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第5話 アナザースカイ

 飛行機の中はやはりこれだな。某航空会社ではないが、やはりこれを聴かないと空の旅は始まらない。臣人は自前のワイヤレスイヤホンでバイオリン演奏を聴いていた。

 外を見たいけど、雫月さんがいて見えないな。どうにか外を見れないかと窓を覗きこんでいると雫月が気づき、声をかけた。

「席、変わろうか?」

 臣人は雫月の口が動いたのを見て、イヤホンを外した。

「ごめん、なんて?」

「席、交換してもいいよ?」

「いいの?ありがとう」

 雫月が席を変え再び席に座ると、さっきまで臣人が座っていた熱がまだ残っているのを感じた。

 外を見終え、雫月の方に目をやると少し口角が上がっていた。今の一瞬でなにかいいことでもあったのかと、臣人は思った。

「どうしたの?なんか嬉しそうだけど」

「へ?い、いやぁ〜、なんでもないよ」と、肩にかかった三つ編みの髪先を指で弄った。

「そう?」臣人は気にしないことにした。

 ふと臣人は時計を見た。現在16時。あと着くまで約8時間かかり、ロシアの時刻は日本より6時間ほど遅い。ということは、着くのは向こうの時間帯では、18時か。これ、計算あってるだろうか。まぁいいか、大体それぐらいということだ。

 臣人は何をしようか迷っていた。好きな本なんてないし、好きなビデオゲームもない。映画は見ないしアニメならたまに見るが、今見ているものは何もない。どうしたものか。そう思っていると、雫月が左肩をつつき、話しかけてきた。

「ねえねえ。えっと……ゲームしない?」

「あー、いいよ?何するの?」

「これこれ」そう言って、ゲーム画面を見せてきた。テレビCMでよくみる格闘ゲームだった。格闘ゲームか、やばいな

「これ、ね」

「早速やろっ、はいコントローラー」

 臣人がビデオゲームが別に好きじゃない理由は2つある。まず1つ目が——。

「やったー!勝ったー!あ、ごめん、はしゃいじゃって。大丈夫臣人くん、流石に経験の差があるから!これからやっていけば上手くなるよ!」

 絶望的にゲームが上達しないということだ。雫月の言葉が臣人に突き刺さる。

「やってけば上手くなる、ね。そうだといいね」

 あぁ、クレーンゲームやりたい。

 次に2つ目が、ビデオゲームじゃ実質的な報酬が得られないからだ。達成感といった感情よりフィギュアといった報酬を臣人は欲しいのである。


40分後——


 現在、臣人の感情割合の10割を「悲壮」が占めている。

 あれ?私、下手な方なんだけどな……

 雫月は8勝0敗だった。臣人は思わずホームボタンを押した。

「もう大丈夫。ありがとね、誘ってくれて」

「う、うん」

 雫月は焦っていた。なにか、臣人くんが好きそうなもの……なにか——そうだ!

「臣人くん!次、ボードゲームしない?」

「ボードゲーム?」

「うん、頭使うやつなんだけど、臣人くん好きかな?」

「頭使うの?えっと、じゃあやってみようかな」

 雫月はガッツポーズをしたくなった。


50分後——


 臣人の感情割合は今、7割が「楽しい」で埋め尽くされており、残り3割は「申し訳なさ」だった。これ楽しいな。だが、5回やって全て圧勝は申し訳ない。

 雫月はいくらかの悔しさを抱えながら、関心していた。

 このゲームで私、負けたことないのに……。すごい、臣人くん。流石、学校一の天才——。感覚的なゲームは無理だけど、こういう理論的なゲームなら誰にも負けないのが、臣人くん、か……かっこいい。

