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第9話 素顔の会合

 留学3日目


 その日の夕方。食後に、これまで通りステルス無線機を耳につけていた。ロシア経済特区に来て以来、思うことがある。

 任務中も音楽を聴きたい!!

 市販のコーヒーと豆乳を混ぜながらそう考えていた。このステルス無線機、イヤホンもどきというだけあって、ワイヤレスイヤホンのようなBluetooth機能はなく、スマホとはどうやっても繋がらない。どうしたものか……。

『あー、テステス。聞こえてるな。それでは、定期報告を始める。現在、3グループ目がC区の壁内部の調査へ向かっている。その調査報告次第で、明日の夜の調査任務内容が変わる。街外への道が見つからなければ、再び壁内部の調査。見つかれば、箱状の建物へのルート作成プラス周辺調査だ。明日のロシア語授業の後、教室に残ってくれ。その夜の任務内容と調査してもらう者15名の名前を発表する。今夜は明日の調査員の名前発表は無し。明日、心して待つことだ。何か聞きたいことがあれば310号室に来ること、我々3人は基本そこにいる。これにて、定期報告終了』

 昨日と一昨日同様にそれで定期報告は終わった。

 何か聞きたいことがあれば……か。アレクサンドラさんもいるだろう。ダメ元で行ってみよう。

 臣人はコーヒー味の豆乳を飲み干してから立ち上がり、310号室にそのまま向かった。エレベーターが3階に着き、扉が開くと、なにやら騒がしい声が奥から聞こえてきた。近づくほどに内容が聞き取れる。

「——俺はコーヒー派だ。断固として譲らん」

「はぁ?紅茶でしょ〜そこは〜」

「私だってホットミルク派として譲れません」

 臣人はドアをゆっくりと開けた。「すみませーん」

 その瞬間、全員が何事もなかったかの様にそれぞれの位置についた。庵藤は席につき、アレクサンドラはPCのキーボードをタイピングし、莉里はスマホを触っている。

 扉を閉めて、臣人は口を開いた。「あの、アレクサンドラさんに頼み事があってきました」アレクサンドラのわざとらしいタイピングが止まった。

「は、はい、臣人くん。なんでしょう?」アレクサンドラはこちらにそそくさと近づいてきた。

「この無線機、周りの音が聞こえる程度でいいので、任務中でも少し音楽を聴ける様にしたいんです」

 庵藤の顔がこちらに向いた。

「ダメだ。やめておけ」

「え、なんでですか?」

「決まってる。警戒力、もとい集中力が損なわれるからだ。確かに気分は上がるだろうが、俺からすれば絶対に無しだな」

 庵藤の言うことも一理ある。だが——

「僕は違います。僕は音楽があれば集中力が上がります。勉学も音楽と共にありました。音楽がここまで僕を連れてきてくれたんです」

「わかったわかった。俺は勧めないだけだ。したければ、好きにすればいい」

「はい。ご忠告、ありがとうございます」

 庵藤は顔を元の位置に戻して呟いた。「音楽有りの任務か。どうなるかは気になるな」

 臣人は改めてアレクサンドラの顔を見て頼んだ。「アレクサンドラさん、個人的な事ですみませんがお願いします」

「ニチェヴォー ストラーシナヴァ」

 つい今日、ロシア語の授業で習ったフレーズをアレクサンドラは使ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「ステルス無線機をちょっと明日まで弄らせてもらうことになるけど、いいかな?」

「はい、大丈夫です」

 アレクサンドラは無線機を貰うと、PCへと向かった。こちらを一瞥して言った。「椅子に座ってもいいよ、ちょっと話すから」

「スパスィーバ バリショーエ」臣人は礼を言うと、莉里の近くに空いていた椅子に座った。

「それで、何曲入れたいの?臣人くん」

「一曲です。一つだけ」

「ひとつだけ?いいの?あとからダウンロードはできないよ、私が今からする方法だと」

「大丈夫です。僕、特別なことがない限り曲はひとつしか聴かないので」

「オッケー。それで、曲名は?」

Caravan(キャラバン)

