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26「推理の暴発だ!!!!」

    26


 岩陰になっているせいで此処まで下りてはじめて気が付いたのだが、横穴がある。

 入口は身体を横にすれば這入れる大きさで、内部は結構広そうだ。奥まで明かりが届かないので深さは分からないけれど、壁に電球がぶら下がっているのも見える。天然でなく、誰かが掘った穴なのだろうか? この岩の出っ張りを足場にして。

 僕は中に這入ってみることにした。今いる場所では、怖くて気が休まらない。

 そこで足がなにかに当たり、金属的な音が響く。見ると窪みにスプレー缶が嵌っている。拾い上げて確かめると、煙幕スプレーだ。ほとんど汚れていない。

 どうしてこんなものが?

 マネキンの方に振り向く。こいつと一緒に落ちてきたのだろうか。

 煙幕……もしかして、沢子は煙幕のせいで転落したのだと思わせたかったのか? いや、それでも腑に落ちない。上からでは、このスプレー缶を視認できたとしても煙幕スプレーだとは分からない。此処まで下りれば、そもそも死体は偽物だと知れるので、煙幕で転落したなんて装う必要が……煙幕で転落?

 韻を踏んでいるな……と、くだらないことに気付く。

 韻を踏んでいる?

『全額を、洗濯じゃないっすか。レンタルした財布ごと』

 連想するようにして思い出した。昨日の朝、洗濯室で沢子が踏んでいた韻だ。全額。洗濯。レンタル。どれも、えんあう、である。煙幕と、転落も……。

 レンタルした財布ごと全額を洗濯して、煙幕で転落した?

 そういえば、沢子は緩やかに落涙の死体――死体じゃなかったけれど、あれが発見されたときにも押韻を披露していた。たしか、畳の下に、形見の品のサラシの死体。畳の下……形見の品……サラシの死体……ああいおいあ……。

 まさか、本当に?

 嫌な予感を覚えながら、香久耶の死体についても思い出す。おかしな点と云えば、サウナ室内に撒かれていたかるただ。かるた……あうあ……

「……あっ」

 サウナだ。それに丸太。と云うか、香久耶、もそうじゃないか。かるた……サウナ……丸太……香久耶……あうあ……それだけか? 他には……桜! あの桜柄のタオル!

 香久耶が、桜柄のタオルを巻いて、サウナ室内の丸太の上で、かるたしていたんだ!

「ははっ」と思わず笑ってしまい、直後、空恐ろしい気持ちになった。

 こじつけか? 押韻なんて、やろうと思えば、なんでもできるものなのか?

 それとも、本当にこれが目的だったのか?

 もう一度、沢子の服を着たマネキンを見下ろす。彼女は生きていて、まだ屋敷の中にいる。香久耶を殺した犯人は沢子? 犯行現場で、韻を踏むために……?

 馬鹿馬鹿しい。そんなわけがない。

 こんな思い付きを本気にし始めたら、いよいよ疲れすぎている。

 推理の暴発だ。

 こんなものは、推理の暴発なのだ。

 推理の暴発……。

 推理の、暴発…………。

 僕は横穴に這入った。ぶら下がっている電球は電池式で、スイッチを入れると微弱ながら全体に明かりが届いた。幅は二メートル、長さは五メートルほど。奥にいくにつれて天井は低くなるが、手前の方はそんなに窮屈じゃない。

 腰を下ろして、壁に背中をあずける。日陰なのでいくらか涼しい。それだけでも有難いのだけれど、願わくば水が欲しかった。直射日光を浴びながら大声を出し続けたせいで、喉がカラカラに乾いている。

 僕は一体、いつまで此処にいることになるのだろう? 千鶴と文丈は、ずっと放っておくつもりなのだろうか? こんな場所で、夜を明かせと?

 信じられないし、未だに意味が分からない。文丈はともかく、千鶴が……。

『宮代はああ、俺のものだあああああああああ!』

 胸がきゅうう……と締め付けられる。

 どうして文丈なんかと? いつ、そんな機会が……?

 あのときか? 昨日、娯楽室で千鶴と文丈の二人きりだった時間がある。僕が洗濯物を取り込みに行ってから、沢子の死体を見つけて二人を呼びに行くまで……一時間くらいだろうか? あのときに、そんな親密に……?