 雫月が臣人に想い抱いていると、どこからか抜けた声が飛んできた。

「ね〜、雫月ちゃ〜ん。こっちで話そ〜よ〜」

 莉里と女子学生達が、向こうの席で集まって女子会しているのが見えた。莉里がこっちへ来てと手招きしている。

「行ってきたら?片付けとくよ」

 雫月は少し遠慮したが、臣人は行ってくるように勧めた。

「ごめん、じゃあ行ってくるね」

 雫月は頭を下げて、莉里達の所へと行った。

 臣人はボードゲームで使ったカードを手際良く、箱に入れていた。すると、椅子の上から男がひょこっと頭を覗かせた。

「男子も集まろうよ」男が周りの男子に声をかけると意外にも乗り気なのか、殆どの男子学生がその男を中心に椅子に座った。

 因みにだが、男子学生のほうが割合は多く、大体7割が男だ。

「任務のためにも、互いのことぐらいは喋っておいたほうがいいだろう」そう中心の男が喋った。

「まぁ確かにね」誰かが呟く。

「みんないいな?それじゃあ俺からだな、俺は——」

 どうでもいいな。どうせ今回限りの付き合いだ。意識が勝手に覚えてくれるまで、僕は覚えるつもりはない。

 そう思い、雲をぼーっと眺めていると自分に声がかかった。

「君、名前は?」

「明井臣人」

「おみひとくん!よろしくね」

 それに臣人は気怠く応えた。「うん、よろしく」

「ちょっと気になってたんだけどさ、リリちゃんに雫月って呼ばれてた子と明井くんって付き合ってるの?仲良さそうだったじゃん」後ろに座ってた男も顔を覗かせ、質問を飛ばした。

「え、そんなわけ——」

「女子会も男子会もやるのは勝手だが、しょうもない話をするんじゃ益がない。有意義にしろ」正面を見ると、前で庵藤が全員に対して警鐘を鳴らしていた。全員の目線が庵藤にいく。莉里は不服そうに、口を歪ませている。

 ごもっともだ。僕たちは今からスパイしに行くのだ。こんなに腑抜けていればマイナスにしかならない。

 「じゃあ」と臣人の横の席に座ってまた別の男が話しはじめた。「ロシアの経済特区の情報を共有しようよ。そうすれば——」

「出てる情報は公的なものばかりだ。仮面の特徴をいくら言っても本人の顔はわからない。僕らが一番共有しないといけないのは、調査に関することで何が得意なのかといった自分の長所、または短所。そんな所じゃないかな」男子全員の目線が臣人に向いていた。

 臣人は、自分の意見を述べた。ただそれだけのつもりだったが、隣にいた男子はいやらしい微笑をした。

「うん、確かにそうだね。みんな、調査に関わる自分の長所、短所を言っていこう」

 なんで少し笑ったんだ?よくわからない子だな。ふと顔を見ると、横の男が眼鏡をかけているのに今初めて気づいた。

「明井くん、これからよろしく」眼鏡をかけた男は右手を差し出してきた。

「え?あぁ、よろしく」臣人はしっくりこないまま、眼鏡の男と握手を交わした。

「それじゃまず、言い出しっぺの明井くんから言ってもらおっか」眼鏡の男はこちらの手を握りながらそう言った。

「別にいいけど」

「お願いするよ」眼鏡の男は手を離す。臣人は今一度座り直し、皆は聞き耳を立てた。

「運動機能は人並み、突出してるわけじゃない。気配を消せるわけでもないし、戦えるわけでもない。唯一論理的な思考は得意だけど、この任務には必要ない。銃なら撃ったことがある、一回だけ。それも本物じゃない。僕は別に……何もない。」

「そっかそっか、ありがとう」眼鏡の男は拍手をし、それが男子の間で伝染していった。

「はいそれでは、明井くんにはあまり特徴はなかったようで——」

「論理的思考」眼鏡の男の話を遮り、やけに近く感じたその声の主は、気づけば男子学生の集まりの近くにいた庵藤の声だった。皆、庵藤がいつの間に近くまで来たのかと驚いたが、構わず庵藤は話を進めた。

「重要なことだ。直感や感覚では任務はこなせん。もちろん感覚が必要なこともあるが、それは正しいプロセスを踏んだ上で成り立つ。今何が不足しており何が必要か。これじゃないかと、人はよく直感で選ぶことがある。だが、その理由は?曖昧な理由しか答えられない者は、多くを見落とすことになる。筋道を立てて矛盾を消し、物事を体系的に管理してこそ論理的思考は成される。それができなければ、感覚を有効に活用することもできん。論理を立てた上で、直感を、感覚を使う。それこそが何事にもおけるプロだ。少なくとも俺はそう思っている。臣人、お前はそれを得意だと言ったな?」