「へぇ、知らないなぁ」

 アレクサンドラはネットの音楽ショップを開き、マウスパッドにネズミを滑らせた。

「どれかな?種類があるよ」

「楽曲はジョン・ワッソンをお願いします」

「これね」アレクサンドラは狙いのものにカーソルを合わせ、クリックした。

「準備はできたから、後はステルス無線機自体に音楽データを保存できる様なファンクションをつけないといけないかな……。あ!後は任せて大丈夫です!」

「ありがとうございます」

 そして臣人が帰ろうとした時、莉里が呼び止めた。

「ねぇねぇ因みにさ、臣人くんは落ち着きたい時は何飲む〜?あったかい飲み物限定でさ〜」

 臣人は即答した。「コーヒー味の豆乳です」

 3人は臣人を見てから目を合わせ、また臣人を見てから言った。

「変わってるな」

「変わってるね〜」

「変わってますね」

 そう3人同時に言われ、臣人は苦笑いを浮かべる他なかった。


 留学4日目


 窓を覗くと雪がちらついている。いつも通りロシア語学習の授業が終わった頃だった。

「今から連絡があるので皆さん残ってくださーい」庵藤が教室に入ってくると、全員に呼びかけた。

 アレクサンドラと莉里が左右のカーテンをサッと閉めて電気をつけると、庵藤はいつもの庵藤に戻った。

「それでは今から特別報告を始める。まず、今夜の任務についてだが、街外へ出るための扉が見つかった。つまり、今夜の調査任務は箱状の建物へのルート作成プラス周辺調査だ。この3日間で見つかる計算はしていなかったのだが、水野威尊が見事に見つけてくれた。お手本となる単独行動(シングルアクション)だった。よくやった」

 全員の目線が一瞬、威尊に向かう。威尊の口の端はいやらしく上がっていた。

「今夜の調査任務は、昨日言った様に15人で行う。それでは名前を呼び上げるぞ——」

 水野威尊、あいつも単独?僕と同じだな。だが不思議なことに、親近感はこれっぽっちも感じない。なんだこの感じ、変な感じがする。やはり本能のパーシブ機能が反応している……。

「——そして最後。最後のふたつの駒は、水野威尊。明井臣人。お前たちふたりだ」庵藤は最後の最後にそう言い放った。てっきり、今回の任務には入ってないのかと思ったところだった。

「今回、グループはこちらで分けさせてもらった。スクリーンを見て欲しい、内訳はこんな感じだ」庵藤は右にそれて、プロジェクターで前のホワイトボードに画像を映し出した。

 またできれば単独行動がいいんだが、えっと僕は……。

対象E(最簡易ルート経由、西)

対象N(通常ルート経由、西)

対象H(難関ルート経由、西)

対象F(最難関ルート経由、東)

 は?

 自分の名前が記載されていたのは一番下にあった——対象F(最難関ルート経由、東)——だった。そこばかりに目が行っていたが更に、仲間は〈水野威尊〉ひとりだった。

「庵藤さん!なんで俺が明井と!!」威尊は思わず立ち上がって文句を口走った。

「我々3人が相性が良いと考えたからだ。当たり前のことを言わせるんじゃない。席につけ」庵藤は一度画像に目を向かせていたが、もう一度威尊を見るとまだ立っていることに、庵藤の堪忍袋が反応した。

「席につけ!威尊!」

 威尊は聞こえないように舌打ちを鳴らし座ると、片手の親指の爪を噛み始めた。

「他のグループもそうだ。我々3人が、3日間のデータに基づいてグループを考えたものだ。身勝手な文句は受け付けん。——誰がどれほど『できる』か、この3日間で見させてもらった。それにより、配備しているルートが人によって違う。最難関ルートに配備された威尊は最も『できる』奴だと我々が見たんだ。そこだけでも誇れ」

