第七話・「竜伐隊(2)」
ツインピンクの挑発にまんまと乗ったクレアにより、二人の竜討伐勝負が始まった。
事情を詳しく知らない俺だが、竜という存在をそんな下らない勝負に使う二人の正気を疑う。というか、竜相手に勝負していられる余裕があるとは思えない。
だが、その事実を口にしたところでこの場における俺の発言権は塵に等しい以上、何の意味もない。
前を走る二人に視線を向けつつ、その悲しい事実に打ちひしがれた。
「はぁ……そういえば君、名前は?」
「?」
その問いに対して呆けた顔を見せるツインピンク。
今更だけど、俺は彼女の名前を知らない事実を思い出した。特徴的な髪色、髪型からツインピンクと内心では呼んでいたが、流石にそう呼ぶわけにもいかないだろう。
少しして彼女は、呆けた表情から少し真面目な表情になると、深く考えるように腕を組みながら瞳を閉じる。
なんでだろう? クレアが同じ動きを見せても何も思わないのに、彼女がしているのを見ると、途端に不安な気持ちが溢れてくる。
……いつか電柱に突進しそうだな。
などと考えている間に数秒が経過した。
何か思い至ったのか、ツインピンクは瞳を開くと俺の方へ視線を向け、口を開いた。
「なにアンタ? ……もしかしてナンパ?」
「…………、は?」
あまりにも予想外の言葉に頭が凍結する。
彼女の隣にいるクレアもその言葉を聞いて、ひどく呆れた表情をしている。……一体どういう思考回路をしていれば、今この状況で俺が彼女をナンパしているということに結びつくのだろうか? 本当に分からない。
トンチキ発言に頭痛を感じていると、彼女は続けて言葉を言い放つ。
「まあ? 仕方ないわよね。こんなにも完璧且つ美しすぎる私を前にして、アンタみたいな平民が正常でいられる筈がないものっ。そのいやらしい視線が私に向いてしまうのも――当然の摂理!」
「…………」
「逆に、高嶺の花である私に声を掛けられたアンタの勇気を称賛するわ、オホホホホ」
リアルでは絶対聞くことのないであろう高笑い、と優雅に口元に手を当てるポーズ。いわゆる〝お嬢様笑い〟というやつだが、まさかこんなにも堂々とされる日が訪れるとは。予想外というか、予想するわけもないというか……。
上機嫌に飛び跳ねる彼女の姿に呆れを通り越し、微笑ましさすら感じてきた。
……まあ、完璧かは知らないけど、美しいという言葉には同意せざる得ない。性格を考慮せず、その見た目だけで判断するなら、まず間違いなく美少女というやつなのは確かだ。
うん、性格を考慮しないならな。
などと考えていると、ルジュが元気よく声を上げた。
「仕っ方ないわね、平民! そこまでいうなら? 私の名前、教えて上げるわ! 私は――」
「彼女は、ルジュ・ハッシュバルト・アーネビア……一応、私と同じ魔術師」
彼女が優雅に名乗ろうとしたその時、それより先に呆れた表情のクレアが彼女の名を口にした。
「あっ! 勝手に私の名乗りを取るなッ! ってか、一応って何よ! 一応って!」
抗議するようにそういうツインピンク……もとい、ルジュ。
この十数分、クレアが彼女をめんどくさそうに扱っていた理由が、嫌というほど理解できた。
人の話を聞かない。自慢癖。異常なほどの曲解。煽り癖。暴力で解決しようとする等々、挙げればキリがない。もちろん良い所もあるが、それ以上に悪い所が目立ち過ぎて良い所が霞む。
「クレア。君も大概変人な部類だと思うけど、そこのはそれ以上だな」
チラリ、と隣でガヤガヤと叫ぶルジュに視線を向けてそう言った。
「そうだね。確かに私より変じ――、って、おい君。私は変人じゃない」
「――うぐフッ!」
冗談交じりの一言は、肘打ちとなって脇腹に返って来た。
鋭く体の奥まで響く痛みに苦悶の声を上げながらも、足を止めずに彼女の後ろへ付いた。
うっ……、痛い。
いくらカウンタの強化を受けているとはいえ、脇腹に肘打ちは相当効いた。そのまま地面に倒れなかった自分を褒めてやりたいくらい、今の一撃は俺にダメージを与えた。
「アンタたち仲良いわね……なんかムカつく」
呆れたような表情をしていた彼女がそういい、ムスッとした顔をこちらへ向けてきた。
謂れもない嫉妬心?を向けられ、首を傾げる。
……なぜ?
