第4話 三人衆
飛行機の中はやけに快適だった。程よい周囲との間隔や広さ、先ほど少し見た、準備していた食べ物のクオリティ、そもそものこの内装。その殆どが、まるでVIP用のようだ。VIP用の飛行機なんて乗ったことはなかったが、そのように思えた。
飛行機は留学生と案内役の貸切で、他の客は乗っていない。そしてなぜか自由に座ってよく、決められた席すらなかった。
「知り合いは雫月さんだけだし、隣いい?」
「う、うん。いいよ......」そう言うと、雫月は今一度座り直した。
「ありがと」隣に座ると雫月は背筋をピンと伸ばし、手を握って膝の上においた。
「自然にしておいたほうが良いよ、向こうに着いてもそんなに体を強張らせてたら不自然だ。上に役立たずの駒として思われるかもしれない」
「確かにそうかも。自然にしとく」雫月は力を抜き、背もたれに体重を任せた。
しばらくして全員が飛行機に乗り込むと、案内役の庵藤引彦が全員に声をかけた。
「おい。どこでもいいから席につけ」さっきまでの笑顔は何処へ行ったのか真顔で、落ち着いた声で乱暴な言葉を吐いた。学生たちは少しざわめきながら全員席についた。
「オンラインで説明されてたのはほんの片鱗だ。離陸するまでに細かい説明をする。その前に、改めて自己紹介をしておく。現日本軍人、防衛省より派遣された庵藤だ。ロシアでは自然に案内役として、庵藤さんと呼べ」
臣人は耳を疑った。現日本軍人だって?日本に軍はないぞ。
「この飛行機はこっちの事情でハイクラスのものを用意したが、腑抜けるんじゃないぞ。向こうへ着けばお前たち全員がならなければならない役割は、いわば『スパイ』だ。そうだな......普通の留学しにきたつもりでいろ。お前たちは留学しにきて、たまたま任務を任された。そう思ったほうが気は楽かもな」
庵藤は懐から、空港内で配布したワイヤレスイヤホンを取り出した。
「これをお前たちに配ったと思う、試しに今動作確認をしてみてほしい」
そういわれ、学生たちは小さな丸い入れ物からワイヤレスイヤホンをとりだし、耳につける。すると庵藤は耳に指をあてて声を出した。
『聞こえてるか?聞こえてるなら手を上げてほしい』学生全員が手を上げた。
『うむ、うまく作動しているな。このイヤホンもどきの無線機は自動的に周波数140.85に合わせるようにできている。調査任務の際はこれを使って指示を出す。良いな。逆に何か聞きたいことがあれば、これを押しながらだと我々に聞くことができるから覚えておくように。外してよし』学生たちは言われるがままに外して入れ物にいれて、それぞれの場所になおした。
「特定の日以外お前たちは日中、調査活動はしない、ただのロシア語学習だ。調査を始めるのは夜だ。早速1日目の夜から動いてもらうが、それにもグループ分けがある。1日目には、まずこちらが30人の中より10人を選び、更に3グループに分けて調査を行ってもらう。
そして2日目には選ばれなかった20人を、3日目には残りの10人を3グループに分けて調査をしてもらう。最初の3日間で誰がどれほど使えるかを見極めさせてもらう。10人を選ぶのはこちらだが、3グループに分けるのはお前たちに決めてもらって構わない。
比率は3:3:4でも3:5:2でも、2:2:6でもいい。好きにしてくれ」
なるほどな。協調性や行動力を見たいわけだ。しかし、ここにいるのは何も知らずに応募したやつばかりだ。怖気づく奴が何割かを占めるんじゃないか?