 威尊の爪を噛む力がその言葉で更に増した。

「臣人、お前は威尊の引き立て役だ。そして威尊、お前も臣人の引き立て役だ。互いに互いの持ち味を引き出せ。他の者達も同じだ。その仲間は自分や相手の持ち味を出すために組み合わせたものだ。それを頭に入れて任務に挑むんだ」

 僕がこの威尊のダシであり、威尊が僕のダシ……。持ち味を引き出すための……。なんでこのふたりが選ばれたんだ?同じシングルアクションをしていたからだろうか?いや、他にもありそうだな。

「この、内訳表の対象N(通常ルート経由、西)

の、『西』というのは、行ってもらう対象の方角だ。それぞれの建物に行こうとすれば、必ずどこかでトラップに引っかかる。これは仕方のないことだ。その時、全ての人数を西に向かわせていれば無駄になるし、8:7で東西に向かわせても、結局は両方バレることになる。そこで我々が考えた計画を今から説明する。13人を西の別々の対象E,N,Hにそれぞれ向かわせる。そしてトラップに引っかかった後、時間差で東にお前たちふたりを向かわせる。奴らの気は西にばかり向くだろう、その隙を狙って、少人数で、更に最も使える駒ふたつを使う。この13人と2人はイコールしても良いと思うほどの実力だ。だからこの人数差でも大丈夫だ」

 僕と水野威尊が13人分の役割を成す、と庵藤さんは今言っているわけだ。正直言って信じられない。

「予定が早まった影響で、俺は指示役へ回らなくてはいけなくなった。お前たちだけで任務を遂行してくれ。選ばれなかった15人は、役立たずというわけではない。また別の機会にやってもらうことがある。それまで体を休めて待っておけ」庵藤は説明し疲れたのか、一度息を深くついた。「俺からはこれぐらいだ。ニナ、頼む」

「はい」アレクサンドラが庵藤と位置を交代する。「それでは引彦さんも途中言っていた、トラップについて説明します」

 正面の画像が切り替わる。次に出てきた画像は、よくわからない黒くて荒い写真だった。

「これは衛星から対象E,N,H,F周辺を撮った際に写ったものを拡大させた写真です。解析した結果、小型潜伏機械 MiniHideMachine 略してMHM。に見える何か……としか言えません。よく似てはいますが、余計な部品が多すぎます。しかし、似ている部分も多いことから、今回はMHMがどういった様にトラップとして使われているのかを説明します。」

 アレクサンドラは次々と画像を切り替えながら説明をし始めた。

「このマシンは基本的には土の中、水中などに潜伏したり、木、雪、草むらに擬態する機能があります。基本的には色は黒く、何色にでも色を変えます。サイズは私の膝下ぐらいです。MHMの厄介な所は、カメラの視界に未登録の生体反応があった瞬間に、その情報がオーナーの方へと送られること。も、ありますが、何よりその後にその生体反応を、擬態状態のまま追跡することです。こちらが気づかない間に全ての仲間の会話が聞かれる。それが最もMHMの恐ろしい所です」

 ここで、臣人は不思議に思った。それだけの擬態能力があるのに、なぜ写真に黒いボディが写ったんだろう?MHMの故障だろうか。

「MHMへの対処法は……実は正確なものはありません。ステルスでも、カメラ内に入った瞬間に生体反応を感知されれば終わりです。しかしひとつ、無理矢理ですが方法はあります。それは追跡できないほど長い距離を走って過ぎ去ることです。MHMは基本的に、私達人間より速く移動できるようには作られていません。そうすれば見失って、相手にも現在位置はバレません。今回必要なのは、持久力です。なので、体力の多い者を任務に多くつかせています」

 持久力?体力?僕は、せいぜいシャトルランは55回が限界だ。それでもいけるのか?この、スタミナが要となるミッションを。いやいや、無理に決まっている。どのステータスも並程度なんだぞ僕は。

