第十一話・「九輪の薔薇を君に」
倒壊した建物により積み上がった瓦礫の山。
少し前までうるさかった獣達は、倒壊の勢いでそのほとんどが死滅した。
若干の静寂。
闇が覆う夜――極光が輝く。
ドッゴンッ! と弾け飛ぶ瓦礫、その下で私は声を上げた。
「痛――ッたい!」
体に圧し掛かる瓦礫を吹き飛ばして立ち上がる。
瓦礫の下敷きになったことで汚れた服を払いながら、ゆっくりと周囲を見渡す。
ん?
見渡した先には、見慣れた白髪の女が立っていた。
アイツ、無事なら助けなさいよ!
こっちを一切見ることなく、悠々とした佇まいで、なにやら考え事にふけっている彼女の姿に怒りが湧く。
一言文句を言ってやろうと一歩を踏み出す。
その瞬間――
「あひゃっ!」
ドゴッ、と足元の瓦礫が砕けてズッコケる。
情けない声を上げながら尻餅をついてしまった。
「ん?」
嫌なことに、今の尻餅で白髪の女――クレアは私の存在に気付かれる。
「何をしているの、ルジュ?」
クレアは呆れた目で無様を晒す私を見てくる。
顔が熱くなるのを感じながら、同時に、ムカムカと何所へ発散すればいいのかわからない怒りが溢れる。
「み、見てわっかんないのッ!?」
「……コケた?」
少しの思案の後、クレアは何でもないことを言うように口にした。
「そうよ! コケたわよッ! 悪い!?」
「んー、別に悪いとは言っていないのだけど……」
「むっきー!」
怒りが止めどなく溢れる。
ジーンと痛む臀部を擦りながらクレアへ詰め寄る。
私は八つ当たり気味に、ギャーギャーと諸々溜まったストレスを叫んだ。
終始、呆れた面持ちのクレアは特に反論してくることはなく、本当にどうでもいいものを見る目で、私のことを見て淡々と言葉を受け入れていた。
しばらく叫んだ後、気持ちが治まった私は話題を変えてこれからについての話を始めた。
「で、ここからどうする?」
「……ん? ルゴリン事件の話、終わった?」
素面でそう言ってくるクレアに、ピキっと青筋を立てる。
……と、止まりなさい私。
一度治まったイライラが再起するが、拳をきつく握りしめてなんとか堪えることに成功する。
これ以上、時間を無駄にしない為にもここは大人の対応だ。
でも、あの件のことはまた今度じっくり怒る。
「はぁ……、これからどうすんのって聞いてるんだけど?」
「ああ、そうね」
「とりあえずアイツを救助しに行く?」
そう私が提案すると、クレアは即座に答えた。
「いや――叢真は後回しでいい」
「!」
予想外の回答に思わず、目を見開いて驚いた。
……ふーん、叢真の救助が優先じゃないんだ。
普段あまり人に関心を寄せるタイプじゃないクレアが、叢真に対してだけは妙に意識を向けていた。だから私はてっきり、クレアは叢真に特別な感情を抱いているのかと思ったけど――
この様子だと、そうでもない……?
あまりにも淡泊な反応にそう思ってしまう。
あるいは興味があるなし云々は関係なくて、単に〝クレアという人間の本質〟――その冷淡さが現れているだけなのかもしれない。
目的の為なら、情を容赦なく切り捨てられる冷たい心。
クレアにとって叢真が何なのかはわからないけど、クレアなら自分の錘となるなら切り捨ててもおかしくない。
悲しい理論で動いている。
……一人ぼっち、か。
その論理は孤独を生む。
人を遠ざけて遠ざけて、残るのは自分だけ。
――私達はそう生きるしかない。
孤独だけが居場所で、他の人間とは相容れることはない。
似ているようで本質はまるで違う以上、どこかで齟齬が生まれるのは当然なのだから。
なら、せめて……そんな私達だけでも……――
そう思った私の口は、半ば自動的にクレアの名を呼んだ。
「クレ――」
「ルジュ」
私の言葉より速く、クレアは私の名を呼んだ。
真っ直ぐと曇りない眼で話し始める。
「とりあえず迂回して竜の下へ向いましょう。多分――道中で叢真とも合流できると思うしね」
「へえ? ……ご、合流?」
「ん?」
再び予想外の発言。
思わず動揺して聞き返すようにそう言うと、クレアは心底不思議そうに首を傾げた。
クレアらしくないし、ありえもしない。
いくら何でもその予測は希望的観測過ぎだ。
「合流に不満?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……アンタ本気で言ってる?」
「本気だけどおかしい?」
「おかしいわよ……いくらなんでも、この状況でアイツだけで助かるわけないでしょ」
確かに叢真は特殊な力を持っている。
正直、魔術師でも何でもないアイツの同行を、私も許したのはその要素が大きい。