向けられる感情の所在がわからず、暫し頭を悩ませたが――よくよく彼女のことを考えた結果、向けられた感情の意味に察しが付いた。
浮んだ解答のせいか、彼女を見て不思議な気分になる。
正反対――相容れない在り方を有しているのに、本質的に求めているモノは同じ。
どちらも〝壊され壊す者〟。
本質が同じならば、そこへ至る過程の違いに意味なんてない。そう、過程の理解など不要――結論さえ解っているのなら、それだけでいい。
だからだろう――俺が、こんな気持ちを抱いたのは……――
「――……逆刃大叢真」
「は?」
顔を向け彼女へ名乗ったが、意味不明という感じの表情が向けられた。
彼女のそんな様子に呆れるように頭を掻き、言葉を続ける。
「俺の名前だ……まあ、とりあえず――よろしく、ルジュ」
そういい右手を差し出す。
ルジュは差し出された手を無言に見つめ、表情を曇らせた。何だかその表情は、疑っているような、訝しむようなものに見えた。
少しして彼女が、キリッと睨むような視線を向け口を開いた。
「アンタ……まさかと思うけど、それ――同情?」
「……君には、そう見えるのか?」
「――――」
口を紡ぐ――返答がない。
彼女は俺へ返す言葉に困ったような表情をした。予想外の台詞、予想外の反応だったのだろう。さっきまでの彼女と打って変わって、とても真剣な表情をしている。
そんな様子を見て俺は独り言を呟くように言った。
「俺はただ――友達になりたい、ってそう思っただけだ」
「っ――」
呟きを聞き、彼女は目を見開いて驚愕した。
正直、自分でも少し驚いている。このような言葉を誰かに向けることは、ないと思っていた。でも、不思議とこの言葉を口にしなければらないと思った。
「アンタ……もしかしてバカ?」
本気の呆れ顔を向けられ、思わず足を躓いて転びそうになる。
「どうしてその言葉に行き着いた……? 一体、俺の発言のどこにバカ要素があるんだ?」
「と、友達になりたいって、ほ……本心で真向から言って来るヤツ、普通いないわよ!」
頬を紅くして声を荒げるルジュに、呆れた視線を向けながら言う。
「……別にいいだろ。逆ギレするなよ」
「してないわよッ!」
「してるぞ」
「してるね」
さっきまで静観していたクレアも賛同する。
その反応を見てルジュが叫ぶ。
「アンタたち仲良しか――ッ!」
真っ赤に染まった顔で怒る彼女だが、その表情には僅かに喜色が混じっていたように見えた。
興奮して暴れるルジュを俺とクレアで宥めたところで彼女が、クスクスと小さく笑いを零しながら言葉を送ってくる。
「叢真、やっぱり君は面白いよ」
「…………」
その言葉を彼女がどういう意味で言ったのかは知らない。だけど、妙に嬉しそうな表情を浮かべる彼女を見ていると、その言葉の意味なんていうものはどうでもよく感じた。
そして、口元に薄ら笑みを浮かべながら言葉を返す。
「……クレア、やっぱり君は変人だよ」
俺からの言葉を聞いた彼女は、若干ムスッとした表情を見せてくる。
その様子が、とても可愛らしくて心の奥底にあった嗜虐心が刺激された。だが、これ以上の発言や行為は、身を滅ぼすと判断した俺はすぐに口を紡いだ。
しかし――時既に遅し。次の瞬間、脇腹を力強く抓られる。
「痛――ッ」
肉がグググッと捻じられ、鈍い痛みに襲われ苦悶を声を上げる。
どうやら最初の一歩を踏み込むこと自体、間違っていたようだ。この痛みは、その事実を知る対価というわけか。
そんなことを考えながら、脇腹の痛みに耐える。彼女はその光景を目に、意地悪な笑みを浮かべると、脇腹を抓る手を放さず言った。
「これは私をおちょくった罰。しっかり受けて反省すること」
「こんな嫌がらせ、罰でもなんでも――痛タッ!」
「君が文句を言い続ける限り、この罰の執行時間は延長されるよ」
「横暴――」
理不尽な罰にそう声を上げたが、彼女が手を離すことなく脇腹を抓る手の力が強くなるだけだった。
彼女、結構嗜虐趣味があるのか?