 駄目だ。受け入れがたい。考えが全然まとまらない。

 なにも考えたくなくて、僕は膝を抱えて顔を伏せた。眠りたい。しかし頭がぐちゃぐちゃで、喉が渇いていて、汗が気持ち悪くて眠れない。泣きたくなってきた。

 こんな気持ちは、生まれてはじめてだ。こんな最低の気持ちは……。

 そうやって悲嘆に暮れていると、やがて横穴の外からズザザッ……ズザザザザザッ……と、なにかが擦れるような音が聞こえてきた。それと一緒に声も。

「わっ、わわわわっ、わっ、早い、早い! わあっ、わわわわわっ!」

 この声は……?

 重い身体を引きずって横穴から顔を出すと、上空から白くて小さな羽がふわふわと降り注いでいる。そして目の前に降り立ったのは、白地に金刺繍のチャイナドレスを着た香久耶だった。

「わっ、着いた、着いた。着いたわよーっ」

 真上に向かって報せると、文丈の声が「おーーう」と応える。僕は急いで横穴から身体を出し、腰を限界までひねるようにして見上げる。文丈が覗き込んでいるじゃないか!

「浦羽ええ、元気かああ!」

「文丈さん! 待ってください、そのまま! 話をしましょう!」

「話すことはねええ! 香久耶とおお、よろしくやれええ!」

 そう云う文丈の横で、千鶴が顔を出した。手にはロープの端を持っている。香久耶の身体に繋がっているロープだ。

「千鶴!」

「ごめんねー、道雄ー」

「お前! それしか云わないじゃないか!」

 なにがごめんねー道雄ーだ! そんな心のこもってない謝罪!

 しかし千鶴はもう返事をしなかった。さっさとロープを手放して、顔を引っ込めてしまう。続いて文丈もいなくなる。僕は呼び掛けようとして、どうせ無駄だと悟る。さっきの繰り返しでしかない。

 香久耶を見る。彼女は脇の下に回して縛ったロープをほどくのに苦戦している。足元には大きなリュックサックと、ズタボロに破れた枕が置かれている。

 どうやら、崖の側面と自分の身体との間に枕を挟んで降下してきたらしい。宙を舞っている羽は、その中身みたいだ。

「道雄さん、ほどくの手伝ってくれない? ていうか、あたしもそのなか這入るわ。此処はちょっと怖すぎて――うわ! 見ちゃった! 無理無理無理! あっ、待って。先にリュック。重いけど~……はい、これ~……ほら、持ってよ。受け取って」

 状況がまったく飲み込めないまま、リュックを受け取る。たしかに重い。ぱんぱんに膨らんでいるせいで穴に引っ掛かったが、香久耶にも押してもらってどうにか通過させた。

 続いて香久耶が、ロープを引きずりながら横穴の中に這入ってくる。

「ふう。結構、涼しいわね。二人くらいなら余裕そう? それよりほら、これほどいてくれる? 堅く縛り過ぎたわ。じゃないと危ないし。ほらお願い」

「あの……香久耶さん?」

「なに? あたしが生きてたこと?」

「それも、そうですけど……」

 そこに対する驚きは、意外と少ない。緩やかに落涙と沢子のときにも経験したことだ。

 それよりも、これまでの香久耶の印象と違うので戸惑っている方が大きい。彼女はこんなに、なんというか、饒舌な感じではなかったはずだ。

「なんだか香久耶さん、テンションが高いですね……?」

「そうね。ミステリアスな演技するの疲れちゃったのよ」

 苦笑する、そんな表情もはじめて見た。これまでは演技だった?

