぱり厄介だな、擬態は」
臣人はふと疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば、今回の任務はルート作成だったな。ルート作成って登山するだけでいいのかな?MHMの数を確認するとかは?」
「直接聞けばいい」息を弾ませながら、威尊は答えた。
「それもそうか」臣人は無線機を指で押さえる。
『たった今雪山を登っているんけどルート作成って、登るだけで成されたことになるのか確認をしておこうと思って——』
『臣人くん!よかった無事で』
無線から聞こえてきたのは、先程怪しいと聞いた人物の声だった。
『雫月さん?なんで』
『今、庵藤先生、ニナさん、リリちゃんは西の対象E,N,Hに向かってるグループをそれぞれ助けに行ってる!代わりにオペレーターはホテルに残ってる15人に任されてるの!東の対象Fに向かってる臣人くんと威尊くん達のオペレーターはこれから私が担当する!』
臣人と威尊は同時に思った。
一体何が起きてるんだ?
『西の方に3人とも助けに向かってるって、僕たちは置いてけぼり?』
『ふたりなら大丈夫だという、庵藤さんの独断だよ!それより、こんなこと話してる場合じゃない!今すぐ逃げて!登山中止!』
それを聞いた瞬間威尊は前進スピードを、右足を雪に突っ込ませて殺した。威尊も無線機に手を当てて、口を開いた。
『どういうことだ!ちゃんと説明しろ!』
『授業終わりに見せられた写真のマシンは、MHMに似ていただけで、はじめから分かっていたようにただのMHMじゃなかった!あれは——』
雫月の無線を聞いている途中、威尊は足に熱いものを覚えた。
「あ?」
威尊の右のふくらはぎからはドクドクと紅が滴り、足元の雪も鮮やかに紅く染まっていた。
『攻撃型MHMだったの!』
瞬時に威尊は地面がなだらかな場所まで飛び上がり、膝を付いて臣人をすぐに降ろした。
「伏せろ!」威尊は雪に伏せ、臣人もそれに倣った。頭上を弾が飛んでいく音が何回かした。
『たった今攻撃されて、俺の右ふくらはぎに弾が着弾した』威尊は現在の状況を雫月に説明した。
『え!?わ、わかった。どれくらい動けそう?』
『痛みを我慢すれば何も変わりはしない。このまま、明井をおんぶして行く』
『威尊くんが臣人くんをおんぶするの?逆じゃなくて?』
『威尊の方が速い。逃げ切れる可能性が高いのはそっちだ』臣人は合理的な理由を説明した。
『......わかった、死なないでねふたりとも』
『分かってる』臣人だけ返事をし、無線はそれで終わった。
「いけるか?威尊」雪にじんわりと紅が広がっていくのを横目に、臣人はそう言った。
「いける。俺は失敗しない」
「わかった、当てにしよう」初期の会話が脳内にちらついたが、臣人はなんの恥ずかしげもなく威尊を『当て』にした。
「くそ攻撃型MHMは足が治ったら叩き潰してやる」と、威尊は土混じりの雪を手の中で握りしめていた。
「とにかく今はここを離れよう、おんぶしてくれ」
「ノロノロしてちゃいけない。俺が膝をつくからその瞬間に背中に飛び乗れ」威尊は息を整えて、動き出す瞬間に掛け声を出した。「いくぞ!!」
威尊は膝をつき、臣人はその瞬間背中に乗り、再びおんぶ状態での走りが始まった。銃弾が一歩先の地面や顔の横を飛んできて、肝が瞬間冷凍される気分を臣人は味わっていた。
「明井!どこから弾が飛んできているのかわかるか?」威尊が声を張り上げ、それに呼応するように臣人も声を張り上げた。
「わからない!でも、だんだん近づいてきている!」
そしてある一定の地点を過ぎると、正面からではなく後ろから弾が飛んでくるようになった。
「威尊!攻撃型MHMを通り過ぎた!このまま逃げ切るぞ!」
「くっそ、仕切ってんじゃねぇぞ明井!」
威尊がそう叫んだ瞬間、正面から再び銃弾が飛び、臣人の左耳を貫いた。耳から首にかけて皮膚が赤に染まっていく。
「もう一体いるぞ威尊!」
「くそ!」威尊は左右に動きながら走り、攻撃型MHMを撹乱した。先ほどいた地面に次々と銃弾が着弾していき、ふたりに緊張感が走る。
「連射?さっきのやつと違う!気をつけろ威尊!」臣人は左耳を抑えながら、威尊に質問を乱暴に投げかけた。
「わかってる、一体目のやつと装備が違う!」
そう答えながらも、威尊は内心焦ってきていた。
両足共にもつれてきやがった......。もう一体いるっていうのに......。それになにより、打たれた所が言い表せないほどに痛い......。熱い......。――くそ、何考えてんだ俺!息を整えろ!雑念を消せ!今はただ走るだけのマシーンになれ!