不意にそう思ってしまうほど、俺の苦しむ様子に彼女は嬉々とした表情を浮かべていた。
脇腹の痛みから逃れようと距離を取ると、グイっと彼女に距離を詰められ、より強く抓られる。俺の反応が面白いのか、嗜虐的な笑みを浮かべる。同時に、どんどんと彼女は距離を詰めて来る。
すると――
「アンタ達、離れなさいよッ!」
「おっと」「痛ッた!」
背後から俺達の間に入って来たルジュにより、俺達は無理やり引き剥がされる。
おかげでクレアから解放された俺だったが、脇腹を抓られたまま彼女が引き剥がされたことにより、脇腹の肉が引っ張られ激痛が走った。
うぅっ……肉が、……。
脇腹の痛みに悶える中、ふと、ルジュの視線がこちらに向いていることに気付く。
だがしかし、彼女はすぐに俺から視線を外し、ギロッと鋭い視線をクレアへ向ける。そして、彼女は大きな声でクレアへ言った。
「クレア! アンタ余裕そうだけど、私との勝負忘れてないでしょうね!」
ビシッと指を指して数分前の約束について追及する。
そんな彼女を見て、クレアが少し不思議そうな表情を浮かべる。しかし、すぐに何かに気付き、納得したという感じの表情を浮かべると共に、ほんのり笑みを作り言葉を返した。
「もちろん。一度受けた勝負、無下に放棄するつもりはないよ」
「そう、ならいいけど」
彼女は腕を組みながらそう言って、プイッとそっぽを向いた。
ほんのり頬が赤いところを見るに、あれも照れ隠しなのだろう。多分、クレアが自分との約束を真摯に取り合ってくれていたことが、嬉しかったんだと思う。
「ふふ、それにしても――」
「?」
微笑を零すクレアを見て、ルジュが首を傾げた。
「ルジュ、君は思いの外――乙女なんだね。まあ、この場合は君の気質を問うより、叢真の気質を問うべきなんだろうけど」
クレアの言っている意味がわからないのか、ルジュは意味不明という感じの表情を浮かべていた。
一方、俺は彼女の言っている意味が何となく理解できてしまい、呆れた眼差しを向けつつ、問い詰めるように言葉を掛ける。
「……それ、悪い意味で言ってるだろ」
「流石だね叢真。君は鈍感に見えて、その実、感情の機微というものにとても敏感……そういうところ、個人的に好ましいよ」
「そのわりに、言葉に棘があるように感じるんだけど?」
「それはあれだよ――悋気せぬ女は弾まぬ鞠、というやつだよ」
「…………」
彼女の言葉を聞いて思わず押し黙ってしまった。
「……クレア、お前よくそんな古風な言葉を知ってるな」
「まあね」
そういい愛らしく微笑を見せる。
次の瞬間――突然、彼女が俺の胸を人差し指で突いて言った。
「叢真――〝見るものを間違えないように〟」
優しい笑みと共にそう言葉を残した彼女は、身を翻し再び走り出した。
月光を受け、キラキラと輝く白色の髪に魅入られ、その後ろ姿に視線が釘付けになる。こんなにも魅惑的な姿を見て、一体他に何が目に映るというのだろうか。
彼女の後ろ姿をボーっと眺めていると、コツン、と軽く肩を叩かれた。
ボーっとしていたせいか、その程度のことで少し驚いた俺はすぐに隣の人物へ視線を移した。そこにいた少女に視線を向けると、彼女は両手を後ろで組みスッと視線を逸らしていた。
そして、独り言でも呟くように俺へ言った。
「アンタには、私とクレアの勝負の〝見届け人〟になってもらうんだから……その事、ちゃんと覚えておきなさいよ――叢真」
「っ――」
再び彼女に驚かされる。
言葉を言い終えた彼女は、ほんのり頬を赤くしてクレアを追うように走って行った。
不思議な嬉しさが込み上げて来る。
少しは……救われてくれたかな。
微笑を零した後、前を向いた。俺は込み上げた気持ちを抱いて、彼女達を追って再び走り出した。
二人の隣まで追いつくと、なぜだかクレアがムスッと頬を膨らませている。若干怒ったような表情をしている彼女に、首を傾げて問い掛ける。
「ん? どうした?」
「……はぁ、なんでもない」
「何でもない奴のため息じゃないと思うんだけど……?」
ガッカリしたような、呆れているような表情が向けられる。
「流石はあの――いや、止めておくよ」
「?」
少し疲れた様子で、言葉を止める彼女の姿を見て首を傾げた。
っ――
理解のできない彼女の言動に頭を悩ませる中、ふと、センサーに何かが反応した。正確な座標を計った後、二人に声を掛けようとしたが、
「叢真。ところでアンタって一体なんなの? 魔術師? それとも、執行者とか?」
言葉を発そうとしたその時――ルジュがそう質問してきた。
「……いや、違う。俺はただの一般人、魔術とかの類とは関係ない」
