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6「崖上のクローズド・サークル」

    6


 クローズド・サークルといえばミステリの定番だ。嵐の孤島とか雪の山荘とか、外部とのアクセスが絶たれた空間を指す。こうすることで警察が介入できなくなるし、登場人物を限定かつ拘束できる。要するに面倒なことを考えなくて済むから、作者は謎解きを展開しやすく、読者もそれに集中できるのだ。

 しかし、それはあくまで小説の中での話。

 まさか、そんなシチュエーションを現実に体験することになるなんて。

〈くりえいてぃ部〉は、周囲がすべて急峻(きゅうしゅん)な崖となっている。底までは何十メートルもあって、これを下りていくような余地はない。橋が爆破されたことで、完全に孤立してしまった。対岸までの二十メートルは、走り幅跳びの世界記録でも全然届かない。

 それだけではない。屋敷にある固定電話は、どれも電話線が切断されていることが判明した。携帯は相変わらず圏外。文丈と香久耶はノートPCを持ち込んでいたが、同じくネットには接続できない。これは今日の夕方から起きているそうで、千鶴はおそらく一帯に妨害電波が出ているのだろうと推測している。その場合、発生装置は崖の向こう側、僕らの手が届かないところに設置されているだろうとも。

 つまり、僕らは此処から逃げ出せず、外部に助けを求める手段もないというわけだ。

〈くりえいてぃ部〉の滞在期間は六日ごとに区切られて、間に清掃や点検が入る。文丈たちの滞在は今日が二日目なので、遅くとも五日後には検知されるだろう。もとより滞在期間中は外に出ない前提であるから、食糧や日用品もまったく問題ない。

 ただし、殺人事件が起きている。本来なら、引き続き滞在するような状況ではない。

「目的は時間稼ぎかな」

 広間の籐椅子に腰掛けて、千鶴はそう云った。

 時刻はもうじき二十二時。なすすべなく、僕らはまた広間に戻っていた。香久耶だけは調理室だ。夕飯の当番とのことで、得意料理だというポトフをつくっている。

「何者かがこの屋敷に侵入して、落涙さんを殺して逃げた。同時に私たちを閉じ込めた。この殺人事件が外部に知られるまでの間に、国外にでも脱出するのかもね。落涙さんを殺すほどの動機がある人だから、警察に調べられたらすぐにバレると分かっていて」

「だとすると、俺たちは巻き込まれの被害者だな。えらく迷惑な話だぞ」

 文丈はソファーに座って腕を組み、ご立腹の様子だ。

 緩やかに落涙の死体は、まだ玉砂利に埋まったまま、再び畳をかぶせてしまった。少々気になるけれど、現場保存の観点からもそうすべきだろう。

 僕はあの少年を思い浮かべる。彼が犯人だったのだろうか。みなに知らせるべきだろうか。しかし、どうしてあのとき隠したのかという話になる……。

「千鶴、犯人がまだこっちに潜んでいる可能性はないのかな」

「自分ごと閉じ込めたってこと? どうして?」

「それは……僕たちを逃がさないようにして、第二、第三の殺人を重ねるつもりとか?」

「連続殺人か!」と文丈が反応した。

 だが「考えにくいね」と千鶴。

「自力では脱出できない。救助がきたとき、お前誰だって話になって逮捕コースじゃん」

「たしかに……」

 毎度のことながら、僕の空想的な可能性は一蹴(いっしゅう)される。

「待ってくれ。それじゃあ……」

 文丈が人差し指を立てた。眉根を寄せ、難しい表情だ。

「逮捕されても構わない、捨て身の覚悟だとしたらどうだろう?」

「そこまでして殺したいってことだね。だけど貴方たち、みんな初対面なんでしょ?」

「そうだ」

「此処に来た経緯は、さっき道雄が屋敷内を調べてくれてる間に聞いた。みんな個人の意思だったよね。申し合わせたわけでも、他の誰かに誘導されたわけでもない。つまり滞在客がこのメンバーになったのは偶然だってこと」

「うむ」

「じゃあ落涙さんが〈くりえいてぃ部〉に行くことを知った犯人が、彼を殺すために忍び込んだとして、そのとき他の滞在客まで殺したい相手だというのは、検討に値しない確率だよ。そうなると、捨て身の連続殺人をする理由がないね」

「なるほど……」

 すべてに的確な答えが返ってくる。僕らが思い付くことは先に検討済みというわけだ。

 しばらく沈黙が続いた。僕はまだ考慮が及んでいない可能性が残っていないか考えて、しかし思い付かない。それを破ったのは沢子だった。

「要するにー、心配はご無用ってことっすよね?」

 彼女は丸椅子から立ち上がり、「よーよーよー」とラップを始めた。

「この状況ならまじ迷惑。だけどうちはこの性格。生まれついての楽観主義者。みんなちょっと考えすぎじゃん? それで落ち込み損なら、ネガティブなバイブスは持ち込み不要。あーい?」

 ちょけているようにしか見えないが、千鶴は真面目な調子で「そうだね」と返す。

「救助が来るまで、のんびりしよっか。みんな、そのつもりで来てるんでしょ」

「しかし緩やかの死体があるのに、のんびりと云うのもな……」

「うぇ~い、ぶんじょー。落涙くんもうちらに明るくいてほしいはずっすよ」

「そうだよ、ぶんじょーさん。うぇ~い」

「フミタケだ!」

 場は雑談のムードに変わっていった。ピリピリした空気は、意外にも早く解けた。命の危険がないと分かれば、無人島に漂流したわけでもなく、もとから滞在予定の期間を耐えればいいだけだ。そういうものかも知れない。

 僕はまだ引っ掛かりを覚えたままだが……。

 その後、料理を乗せたワゴンを押して香久耶がやって来た。大皿の上に乗っているのは、大量のフライドポテトだった。揚げたてで、白い湯気が立ち上っている。

「おい香久耶、ポトフをつくるんじゃなかったのか?」

 代表して問い掛けた文丈に、香久耶は首を傾げて答える。

「つくったじゃない」

「は?」

 みなの頭の中に疑問符が湧いた。

「それ、フライドポテトじゃないか」

「うん。だからつくった」

 少し沈黙があって、みなの「ああっ」という声が揃う。

 この人、ポトフをポテトフライの略だと思っている!

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