「その最初の3日間で使えないと判断した瞬間、4日目以降からそいつはどう使ってもいい駒として見させてもらう。その覚悟でやれ。自分はそんな駒になんかならない、という気概でな。任務に出ない奴は、ホテルにいろ。お前たちは最後の最後まで使われる。その時まで体を休ませておけ」
どう使ってもいい駒、つまり捨て駒か。
「4日目以降からは、俺も任務に同行させてもらう。その場合、現場ではお前たちが先輩だ。4日目、まずは防衛省から命令されつつもお前たちに合わせてやる。次の5日目は俺のやり方に合わせてもらう。そして、6日目以降はそれまでの収集データによりチームを組ませてもらい、調査方法を決める。どんなチームになるかはその時のお楽しみだ。最後にひとつ。俺はお前たちを一傭兵として扱う。無論、お前たちだって申し込んだときからそのつもりだっただろう。覚悟して任務にかかれ」
今、庵藤が言ったことが臣人の頭に引っかかった。『お前たちだって』って言ったな。うち以外の国立高校の学生全員はこのロシア調査のことをわかってて来たのか?そのチームで行動する調査の時に、他の学生に聞いてみるしかないか。
「俺から言うことはこれぐらいだな」
「じゃあ次は私ね」
庵藤の後ろから、白人の綺麗な長髪の外国人女性が前に出た。日本人かと疑うほどの流暢な日本語が口から滑らかにでていた。外国人の見た目だが、日本国籍なのか。
「こんにちは皆さん。私の名前は、アレクサンドラ・ニナといいます。純ロシア人で、ロシア国籍です。親しい人にはアレクと言う人もいるし、気軽にニナと呼ぶ人もいます。好きに呼んでください。なんでロシア人の私が、この任務に加担してるのか疑問に思った人も多いでしょう。祖国を裏切った。ただそれだけのことです。詳しいことは、親しくなったら教えてあげますね。表向きには、引彦さんと同じ案内役でもあるし、通訳を担当させてもらいます。ロシア語で困ったことがあれば、何でも私に聞いてください。それに裏向き、つまりこの任務では、技術者として派遣されました。その無線機を作ったのも私です。気付いた人もいるでしょうが、そのイヤホンはつけた状態と、つけてない状態の聞こえ具合がほぼ同じで、誤差5%未満まで抑えられてます。つまり、つけていようが、つけてないも同然の聞こえ具合ということです。更に、そのイヤホンは耳につけると自動で透明になるステルス状態になり、外から見てもつけてないように見えます。このステルス性能は、これから支給される、他の様々な装備にもあり、また、貴方達の知らないような性能を持った物も多数あるので、その度に私が説明します。今回の任務は最新機器を使うことが多く、その試験でもあります。データを積極的に収集するために、任務後はアンケートに答えてもらうので、協力お願いします。最後に……って、引彦さんの真似しようと思ったけど、何も出てきませんね」そう言って最後に少し笑った。
アレクサンドラの話が終わると、最後に後ろから背の小さい女の子が出てきた。他2人に比べると若いな。
「こんにちは〜。まずは自己紹介かな、俺は莉里。リリちゃんって呼んでもいいよ〜」
可愛らしい名前や話し方とは裏腹の一人称に、思考が止まった。それに大人の女性ということはわかるが、やけに子供っぽい。
「今回の偽留学では保険係なんだけど、俺は上にロシア語勉強したいーって頼み込んだから、普段は君達と一緒にロシア語の勉強をさせてもらうことになったんだ〜。任務の方では医師として、普段と殆ど変わらず怪我を負った人の治療を行うよ〜」
この子、医者か。そうは見えないけど……。まるで漫画の世界から出てきたみたいだな。
「ありゃ、俺もう言うことないや。よし彦ちゃんに任せた!」
庵籐が眉間を片手の人差し指と親指で摘んでその後、手を下ろして口を開いた。
「こいつのせいで真面目な雰囲気ぶち壊しだが、お前達にはこれから気を引き締めて留学もどきをしてもらう。いいな…………返事!」
学生全員が「はい!」と大きな返事を庵籐に返し、フライトがスタートした。