彼女の言葉を無視して忠告をしようと思ったが、俺はそれを止め、先に彼女の質問に答えた。
「そうなの?」
「ああ、俺がこの場にいるのは、クレアの傍が安全だと思ったから付いて来てるだけだ」
「ふーん……」
納得したような表情の彼女。
流石にもうそろそろ忠告を、と口を開こうとした時、隣にいたクレアが意地悪な笑みを浮かべると共に、しー、と口元に人差し指を置いた。
……ああ、なるほど。
俺はルジュのように納得したような表情を作った。
「じゃあアンタ、何ができるの? 流石に本当にただの一般人をクレアが、ここまで連れてくるわけない。何かあるんでしょ?」
そう鋭い質問をするルジュ。
少しの間を開けた後、俺ではなくクレアが口を開いた。
「そうだね、叢真は面白いことができるよ」
「! やっぱり……で、何ができるの?」
予想が当たって嬉しそうな表情をする彼女は、そう聞き返してくる。そんな彼女の様子を見て、クレアが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
彼女のそんな姿を見た俺は呆れながらも、秒数のカウントを始めた。
「十、九、八――」
「え、なになに!?」
急に秒数を数え始めた俺に慌てるルジュ。
とても申し訳ない気持ちになったが、魔女がそうするようにと命じたんだ。恨むなら魔女を恨んでくれ。
責任逃れをしつつ、カウントを続けた。
「ルジュ、叢真ははね」
「三、二、一」
カウントが一になったところで、俺とクレアは真横に飛んだ。
真摯にクレアの話を聞いていた彼女は、ぽかーんとした表情をした。同時、彼女の微笑を零しながら言葉を残し、俺がカウントを終わりを告げる。
「こんなことができる」
「――ゼロ」
「え――」
呆けた声と共に影が落ちる。
瞬間、ルジュの頭上から黒い物体が落下して来た。
ドゴ――――ッ! と大きな音が鳴り響くと共に地面に激突する〝何か〟。ルジュは黒い何かに押し潰されるように、地面の下へ消えていった。
そんな光景を見て、クレアはあららと他人事のような表情を見せ、俺はやり過ぎたんじゃ?という不安な表情を浮かべた。
数秒の静寂――
さっきまであんなにうるさかったのに、ルジュがいなくなっただけで周囲の物音が大きく聞こえる。改めて彼女の元気の良さに驚かされることになった。
などとそんなことを考えていると、大きく空いた穴が青緑色の光を放ち始める。
「叢真、少し離れた方がいいよ」
そうクレアから忠告を受け、穴から距離を取った瞬間――
「衝撃・裂」
ドッッゴン――――ッ!
なにやらルジュの声が聞こえたと思ったら、次の瞬間に黒い塊が地面から噴き出した。まるで凄まじい勢いの物体を叩きつけられたように、黒い何かは吹き飛んだ。
黒い血肉の雨がその場に降る。
そんな光景に驚いていると、少しして穴からルジュが這い出て来て言った。
「アンタ達、本当にサイテーっ!」
「あ、生きてた」
あっけらかんとした声でクレアが呟く。
彼女はルジュが生還したことにさして驚きもせず、よかった、と実行犯とは思えない表情を見せる。そんな彼女の様子に、ルジュがさらに怒りを発露する。
「生きてた――じゃないわよっ! 私じゃなきゃ死んでたわよッ!? アンタバカじゃないの!! 叢真も叢真で、なんで何も言ってくれなかったのよ!?」
「あー……、言おうとは思った」
「思っただけじゃ意味ないじゃない!」
ご最もな意見を受け、頬を掻き視線を逸らした。
「この鬼! 悪魔! アンタ達は人として最悪よっ!」
全く以てその通りの言葉に、俺は返す言葉がなかった。
一方、隣にいる少女は、悪びれた様子もなく悠々とした立ち姿でルジュの事を見下ろしていた。そんな彼女へ呆れた視線を向けつつ、再びルジュへ視線を向ける。
あの状況で余裕そうに生き延びた彼女を見て改めて驚く。実行犯の一人である俺が言うのもなんだけど、空からあんなものが降って来て生きているのは、普通に考えておかしい。
流石は魔術師、と周囲の黒い血だまりを見てそう強く思った。
「まあ、何はともあれ……ルジュ、叢真のできることは何となくわかった?」
地面にへたり込む彼女へ向かって、クレアがそういい手を差し出した。
「――いや! 今ので何がわかるのよっ!?」
「「……確かに」」
クレアの手を掴みながらそうツッコみを入れるルジュに、俺達は同時にそう言った。
その後しばらくの間、ルジュがガヤガヤと俺達二人に文句を言い続けたが、流石に今回は俺達が悪いと、その文句を甘んじて聞くことになった。