「明井、もう喋りかけるな!このまま登山口まで突っ切る!」
「了解だ!」
道の端では雪が崩れて、間一髪地面の雪を踏み外しそうになりながらも、そのままジグザグに登山道を走り、二体目の攻撃型MHMに向かっていった。
「いっっっ」威尊は必死に叫び声を押し殺した。
そして見事、攻撃を受けながらも二体目を通り過ぎ、登山口までふたりは逃げ切ることに成功した。
威尊は喉から血の味がし、心臓の脈拍は優に190を超えていた。喋ることなどできるはずもなく、雪にそのまま倒れ込んだ。
「威尊......まずいなこれは」後ろを振り返ると雪山の背から光が僅かに、本当に僅かだが漏れでていた。
「時間ももうない。日の出がくる」臣人は無線機に指を当てた。
『雫月さん!庵藤たちに連絡は――』
「お〜〜い、迎えに来たよ〜〜」
臣人が倒れ込んだ威尊から目線を上げると、莉里がキックボードのような乗り物でとてつもないスピードでこちらに向かってきていた。
エンジンがついているのか?あのキックボード......みたいなもの。
近づけば近づくほどに分かったが、キックボードもどきの後ろには灰色のどでかいソリが繋がれており、人が運べるようになっていた。
目の前で莉里は急ブレーキをかけ、地面の雪が一気に空中に舞った。
「はい!乗って〜!」
臣人は威尊を担ぎ、ソリに急いで乗り込んだ。
「よ〜し!」莉里は、ふたりが乗り込んだことを確かめるとアクセルを全開にして、街の方へと舵を切った。
その先には庵藤とアレクサンドラも待っていた。
壁を通過するのは困難かと臣人には思われたが、今回は3人がステルス状態でサポートしてくれたおかげで、壁内部をスニーキングで難なく突破することができた。
「15人が協力してくれたおかげで、人がいないルートは確認済みだ。そこを通ってホテルまで向かうぞ」どうしてステルス機能が壊れてるんだ、壊れてなければもっと楽に帰れただろうに。そう庵藤は口に出して文句をつきたい所ではあったが、もはやそれどころの状況ではなかった。
夜明け前という人がギリギリ活動し始める前に5人は道を歩いていき、なんとかホテル前まで到着した。
「ちょっと、見てきます」アレクサンドラはホテル内に入り左右前180度を確認すると、4人にオーケーサインを送る。
そして5人は311号室に転がり込み、扉を莉里が閉めて鍵をすると4人して大きな息をついた。
「莉里さん、早く威尊の手当てを!」
「ほいほいまかしといて〜」
臣人は莉里と一緒に威尊をベッドに横にすると、臣人自身も隣のベッドに座り込んだ。
あぁ、まずいな......いしき、が......とびそ――
臣人は耳から血を滴らせ、そのまま枕に頭を打ち付けた。