 臣人に緊張が走る。「はい」

「その能力、調査任務で見させてもらうぞ。いいな」

「わかりました、心に留めておきます」

「うむ。それはそうと、お前ら。男も女も元いた席につけ。夕食の時間だ」号令がかかり、集まっていた男女は元の席に着いて行った。

 そんな中、隣の眼鏡の男だけ動かなかった。右手の親指の爪を前歯で繰り返し噛んでいる。

この眼鏡の男、プライドが高いな。本能のパーシブ機能が反応している。注意しろと。不本意だが、顔を覚えておこう。名前、聞き忘れていたな。

「ごめん、君名前なんだっけ」

 眼鏡の男は爪を噛むのをやめ、朗らかな笑顔でこちらを向いた。

「もう忘れた?俺は水野威尊(みずのたける)。ちゃんと覚えておいてほしいな」

「わかった、覚えとく。あと、自分の席に戻ってくれ」

「あーごめんね、忘れてた。また話そう、明井くん」威尊は立ち上がって手で尻をはらい、前の席の方へと戻って行った。

「ただいま、臣人くん。あれ、あの人知り合い?」

「いや、初対面だよ」

「そっか、何話してたの?」雫月が隣に座る。

「調査のためにお互いの長所と短所を話してた。まぁ僕だけが喋ったんだけどね」

「え、真面目な話してたんだ。臣人くん偉いね。こっちなんてリリちゃんが『彦ちゃんのことなんて無視しよ〜』って言い出して、庵藤先生の言う益のある話なんて何にもしなかったよ」

「庵藤先生?」

「あ、うん。なんか、庵藤さんって先生みたいじゃない?って話になって、だからさっきの女子会でそう呼ぶことになったんだ」

「へぇ」確かにあんな口調ではあるが、指導は抜かりなく、適切な箇所ではフォローも入れてくれる。先生の風格はあるか。

 臣人は女子達がノリで決めたことに、自分の理論を当てはめていると、アテンダントが前の席から順々に食事を運んできて、食事が始まった——。


 日本時刻、23時。またはロシア時刻、17時。殆どの人が眠っている中、臣人は薄暗い空を見ながらぼーっとしていた。もはや「思考」するエネルギーも、こんな夜には残っていなかった。

 そんな中隣がビクッと動き、寝ピクかと思い見ると、雫月が眠りながら体を震えさせていた。冬場の上空だ。しかも、どんどん北へ進んでいっている。寒いはずだ。それにしても、なぜこんな薄い格好で雫月さんは来たんだろうと、臣人は疑問を持った。今の日本でも寒いだろうに、ロシアなんかに行けば尚更だ。後で別で持ってきた防寒着でも渡すか。見てるこっちが寒くなる。

 臣人は雫月の膝にかかっていた白いブランケットを引っ張り上げ、肩にかけて体に被せた。

「ん、んん?」しまったな、目を覚まさせてしまった。「お、臣人くん!?!?え、何して——」雫月には、臣人がブランケットを持っており脱がそうとしているような情報が、目に飛び込んできた。

「ちょっと待て、大きな声を出すんじゃない」

「ちょっと待って、心の準備が——」雫月は、なるべく今できる最小限の声で最大限騒いでいた。

「心の準備?何言ってるんだ。ただブランケットを被せてあげただけだよ」

「え?……あ、そうだよねー。ごめん、なんでもない」

「はぁ、ならいいんだけど。寒さ対策ぐらいしときな」臣人がそう言うと、雫月はスマホを持ってブランケットに潜ってしまった。

 それからまた窓の外を見始め、幾らか時間が経つと臣人は口を開いた。

「——雫月さん、ちょっといいかな。今回の調査任務のことについて話し合いたいんだけどいいかな?なるべく小声でお願い」

「えっと、わかった。いいよ」ブランケットから顔を覗かせて小声で返事をしてくれた。

「雫月さんはこの留学が、こんな危険な調査任務って知ってた?」

「うん、知ってたよ」

「知ってたのか……じゃあなんで学校で先生と話した時、しらばっくれながら話したんだ?先生も知ってたろうに」

「え、先生には悟られないようにって、女性の人から説明受けてないの?」

 雫月はブランケットを体に包みながら、質問をした。

「女性の人?あのオンライン説明会の人じゃなくて?」臣人はそのせいで、新しい謎の人物を頭に叩き込まなければならなくなった。

「うん、ここにいる人はみんなその人から、事前に説明を受けてきてるはずだよ?もちろん私もだし……臣人くん、会ってないの?」

 初耳だ。じゃあ、つまりこうか。僕はあの契約書で強制的に連れてこられた枠で、そして説明をその女性の人に受けて来た枠の人もいる。といった、もしかしたら別の枠もあるかもしれないが、現状2パターンに分かれるわけか。

