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最終話です
【side フィミール会長】
『魔法空調機』を発売した1週間後、私達は隣国の王宮を訪れていた。
「この度は私共のお願いを聞き入れて下さり、ありがとうございます。ロンリー王子」
「いやいや。君達には、むしろ感謝しているよ。あの国から君達を引き抜けた事で、僕は王太子の座に1歩近づけたからね。当然、この国では、君達の特許権を脅かすような事はしない。安心して、商売に励んでくれ」
「はい! ありがとうございます!」
そう。私達は隣国に亡命したのだ。しかも、亡命したのは、私達フィミール商会だけではない。ドッペル商会に特許権を侵害されていた6つの商会全員で亡命したのだ。
はじめは、私達フィミール商会だけで亡命するつもりだった。しかし、亡命の準備を進めるうちに、私達以外のドッペル商会に特許権を侵害されていた商会の会長達が、一緒に亡命したいと言ってきたのだ。
(あれ? もしかして、この人達みんな連れて亡命すれば、ライル王太子への嫌がらせになる?)
正直、ライル王太子の事も忌々しく思っていたが、仮にも、王太子だ。ドッペル会長にしたように、私なんか仕返し出来る存在ではない。そう思って諦めていたが、これは、一泡吹かせる事が出来るチャンスかもしれない。
そう思った私は、6つの商会全員を亡命させてくれないかと、以前から懇意にしていた隣国のロンリー王子に連絡を取ったのだ。
「ふふ。今頃、君達の祖国は大変な事になっているだろうね」
「いい気味です。私達を軽んじたらどうなるか、思い知ればいいと思います」
性格の悪い私は、ライル王太子達が慌てふためく様を想像して、笑みを隠す事が出来ない。
「(そんなんだから未だ独身なんですよ……痛っ!)」
私の後ろでザイルがぼそりと呟くのが聞こえたので、私はザイルの足をヒールで踏んづけた。
(ほっとけ! 商会の会長なんて性格悪くなきゃ出来ないのよ!! 独身なのは事実だけどさ……ぐすん)
「おや? 君は独身なのかい?」
ザイルのつぶやきが、ロンリー王子に聞こえてしまったらしい。私は慌てて非礼を詫びた。
「し、失礼しました! 王子様の前で変な事を言ってしまい――」
「いや、構わないさ。それより、君のように魅力的な人が独身という事に驚いたよ。なぁ、ルーク。お前もそう思うだろ?」
ロンリー王子が、自身の隣にいた若い男性に問いかける。
「え? あ、はい。そうですね」
「ふぇ!?」
若い男性に魅力的だと言われて、私は変な声を上げてしまった。
「おや? 思ったよりいい反応……ねぇ、ルーク。君、『彼女と結婚しろ』って命令されたらどう思う?」
「ロンリー王子……非常に光栄なお話だとは思いますが、フィミール会長に失礼です。私では、到底彼女と釣り合いませんよ。悪ふざけはほどほどにしてください」
「え、え、え?」
思わぬ展開に、私は自分の顔が熱くなっている事を感じる。
「悪ふざけじゃないんだけどなぁ……まぁ、いいや。その話は今度ゆっくりしよう。さぁ、ささやかだけど、君達の歓迎会の準備がある。どうか、楽しんで行ってくれ」
「ひゃ、ひゃい!」
ロンリー王子とルークさんのやり取りに、私は平常心を保つ事が出来ない。
「(何真っ赤になってるんですか……しっかりしてください、姉さん)」
「(うぅぅ……だってぇ……)」
部下であり、弟でもあるザイルが叱責してくる。だが、これは仕方ないだろう。男性経験のない私に、あのやり取りは反則だ。
「(あのルークと呼ばれていた方、どう見てもロンリー王子の側近ですよ。意外にも脈ありそうでしたし、ちゃんとお話ししてきてください!)」
「え、そっち!? ……ちょっと待って。今、『意外にも』って言った???」
その後お歓迎会で、ロンリー王子とザイルが、私とルークさんをくっつけようとし、顔を真っ赤にし過ぎた私が倒れてしまって、ルークさんに介抱してもらう事になるのだが、それはまた別の話。
【side ライル王太子】
その日、俺は父上から呼び出しを受けた。仲良くしていたドッペル会長が、市民の暴動に巻き込まれて死んでしまったから、慰めの言葉をくれるのかもしれない。そう思って父上の執務室を訪れたのだが、父上は、怒りに満ちた目で俺を見てくる。
「ち、ちちう――」
「貴様……これはどういう事だ?」
「――え?」
父上は、手に持った紙の束を俺に見せつけながら俺に聞いてきた。よく見ると、それは俺が、ドッペル会長に頼まれて送った手紙だった。
「答えよ。なぜ、貴様は特許侵害を訴える者達にこのような手紙を送ったのだ?」
「そ、それは……ドッペル会長に頼まれたから」
「――っ!! この、愚か者が!!!」
激昂した父上が俺の顔面を思いっきり殴る。
「ぐはっ!」