「速さはキーではありません。持久力が、長く走れる体力がキーなのです。——これで、私からの説明は終わります」

 庵藤が再び前に出た。

「夕食後、該当する15人はステルスコンプレッションウェアと、これから配るARTを持ってホテル前集合だ。集まったらARTに表示されてある通り、C区に向かい壁内部の例の扉にはいり、街外へ出ろ。そこからは再びルートをARTに送る。雪山だが、きちんとした登山ルートはある。クライミングする不安はない。ちょうどこれから3日間は天気が落ち着いているが、気をつけて上れ。いつ雪崩がおきるかはわからん」

 庵藤は再び深い息をついた。

「これにて!特別報告を終了する!解散!」


 その夜、ホテル前には総勢15人が集まっていた。月を除いた唯一の光源である街灯が、一部のステルスの影をうつし出している。

 臣人は月を見ながらジャズを聴き、気分を昂らせていた。

 アレクサンドラさんに改造してもらって正解だったな。トロンボーンが、ピアノが、ドラムが心の中のリズムを刻む。最高だ。

 ふと周りを見ると誰もいない様に見えたが、15人もの人がこの場にいるのだろう。よくよく見ると、臣人は何か浮いているものを発見した。あれは、眼鏡?もしかして水野威尊のものか?

「ねぇ、えっと、威尊くん。眼鏡つけっぱなしだと、ステルスでもバレバレだよ?コンタクトとかに変え——」

「うるさい。黙ってろ明井」

 臣人は思わず口をつぐんだ。

「ダブルアクションを行うことにはなったが、俺はお前を当てにはしない。俺の足を引っ張るなよ」

 あれ?この人、もう少し丁寧な喋り方じゃなかったか?挑発的な喋り方は相変わらずだが。

「ん?あぁ、そりゃ困惑するか。ファーストミーティングの優しさは飛行機に置いてきた。タメ口で話せ。『くん』付けなんて気持ち悪い」ストレッチを行いながら、威尊は黒目を臣人に向けていた。

 あー、なるほどね。初対面でしか仮面を被らない人なのか。なら、こっちも遠慮する必要はないな。

「わかった。それじゃあタメ口で話す。威尊、こっちのセリフでもあるんだけどな、さっきの言葉」

「は?」

「足を引っ張るな。ってやつだよ」

 威尊は鼻で笑った。「お互い様だな」

「あぁそうだな。お互いベストを尽くそう」

 臣人がそう言うと、威尊は呆れた声で返答した。「そんなに世間は甘っちょろくない。そんなポジティブな言葉に聞こえたか?もっといがみ合うつもりで俺はここにいるんだ。明井、お前も乗ってもらわなきゃ困る」

「いがみ合う?」

「そうだ、互いの利点を憎み、嫉妬して自分の糧としながら、ぶつかり合うんだ」

「何の意味がある?」

「なに、俺がそうしたいだけだよ」

「僕はそうじゃない」

「そうじゃなくても俺に合わせろ。……もしかして、俺にイラつかないのか?」

「いや全く」

 威尊は臣人には見えていないが、髪を掻き上げて再び呆れた声をだした。

「…………はぁぁ、マジか。明井、生ぬるいな。許容範囲なんて広げても仕方のないだけだぞ」

「僕はひとりを除いて激怒したこともなければ、嫌悪感も抱いたこともない。僕は……元からこうなんだ」

 威尊はつまらなさそうに言い放った。「わかったよ。張り合い無さそうな奴ってことがな。じゃあこっちから一方通行の状態で停留になるが、まぁいいか」

『何をノロノロしている』突然の鼓膜振動に驚き、威尊と臣人は無線機に手を当てた。

『さっきのアナウンスが聞こえなかったのか?もう他の13人は出発している。臣人、威尊も早く進め』

 嘘、何も聞こえなかった。

 嘘だ、なんも聞こえなかったぞ。

『聞こえてないのか?早く進め!お前たちが重要なんだぞ!』

『すみません、すぐ向かいます』臣人はその一言だけ残して、威尊を置いてさっさとポイントの場所へと走り出した。

「くっそ、アイツ!やっぱり性格悪いじゃないか」

 威尊はそう吐き捨てて、臣人の後を追った。

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