第十二話・「自己消費」
暗夜の底に妖しく輝く無数の牙。
禍々しく覗く赤い瞳。
血肉を求め、狂気を叫び――〝死〟を欲する醜悪なる化身。
厄災の竜より生まれ堕ちた廃物。
「ヴァッ――――ッ!」
地を這う獣は、咆哮を上げて迫り来る。
瞬間――少女が眼前を翔けた。
「雨嶺、叢真。後ろは任せる――」
短く指示を言い放つは、太刀に手を掛ける沙耶。
「了解です」「了解」
雨嶺と俺は指示に従い、前進する沙耶の背を追いながら、背後から襲い来る殻を退ける。
黒い影が二匹――沙耶に襲い掛かる。
――凶つ牙。
殺し食するために有る凶器。
恐怖を誘う咆哮。
「――――」
冷静に、平静に。
己が命を狙い迫る獣に対し、彼女に一切の動揺はなく、鋭い闘気を纏い抜刀の構えを取りながら突っ込む。
フリーカーとの距離が詰まり、彼女の太刀の間合いに入る。
――地面を踏み込む。
走る動作からそのまま、斬撃の動作へ転換する。
流線的な肉体操作。
動作ごとの繋ぎに淀みがなく、川の流れが如き体捌き。
戦闘中にも関わらず、思わず感嘆し、見入ってしまう。
次の瞬間――
雷光の一太刀。
踏み込みと共に鞘から太刀が走り、一瞬視界から消えた沙耶は一刀でフリーカー二匹の首を刎ねていた。
空を舞う獣の頭。
「二つ、――」
彼女の呟きが聞こえたその瞬間には、彼女は手に持つ太刀を翻し、眼前のフリーカーを即座に切り伏せていた。
両断したフリーカーを突っ切る沙耶。
「――三つ」
そう口にしながら、その瞳は次の敵を捉えている。
地を踏み締め――加速。
フリーカーの残骸を体で弾いて前進。
前方から二匹のフリーカーが彼女目掛けて襲い来る。
沙耶は即座に太刀を構え直し、大きく顎を開け迫るフリーカーへ向けて太刀を振り上げる。
勢いよく振り上げられた太刀は空を裂き、二匹の体を斬り裂く。
仲間?かは知らないが、同族の死骸が目の前で散る中、それでも尚、狼型フリーカー共はお構いなしに沙耶へ突っ込んで行く。
彼女の真正面からは、死をも厭わぬ特攻が。
眼前を埋め尽くさんばかりの獣の集団による突撃に対し、沙耶は慄くことなくスムーズに行動を移す。
駆けるままに左脚を前に出し、そのまま両脚で地面を力強く踏み締める。
先程振り上げた太刀は一瞬にして引き戻し、その勢いを利用して弓を引くように深く引き込む。そして、突きを放つような構えを取る。
太刀を持つ右腕を捻じり込みながら深く引き、空の左手を太刀に添えるように置く。
凶眼を奇怪に輝かせ迫る獣。
しかし――
そんなモノを前にしても、彼女に揺らぎは無く、鋭く冷静に――行動を執行する。
「穿裂き」
空間を捻じり裂くが如き閃撃。
捻じり込んだ全身を開放すると同時に放たれた一撃は螺旋を描き、正面に在する獣をズタズタに裂き貫いた。
無数に迫ったフリーカーは螺旋の裂傷を負うと共に、死骸と散る。
即座に納刀すると共に彼女は、自身が蹴散らした死骸を踏み越えさらへ先へと突っ込む。
俺と雨嶺はそんな沙耶の背を追いつつ、最後から迫るフリーカーを迎撃する。
「獄炎柱!」
雨嶺が六枚の符を飛ばすと共にそう叫ぶ。
瞬間――獄炎の炎柱が展開される。
激しく燃え盛る六つの炎柱。
後方から突撃して来たフリーカーは炎柱に突っ込み、その悉くが消し炭と化す。
しかし、体格の小さな個体は何匹か柱の隙間を抜けて来た。
狼型フリーカーより一回り小さなフリーカー。
鼠……か?
