表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/35

40「君と映画」(終)

    40


 救出された後はこってりと事情聴取を受け、夜になってようやく帰宅を許された。もっとも僕らは文丈たちに巻き込まれただけと説明したので、そう大したお(とが)めはなかった。

 それでも、僕はずっと気分が悪くて堪らなかった。

 嫌でも考えてしまう。想像してしまう。

 緩やかに落涙は、本名を鈴乃ユウと名乗った。彼は前にも似た名前を口にしていた。たしか……鈴乃レイだ。広間で、よく分からない話を聞かされたじゃないか。

 父親を殺して、どこかの家の隠し子を身代わりにして、自由になったとか。そして幼いころに父親と離婚した、母親のもとに向かったとか。

 手に傷がある緩やかに落涙と、手に傷がない緩やかに落涙……。

『一度、映画の撮影だったと分かって、その後に映画じゃなく本当に殺人事件が起きてしまったとなって、それすらも実は映画だったとは、なかなか考え付かないよね?』

 これも、同じことなのか?

 一度、双子を疑って、それは違うとなって、やっぱり実は双子だったとは、なかなか考え付かないから……?

『もうひとつ、憶えておくといい。レイはね、ずっとベジタリアンなんだ』

『知ってるか? 肉を食う動物は、くさくて不味くなるんだ。だから食用の豚や牛には肉を食わせない。草とか果物だけを食わせる』

 ……僕は昨晩、なにを食わされたんだ?

 ……あのキャンプファイヤーは、なにを燃やしたんだ?

 まさか。あり得ない。そんな残酷な。あるわけがない。

 なにかの勘違いと、あとは妄想だ。現実と虚構の区別がつかなくなっているのだ。

「なあ千鶴」と、僕は帰りの車を運転しながら、助手席の彼女に話し掛ける。

「なあに?」

「この事件、というか映画の小説なんだけど……書かなくてもいいかな」

 恐る恐る、訊ねたつもりだった。

 しかし千鶴の答えはあっさりとしたものだった。

「いいよー」

 僕はますます、わけが分からなくなる。

 いや、すべては僕の妄想に過ぎない。過ぎないのだが、もしもこれが真相だったなら、千鶴はどうして、それに加担しているんだ? 彼女が気付いていないはずがないのだ。

『真の絆のためにそうなっているの』

『そして受け入れるなら、道雄はそのことを絶対に口にしたら駄目だよ』

 受け入れるって?

 真の絆って、なんのことだ?

 これも聞き間違えか? 酔っていた僕の頭がつくり出した幻の記憶なのか?

 僕が小説を書かなくても構わないなら、千鶴の目的はなんだったんだ?

 今回、千鶴はなにを得た? なにが変わった?

 すっかり夜中になって、高層マンションに帰り着く。地下の駐車場に車を停め、くたくたの身体でエレベーターに乗って十八階。通路を歩き、僕ら二人が暮らす部屋の中へ。

「道雄、なにか気になっていることでもあるの?」

 靴を脱いだところで、そう訊ねられる。僕は「ないよ」と応える。

 千鶴は今回、なにがしたかったんだ……?

 千鶴は一体、なんのために…………?

「じゃあ道雄、私たちはもう結婚するんだからさ」

 彼女は僕の手を引いて、微笑み掛ける。

「子どもつくろ」





『探偵・宮代千鶴にテコを入れる』終。

26歳の夏に書いた小説でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