「それよりロープ! もしかして緊縛が好きだったりするの?」

「ああ、いえ、すいません……」

 背中を向けてもらって、結び目をほどいた。

 彼女は「ふう」を息を吐いて、ちょうど椅子のようになっている岩に腰掛ける。

「道雄さん、声が枯れているわね。それ、リュックの中に水があるから飲むといいわ」

「えっ、本当ですか」

 開けると、ミネラルウォーターのペットボトルが十本ほどある。ほかにもパンや缶詰、菓子類。タオルケット、懐中電灯、簡易トイレ、トイレットペーパー、寝袋まである。

 僕と同じく騙されたにしては、用意周到すぎないか? そもそも、千鶴と文丈が帰ってしまっても香久耶は文句のひとつも云っていない。

 とにかく水を飲んで、一気に一本まるまる飲みきってから彼女に問う。

「ありがとうございます。生き返りました。……こんなに色々と持ってきているのは、香久耶さん、自分の意思で下りてきたってことですか?」

「違うわよ。脅されたの。交くんと宮代さんに。云うこと聞かないと酷い目に遭わせるぞって。あの二人、屋敷の中で乳繰り合うのに邪魔者を追い出しているんだわ」

「あー……」

「だけど殺すつもりはないんでしょう。だから持たされたのよ。それだけあればサバイバルできるだろうって。もちろん、道雄さんと分け合――ていうか、道雄くんって呼んでいい?」

「え。いいですけど」

「あと、道雄くんも敬語やめてくれない? あたしの方が一個上だけど、気にしないでいいわ。距離がある感じがして嫌なのよね」

「香久耶さんがそう云うなら……分かった。分かりました」

「敬語に直してるじゃない! 逆!」

「あっ、すいません。ごめん」

 ペースが乱れっぱなしだ。

 香久耶と話しているときは元からこうだけれど。

「あの、香久耶さんは死んだふりをしていた……んだよね? サウナで。どうしてそんなことをしたの?」

「それも同じ。そうしろって云われたからよ。道雄くんを騙して此処に追放するために、必要な段取りだったんでしょう」

「えーっと……?」

 まだ頭がこんがらがっている。僕の理解力の問題だろうか?

 香久耶が死んでいなかったなら、千鶴は嘘をついていたことになる。たしかに僕を騙してこんな場所に追い出した以上、それ以前から嘘をついていたって不思議はない。

「一体、いつからなんでしょう……。香久耶さんが死んだふりを指示されたのは、いつのことですか?」

「敬語に戻ってる」

「あっ、ごめん」

「だから、最初からよ。最初から全部、こうなるための段取りだったんだって」

「最初っていつのこと?」

「道雄くんが〈くりえいてぃ部〉に到着する前。緩やかさんの依頼の時点からね」

「ええ? それって……ええ?」

 香久耶はリュックからペットボトルを取ると一口飲み、また話し始める。

「道雄くん、緩やかさんが死んでないことも知ってるわよね?」

 首肯する僕。

「よく思い出して。緩やかさんがはじめて道雄くんの前に現れたのはいつ?」

「僕が屋敷の中を見て回ったときだ。落涙さんを探して……いま思えばその当人だったわけだけど。能面をかぶった彼に会った」

「そうよね。緩やかさんは客室で待機してたの。それで道雄くんと会った後に走って広間にやって来て、あたしたちも手伝って畳の下に隠れた。その後すぐ、死体のふりをしている彼を発見することになるからね」

「うん、そうだよね。そういうことになる……」

「だけどそのとき、宮代さんもずっと広間にいたのよ?」

「あっ!」

 そうだ。そうじゃないか。

 どうして思い至らなかったんだ?

 あのときに緩やかに落涙が畳の下に入ったなら、千鶴が気付かないはずがない。ならば彼女はあの時点で、知っていて見逃していた。僕を騙していたのだ!

「理解したみたいね」と、香久耶が微笑む。

 僕は全身に鳥肌が立っている。動悸(どうき)までしてきた。

 二本目のペットボトルを取る。また一気に半分くらいまで飲んでしまう。

「道雄くん、大丈夫?」

「……だけど、だけどやっぱり、納得できません。千鶴は此処に来る前から、文丈さんと出来ていたってことですか? 信じられない……」

「また敬語に戻ってる」

「僕は、文丈さんとは此処ではじめて会った。千鶴だって同じはずなんだ」

「卒アルは見た?」

 またしても僕はハッとする。忘れていた。

 文丈は僕らと同じ私立斉唱カレン高等学校の出身……。

 呆けている僕の代わりに香久耶は立ち上がり、横穴の外、マネキンの上に落とされたきり放置していた卒業アルバムを拾ってきてくれた。

「これは、道雄くんが自分で辿り着かないといけない真相なのよ。ごめんね。あたしからひとつ云えることは、全部を疑ってということ。あたしが話したことも全部ね」

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