路地裏で見るような鼠よりは幾分か大きいが、特徴的な丸い耳や大きな前歯は鼠のそれだ。
「逆刃大くん!」
鼠型フリーカーが迫る中、雨嶺が俺の名を呼ぶ。
瞬間、手に持った剣を握り直し――
「ああ――」
そう小さく言葉を返し、迫る鼠型フリーカーの前に出る。
四匹……。
炎柱を越えて接近して来たフリーカーの数は四。
四匹の距離はほぼ同じ、推定二秒後には距離を完全に詰め切られる。
……だが、もう間合いには入ってる。
奴らの攻撃が執行されるその前に――
――事は終結させる。
鋭く二振りの斬撃。
胴と切り離された四つの頭が空を舞った。
――よし。
フリーカーの動きを読み切り、確実にその命を斬り捨てる。
バックステップしながら距離を取りつつ体勢を立て直し、雨嶺を守るように前に立つ。
「グォォォォォオ―――ッ!」
「「「!」」」
耳に痛い咆哮と現れた相貌に俺達は思わず驚く。
周囲のフリーカーを蹴散らし、地面を叩き砕きながら突進する巨躯。
四、五メートルはある巨大な体。全身を覆う分厚い剛毛。鋭く凶悪な爪。赤く輝いた瞳。
全体的に普段、見ている……いや、普段から見てはいないが。まあ、見たことのあるものとは違ったその姿。だが、それは間違いなく――〝熊〟だった。
なんで市街地の中に熊が?という疑問は無意味、この混沌とした状況でそれを問う段階は遠に過ぎ去っている。
いま大切なのは――
「沙耶!」
「ああ、判っている」
――この状況で最善を尽くすことだ。
前方を走っていた沙耶は熊型フリーカーの姿を捉えた瞬間には、方向転換して俺達の後ろへと走り出していた。
バックステップで距離を取る俺と雨嶺。
「炎葬・灼火――!」
雨嶺が三枚の符を飛ばす。
地を駆ける沙耶の周囲を舞うように飛ぶ札は火球と化し、彼女を越してフリーカーへかっ飛ぶ。
バコンッ! バコンッ! バコンッ! と直撃した火球は炸裂する。
「――――」
黒煙を上げるフリーカーに向って駆ける沙耶。
腰の太刀に手を掛け、走る勢いそのままに振り抜く――が、
「!?」
振り抜いた太刀が止まる。
さ、沙耶の一撃を止めた……?
驚愕、驚嘆。
ここに至るまで、彼女の動きをよく観察していたからこそ――解る。
細身の体に似合わぬ力、流動的な動きが特徴な剣術。流れるような体捌きより生み出される一撃は、フリーカーの強固な外皮すら容易に斬り裂いてみせる。
そんな彼女の一撃に耐えたということは、見た目通りこのフリーカーは他の個体とは別格の存在なのだろう。
黒煙が晴れフリーカーの姿が露わになる。
「グルゥゥゥ――」
重い唸り声を上げる。
首元に振られた太刀を止めるのは厚い剛毛。
ゆっくりと振り上げられる凶悪な爪。
次の瞬間――
グォンッ――空気を斬り裂く轟音が鳴り響いた。
寸での所で後ろに引いた沙耶はその一撃を躱す。
少し触れた前髪が切れて空を舞う。
「沙耶っ!」
符を持ち雨嶺が駆け出す。
「祓へ給へ、清め給へ――」
言の葉を口にしフリーカーへ突っ込む。
そんな彼女を見て意図を察したのか、沙耶は体勢を立て直すと共に回り込むように走り出し、フリーカーとの距離を詰める。
「迅葬・天爆!」
彼女が札を投げるとその瞬間――符が消える。
次の瞬間、フリーカーの頭部が正体不明の炸裂を起こす。
炸裂により視界を奪われたフリーカーは頭を押さえる。
今のは雨嶺、か?
よくわからないが、直前の動き的に雨嶺が何等かの術を使ったのだろう。
そのまま距離を詰めつつ、再び符を飛ばす雨嶺。
「祓へ給へ、清め給へ――八百万乃神ながら授け給へ」
言霊を込め、彼女は術を展開する。
六枚の符が円を展開し、青白い光を放つ。
バチッバチッと円に翳している左腕に、電気のようなものがスパークする。
符が形成する円の中心に紅く燃える火球が発生した。
スッ、と左手を右側に引き寄せる。
「炎迅・混葬――焔天っ!」
引いた左手で火球を叩くように引く。
瞬間――緋色の火球を射出すると共に、火球を囲うように衝撃波が連なる。
ドッッッパン――――ッ!