この場は竜によって散布された生源で満たされていて、竜由来の殻には探知があまり利かない。
ただでさえ魔力の探知は、精度が低くて燃費も悪い……とても常用するようなものじゃない。
これじゃあ、竜に到達する前にこっちの魔力が尽きる。
だからこそ魔術由来じゃない探知の叢真は、何気にありがたかったりする。(本人には絶対言わないけど)
でも、あくまで叢真は探知が優秀なだけ――フリーカーを相手するのには向いていない。
どんな力なのかは知らないけど、ある程度の強化が可能な力。
それは基礎戦闘能力は向上させられるだけで、複数で襲って来るフリーカーには相性が悪い。
戦闘慣れしているヤツならまだしも、アイツは完全な素人。どう足掻いても私達の助けがなきゃ、この戦場では生き残れない。
アイツ一人じゃ……――
そう内心で思っていると、
「うん、まあ……ルジュの言いたい事はわかるよ」
私の表情から考えを読み取ったのか、クレアはそう口にした。
そして。
「だけど――」
普段の飄々とした様子から打って変わって、真剣な表情でクレアは言う。
「――彼を舐め過ぎだよ」
「――――」
鋭い眼差しでクレアはそう言い切った。
無表情に近い表情だけど、キリッと強い意思を感じる。
……らしくない。
やっぱり今日のクレアは、いつもと違っているような気がする。
「叢真の意思は〝死〟を前にしただけじゃ――止まらないよ。例え一人だったとしても、叢真は意思を果たすために全力を尽くす」
確固たる信頼がクレアにはあった。
どうして……どうして、こんなにも人を信じられるの?
不思議な劣等感に胸が汚染される。
「それに叢真は覚悟を持ってここまで付いて来た。同行を許可した私は……私達は、その覚悟を信じる義務がある。だから私は、叢真を信じて進むよ」
そう言ってクレアは瓦礫を踏み越え、迂回の道を歩き出す。
私はその背中を目で追いながら、胸を巣くうこの気持ちの悪い感覚に葛藤する。
ああ……イライラする。
さっき感じた怒りとは別種の感情。
行き場のない感情を俯瞰していると、余計にモヤに悩まされる。
「ああ、もう! ムカつく――っ!!!」
大きく声を上げて込み上げた感情を押し潰してクレアの背を追った。
「考えは終わった?」
クレアは軽くこっちに視線を向け、ほんのり笑みを浮かべてそう聞いてくる。
そんなクレアに私は――
「そうね! 全部吹き飛ばしたわよ!」
「相変わらず強引ね」
少し呆れたような表情で呟いた。
「仕方ないでしょ! これ以上、考えたって答えはわっかんないし!」
「魔術師の考え方じゃない」
「かもね――でも、私はアンタを、ひいては竜を討伐するのが目的。明確に目的があるなら、その順路を突っ走るしかないでしょ!」
「っ――」
少し驚いた表情でクレアが私を見る。
感情の所在は今はどうだっていいし、叢真がどうなってもどうでもいい。
私はクレアに勝ちたい! 今はそのためだけに行動すればいいし、その他の余分は無理に考える必要ない。
道中でアイツに合流できたらラッキーって考えればいい。
パチン、少し強めに頬を叩いた。
「……確かに、そうかもね」
ふと、クレアは微笑をこぼしてそう言った。
人が痛い思いをしている時に笑っているその姿に若干ムカついたけど……その笑みが嘲笑ではないことに気付いて少しだけ怒りが治まった。
――街道を二人で走り抜ける。
熱を孕んだ夜風を突き抜け、竜の下へ疾駆する。
「――ねえ、アンタなんでアイツをそこまで信頼してるの?」
気になってそう質問をした。
クレアは然程考えることなく、質問に対して小さく笑みを見せて答える。
「叢真は信頼に足る人物だから」
迷いなくそう言い切るクレアに呆れた眼差しを向ける。
「だからって、この状況で無条件に生きてることを信じられる、普通?」
「それに関しては直感かな? ……正直、生存の根拠なんてないよ」
「は?」
ここにきてなんてことを言い出すんだと割と本気で頭を疑った。
あんなにも詭弁を垂れておいて、理由が直感なんて、マジでありない。
「まあ、でも――彼って何気にしぶといし、なんやかんやで生き残りそうじゃない?」
「あー……、ま、まあ、たしかに」
その言葉を聞いてよくよく思い返すと、なぜだか叢真が死んでいる予感がしない。
というか、よく考えればあの力をフリーカーから逃げることだけに使えば、普通に生き残れるんじゃ? と今更だけど思った。
フフ、と不意にクレアが微笑をこぼす。
そして――
「それに……――■■■■■■■」
「え……?」
クレアの予想外の台詞。
私は三度目の驚愕をすることになった。