産まれて初めて殴られた俺は、訳が分からず、茫然と殴られた頬をさすった。
「ち、父上? なにを……」
「貴様のせいで、この国は終わりだ。今朝方、隣国から手紙が届いたぞ。『貴国にて、王族から迫害を受けている6つの商会が、我が国に亡命する事を希望するので受け入れた』とな」
「なっ!」
6つもの商会がいなくなれば、この国の経済は回らなくなる。ようやく俺は、事の重大さを理解した。
「そ、そんな……い、言いがかりです! 迫害なんて、そんな事してません! そうだ! これは、隣国の陰謀です! 我が国に経済戦争を仕掛けるために――」
「馬鹿者!!!」
俺の言葉を遮って、父上が怒鳴る。
「まだわからんのか! この手紙が、『王族からの迫害』の動かぬ証拠ではないか!!」
「え? え?」
「特許侵害を訴えたら不敬罪や国家転覆罪をちらつかせて黙らせる。どう考えても、『王族からの迫害』ではないか!」
「そ、それは……」
そんなつもりは無かった。たかが特許侵害で、騒ぐ者達を黙らせたかっただけなのだ。
「その程度の事すら分かっておらぬとは……もうよい。どの道この国は終わりだ。近いうちに隣国に吸収されるだろう」
「……そうなった時、我々はどうなるのでしょう?」
「知らん。禍根を残さないために首を切られるか、温情を与えられるかは、隣国しだいだ。まぁ、隣国には貴様が迫害した者達がおるのだ。良い未来は訪れないだろうな」
「そ、そんな……」
父上の言葉に、俺は絶望するしかなかった。
【side ロンリー王子】
歓迎会の後、僕は自室でルーク達からの報告を聞いていた。
「ドッペル商会が倒産したようです。どうやら、例の暴動でドッペル会長が亡くなり、残った者達では混乱を抑えきれなかったようです」
「あらま。ドッペル会長、死んじゃったんだ。これも君の作戦の内なの?」
僕はルークの隣にいるゲンガに話しかける。
「いえいえ。全くの偶然ですよ。私の作戦では、ドッペル会長には多額の借金を抱えて、路頭に迷って頂く予定でしたから」
涼しい顔でゲンガは答えた。
そう、ドッペル商会の副会長を務めていたゲンガは、僕の部下だ。ドッペル会長が前の副会長をクビにしたタイミングで、ゲンガを滑り込ませたのだ。
「いやぁ、それにしても、大成功だったね。フィミール商会を引き抜くつもりが、6つもの商会を引き抜けるなんてさ」
「ドッペル会長とライル王太子が愚かだったのです。あそこまで周囲の反感を買うとは思いもよりませんでした」
「…………一応聞くけど、ゲンガがそう仕向けたわけじゃないよね?」
もしそうだとしたら、ひどいマッチポンプになってしまう。
「まさか。私はロンリー王子のご命令通り、ドッペル会長に気に入られるよう行動しつつ、他の商会が本当に危ない時に助けていただけですよ。我々の想定以上に、あの2人が愚かだったのです」
「ならいいけどさ」
どこまで本当かは分からないけど、ゲンガの説明に、一応納得しておく。
「そう言えば、結局、『魔法空調機』にはどのような仕掛けがあったのですか? ドッペル商会は複製の技術だけは優れてましたから、あのような騒動が起こるとは考えにくいのですが……」
「あ、それ、僕も気になってたんだ。ルーク、フィミール会長から何か聞いてない?」
少し露骨な話題変えだったが、そこは僕も気になるので、ルークに聞いてみた。
「聞いております。なんでも、全ての『魔法空調機』にシリアルナンバーを設定して、定期的にマザーシステムと通信させていたそうです。そして、通信のタイミングで、複数の魔道具から、同様のシリアルナンバーが送られてきた場合、誤作動を起こす仕様となっていた、とお伺いしました。ゆえに、シリアルナンバーごと複製したドッペル商会の『魔法空調マシーン』は誤作動を起こしたのだと考えられます」
「シリアルナンバー、か。なるほど、やっぱり賢いね」
今まで聞いた事のないアイディアに、僕は脱帽する。彼女を引き抜いた僕の目に狂いはなかったようだ。
「うん。これは何が何でも、ルークにはフィミール会長を口説き落としてもらわないといけないかな? どうやらまんざらでもないようだし?」
「ロンリー王子、ですから…………」
「ルーク殿、耳が真っ赤ですぞ」
「――っ! ゲンガさん!!」
そう。最初にフィミール会長の事を聞いた時、ルークは表面上、冷静を装っていたが、耳が真っ赤になっていたのだ。
(残念ながらフィミール会長は気付いてないみたいだけどね。というか、自分の事で精一杯みたいだし)
「ま、頑張ってね」
「王子!」
僕はルークを激励して、この日の報告会は終了した。
その後、ルークがフィミール会長を『リリア』と呼ぶまで3ヶ月かかった事だけは明記しておこうと思う。
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