空気が破裂する音が鳴り響いた。
今まで彼女が見せた魔術?とは明らかに威力の違う一撃、衝撃波だけで周囲のフリーカーが軽く飛ばされる。
圧縮された熱の塊。
――極火。
滅却の焔は弾丸が如く、あの強固な剛毛を容易く貫通した。
「――ッ、!?」
視界を潰された状態で受けた一撃。
熊型フリーカーは自身が何をされたのか理解しないまま、胴に穴を開けられた。
そして――
「玄渓流――」
フリーカーの背後、そこには抜刀の構えを取った沙耶がいた。
鋭く鋭く――切っ先のように尖らせた闘気。
彼女は刹那に己を乗せる。
「――――荒流一閃」
――刹那抜刀。
空中、彼女は熊型フリーカーへ向けて太刀を振り抜いた。
み、視えなかった……?
カウンタによる強化をしているのにも関わらず、影すら掴ませない神速の斬撃。
太い首から溢れた黒い血液。
フリーカーの丸太を思わせる太い首は絶ち斬れずとも、頸椎は完全切断され、半分以上はスパリと切断できている。もはやそれは、肉と皮で辛うじて繋がっているだけだ。
体躯は崩れていないが、その損傷では生き残れはしないだろう。
ザザッと地面を軽く擦りつつ納刀する沙耶。
「沙耶っ! 大丈夫ですかっ!」
そういい彼女は走り出す。
熊型フリーカーの骸の横をすり抜け、雨嶺は彼女の元へ向かう。
近づく雨嶺の姿に沙耶は微笑を浮かべる。
しかし、その表情はすぐさま暗く強張ったモノに変わることになる。
「雨嶺ッ! 逃げろ――ッ!」
「え……?」
沙耶の叫びも虚しく、呆けた声を漏らす雨嶺。
「グブッ――――ブグォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛!!!」
潰れた咆哮でガナル。
雨嶺の背後には、死んだ筈の熊型フリーカーが拳を振り上げ――立っていた。
まだ動けるのか――ッ!?
あれだけの損傷を負って尚、得物を殺す執念で立っている。
異常で異様――例え彼女を殺してもヤツは死ぬ。なのにも関わらず、それを前提にヤツは動いている。
単に死を理解していないのか。
それとも何も考えていないのか。
真実は定かではないが、捕食だけを目的としているコイツらが、どうしてここまでの執念の燃やすのだろうか。
――どうでもいい。
無意味な思考は振り切れ、瞬間的に最善を尽くす。
「――――」
振り下ろされる巨大な爪。
凶器を向けられた少女は、それが自身を殺すモノだという事実に未だ反応できていない。
沙耶では対応できない距離。
雨嶺は反応すらできていない。
命を散らす一撃は無慈悲に堕ちる。
――その刹那。
グウォン――、スッパン――――ッ!
空を裂く音と共に、何かが斬れる音が響いた。
ピチャっと雨嶺の頬に生暖かい液体が付く。
「ッ――!?」
目を見開き驚愕した表情の沙耶。
彼女の視界には、雨嶺に振り下ろされる筈だった剛腕が空を舞っている絵。そして、その腕を斬り落とした回転しながら飛来した剣だった。
次の瞬間、ドゴンッと地面が陥没する音が聞こえる。
「限数設定・Ⅲ固定――」
同時、フリーカーの頭上に俺が現れる。
空中の不安定な体勢。
だが――拳は硬く強く握り込まれている。
「限数設定・固定完了」
空中で体を捻じり、全身全霊で拳を叩き込む。
ドッ――――パンッ!
衝撃音が鳴り響く。
取れかかった首は俺の一撃で容易く吹き飛ばされる。
ピンボールのように弾けた頭は壁にメリ込み、俺が投擲した剣はビルの壁に突き刺さる。
「――いい加減、眠れ」
完全に絶命した熊型フリーカーに向け、俺はそう言葉を送る。
「「――――」」
雨嶺は目の前の光景にただ唖然とし、沙耶は驚愕した表情で絶句していた。




