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2、3「緩やかに落涙からの依頼」

    2


「面白くない!」

 車に戻って、僕は嘆いた。

「瞬殺すぎる。小説にならないじゃないか」

「そお? ぐだぐだ長いより良いんじゃない? それより冷房、冷房」

「いつも云ってるだろ。問題の次のページに答えがあったら、クイズ本と変わらない。ミステリは解決までの過程が命なんだよ」

「しょーがないじゃん。すぐに分かっちゃうんだもん。いいから発進して」

 千鶴は助手席に両膝を立てて座り、携帯ゲーム機の電源を入れる。僕は三田池邸の駐車場から車を出しつつ、何度目かになるか分からない訴えを続ける。

「もう少し盛り上げてくれたっていいじゃないか」

「わざと苦戦するってこと? 駄目でしょ。人が殺されてるんだから」

「それは、そうだけど。もっとハッタリをきかせるとかさあ……」

「足りないところは道雄が補えばいいじゃん。桜野(さくらの)ナントカもそうしてるんでしょ?」

 桜野美海子(みみこ)という探偵の活躍を、塚場(つかば)壮太(そうた)という小説家が適度に脚色しながら小説にしており、このシリーズがバカ売れしている。いわば実在するシャーロック・ホームズとワトスンだ。僕ら――というより僕は、これに続くことを狙っている。

「だけど、それにしたって足らなすぎるだろ。千鶴の場合、脚色ってよりほぼ全編が捏造になる。それじゃあ千鶴の人気にならないって云うか……違うんだよ、趣旨が!」

「私は人気者になりたくて探偵やってるんじゃないけどね。あーアイテム足んない。引き返すか迷うなあ」

 千鶴はゲームを遊びながらで、真面目に取り合ってくれない。のんびりとした口調でも淡泊な印象になるのが彼女の特徴だ。

「悔しくないのか? 探偵としては絶対に千鶴の方が上なんだ。桜野美海子は最後には事件を解決するけど、それまでに出る被害者の数が多すぎる」

「駄目じゃん。なんで人気なの」

「面白いミステリってそういうものなんだよ。あとはキャラ立ちかな。すごい変わり者で、いかにも小説に出てくる名探偵って感じだから。ああ、もどかしいな。千鶴は優秀すぎるんだ。そのせいで〈小説にしても面白くない探偵〉になってる……」

 彼女はどんな事件でも即座に解決してしまう。はじめて探偵活動をしたのが高校二年生のとき。高校卒業後は大学に進まず私立探偵となり、今年でもう四年目だけれど、例外はない。本物の天才なのだ。幼馴染の僕は、誰よりもよく知っている。

「そもそも小説と現実は違うからねえ。ゲームと同じだよ。小説は面白くなるように工夫してつくられてるけど、現実の事件は馬鹿な人の馬鹿な行為でしかないわけで」

「頭が良い犯人だっているだろ」

「ないない。頭が良いなら、殺人なんて方法じゃなくて問題を解決できるもん。そういうお馬鹿さんのおかげで、私が楽にお金を稼げるんだけどさ。わっ、またエンカウント?」

「だけど、現に桜野美海子は上手くいってる……」

「小説にしてる人の能力が高いんじゃない? つまり、まずは道雄が書いてみなよーってこと。半年くらいずっと同じこと云い続けて、まだ一作も書いてないじゃん」

 おっしゃるとおりだ。ぐうの音も出ない。

 僕が黙り込むと、千鶴は「まあ、焦らなくてもいいでしょ」とフォローの言葉を足した。

「ゲームと同じだよ。じっくりレベル上げも大事。早くなにかやりたいって気持ちは分かるけどね。このままじゃあ道雄、永遠に私のヒモだし」

「ヒモではない!」

「じゃあ運転手?」

「そうだね……」

 助手と主張できるほどの働きはしていない、気がする。

「あっ、そこ寄って。ダブルチーズバーガー食べたい。買って帰ろ」

「了解……」


    3


 千鶴と僕は、都心にある高層マンションの十八階に部屋を借りて同居している。高校卒業後、便利だからという理由で上京する彼女について行ったところ「じゃあ一緒に住も。その方が経済的だし」と云われ、そうなった。

 僕らは千鶴の探偵業で生計を立てている。それだけで充分以上の稼ぎがある。僕はせめてもの貢献として家事を率先し、千鶴は家にいるときはゲームばかりしている。

「うわ、こいつ堅すぎ! マコりん育成しとくんだったあ。ま、今回は問題ないけどね。はい、メチレンジオキシメタンフェタミン!」

 三田池邸から帰ってハンバーガーを食べた後も、ソファーに寝っ転がってひたすらゲームだ。彼女はミステリにはまったく興味がない。ミステリの熱心なファンは僕の方で、彼女に探偵活動を勧めたのも僕だった。彼女がそれを職業にした理由は単に割りが良いから。

 十七時を回り、そろそろ夕飯の準備をしようと思っていると、電話が鳴った。探偵業のための携帯だ。僕が対応する。

「はい、宮代千鶴探偵事務所です」

『緩やかに落涙という者だ。依頼をしたい』

「すみません、もう一度お名前いいですか?」

『緩やかに落涙だ。小説家をしていてね。筆名でいいだろう?』

 筆名にしても風変わりだ。若い男で、声を潜めているような感じがある。

『今から、すぐに来てもらいたい。遊栗山(ゆうくりやま)に〈くりえいてぃ()〉というコテージがある。ネットで検索すれば道は分かる』

「今からというのは、急ぐ事情があるんでしょうか」

『明日になって生きている保証がないのでね』

「と云いますと……?」

『昨日から此処(ここ)に滞在しているが、客の中にスパイが混じっているらしい。オレのアイデアを盗もうとしている。そいつを暴いてもらいたい』

「スパイですか。どうしてそう思うんです?」

『おい、お前。あまり飲み込みの悪さを露呈(ろてい)するなよ。お前は宮代探偵でなく、スタッフだな? お前が顧客をイラつかせて仕事を逃したら損失じゃないのか?』

「え、すみません」

『当事者意識の欠如だ。日和見主義の若造が増えすぎた。分子から外れるのと、分母から外れるのと、お前はどちらを選ぶ?』

「どういう意味でしょう……?」

『期待が持てないな。どういう意味でしょうなんて問いが出るようでは』

「すみません……」

『いいか? 見くびるな。お前は絶対に、オレの実力を認めることになる』

「はい……」

『お前は、絶対に、オレの実力を、認めることになるんだ』

「分かりましたよ」

『宮代探偵に代われ。探偵もそんな調子なら他をあたる。無能に依頼してオレのアイデアが盗まれたら、取り返しがつかないんだ。おい、早くしろ。それとも分母から外れるか?』

「お待ちください。いま代わります」

 偏屈(へんくつ)な依頼人だが、まあ慣れている。保留を押し、「うりゃあ、リゼルグ酸ジエチルアミドも追加だあ!」と盛り上がっている千鶴にいまの内容を説明して携帯を渡した。

 もっとも彼女は相手が厄介そうだからといって慎重な態度を取ることもないのだけれど、様子を見ている限りこじれる様子はなく、トントン拍子で話が進んでいるみたいだ。

 五分ほど話してから通話を切ると、僕に振り返った。

「こいつ倒してセーブしたら出掛けるよ」

「受けるのか。わけが分からない依頼のようだったけど」

「でも依頼料が十万、報酬が三十万だって。充分でしょ」

 彼女がそう云うなら、僕に異を唱える理由はない。支度(したく)に取り掛かる。

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