 臣人の思考が一瞬止まる。待て、今違和感があったな。なぜ周りの人が別の方法で連れてこられたのかもわからないこの状況で、その女性の人とやらに説明を受けて来てるはずと、知識を披露するように今、雫月さんは喋った?みんなも自分と同じように来てるはずという思い込みからだろうか。それともニュアンスの絶妙な違いか。分からないな。まだ、怪しいとは断定できない。ひとまず置いておこう、と臣人は組み立て中のパズルのパーツがなかったことに気づき、パズルを箱にしまった。

「臣人くん、聞いてる?」

「あぁごめん、聞いてる聞いてる。僕はその女性に会っていないな」

「え、ってことはつまり、知らず知らずのうちにこの調査任務に参加してたの?だから先生にキャンセルの話なんてしてたんだ。納得がいった」

「まぁそうなんだよね……雫月さんは自分の意志で参加したんだよね。なんで参加を?」

「私?私は……役に立ちたくて」

「役に?」

「うん」雫月は、体を芋虫の様にモジモジさせて話した。

「国ってこと?」

「国もある。でも、何よりある人の役に立ちたくて」

「ある人の、ね」その感情は一生理解し得ないだろうな。自分のためだけに生きてきた僕には、と臣人は少々達観した様な視点へと切り替わった。

「そう、ただそれだけ。逆に臣人くんは、どういう経緯でここまで来たんだろうね。臣人くん自身はなんでこうなったのかわかってるの?」

「うん、大体予想はついてる。荒創町でとある体験型アクションゲームをやったんだけど、そこで契約書を書かされて。多分それで、無理矢理——」

「荒創町……そうだったんだ……」

「うん、ありがとうね話してくれて」

「全然いいよ」そう言って雫月は首を横に振った。

 話が終わり、臣人はまた窓の外を眺めた。

 一体自分の身に何が起こっているのか余計に謎に包まれてはきたが、情報は得られた。この調子で情報を集めよう。どうしてこんなことになったのか、それが分からないとメディアに詳細を暴露できない。自分の権利が侵害されたことを思うと、今でも残り滓の怒りが滲み出てくる。以前は他者の権利が侵害されたことでも怒りが出ていたが、その女性の人に説明を受けて任意で受諾したのか、それとも強制だったのか、雫月から聞きそびれて今、迷いが生まれていた。

 雫月はブランケットに包まって、再び眠りについている。また聞くのにわざわざ起こすのは気が引けた。

 これほど時間が経ったのに、そとはまだ薄明るい。たしか今から行くロシア経済特区の日の入りは18時程。日本時間では深夜帯でも、まだこっちは薄明かりがあるのだ。

 ......こんな夜だ、さすがに眠くなってきた。寝るか。

 臣人は足元に置いてあった毛布を持ち上げて広げ、からだにかけた。その瞬間、眠気が脳を襲い臣人は眠りについた。

「――ひとくん。臣人くん。起きて!外見てみて、すごいよ」

「ん、そと?」

 臣人は寝ぼけながら窓を覗くと、雪がふぶきつつも初めて見る地上が下に見えた。巨大な街だ。今から僕達が2週間調査する対象でもあるのだろう。

「たしかに、かなり大きな街だね。広大だ、すごいね」

「あ、いや、それじゃなくてあれ!」声をきちんと抑えながらも興奮気味に指をさした。

 その指の方向は臣人がみていた所とは違う場所に向いていた。見ると、雪山のほうにそれはあった。

「なんだあれ」雪のせいで見えにくいが、だが確かに巨大な箱状の建物が山の上に幾つも並び建っていた。

「窓際にいるやつ、外の雪山を見てみろ。両側の窓から見えるはずだ。左右に大量に箱のような物があるだろう。それがおそらく工場だと思われるものだ。何を作っているのかは判明してないし、そもそも工場じゃないかもしれない。工場というのは、ただの推測だ。しかしあれこそが、今回の調査任務の主な目的だ。あれが一体何かということを判明させるのがな」

 あれが、主な調査対象......。街なんかチンケなものじゃなかった。

「もちろん、街の調査も任務だ。最初の3日間はまず街から調査して、お前たちがどれほどのものか見させてもらう」

 なるほど、これに頭を、論理的思考を使って正体を暴けというわけだな。いいさ、やってやるよ。

 さぁ、ゲーム開始だ。

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