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17「きみだけが知る混沌の渦」

    17


「沢子! 馬鹿野郎!」

 文丈が地面を思いきり叩いて悔しがる。

 もう空が夕焼けに移り変わろうという時分だ。物干し台の周りにみなが集合している。

 いくら呼び掛けても、沢子はまったく動かない。そもそもにおいて、生きているかもと希望を持てるような高さじゃない。

「沢子さんは、足を滑らせたのかしら……?」

 誰にともなく投げられた香久耶の問いに、千鶴が「そうだね」と応える。彼女は洗濯バサミに挟んである紙幣を眺めている。

「五万九千円だね。一万円札が五枚、五千円札が一枚、千円札が四枚」

「……五万九千円だと?」

 ふちのぎりぎりのところで四つん這いになっている文丈が、振り向いた。

「あいつの所持金は六万ぴったりだぞ」

「どうして知ってるの?」

「ラップして、見せてきたからだ。六万から目指す億万長者って……ほとんど駄洒落だな」

「じゃあ千円札が一枚なくなってるね。〈くりえいてぃ部〉の中でお金を使う場面はないし、もしかすると洗濯バサミから外したときに、風で飛ばされたんじゃないかな」

「それを捕まえようとして、転落したということか?」

「かもね」

 しかし僕は納得がいかない。ただひとり、能面の少年を知っている僕は……。

「千鶴、やっぱり殺人犯が潜んでいる可能性を、考えた方がいいんじゃないか?」

「殺人犯って、落涙さんを殺した人のこと?」

「ああ。もしも沢子さんが、そいつに突き落とされたんだとすると……」

 沢子の死体を目にした瞬間から、ずっと考えている。能面の少年が殺人犯なのか。違うなら、彼はなにを知っているのか。あの思わせぶりな言動の数々はどういうことなのか。

「それは考えにくいって、昨日説明したよね?」

「でも、現に沢子さんが。不幸な事故なのかも知れないけど……」

 思考を回転させる。どうにか千鶴に、これを殺人事件として推理させられないか。

「千鶴の説明はたしかに合理的だけど、それって犯人も合理的に考えて行動することが前提じゃないか? たとえば、犯人が僕らを全員殺して、自分も自殺するつもりとか、そういう狂人だったらどうするんだ?」

「私たち個人には恨みがない、無差別殺人ってことだね? 外界とのアクセスを遮断した空間でひとりひとり殺していくというシチュエーションに興奮を覚えてるとか?」

「ああ。いくら考えにくくても、可能性は……」

「もちろん否定はできないよ」

 香久耶が「そんな……」と蒼褪める。怖がらせてしまって申し訳ないが、しかし必要なことだ。沢子の転落死を事故と断定してなにもせず、次の死者が出た後では遅い。

「やっぱりもう一度、考えてみよう。落涙さんが殺された翌日に、この転落死というのは、ちょっと不自然に感じるんだ」

「じゃあ安心できるように、大捜索でもしておこうか」

 千鶴はパンパンと手を叩いて、みなの注目を集める。

「〈くりえいてぃ部〉はすべての窓に鉄格子が嵌っていて、出入りが可能なのは玄関だけだからね。何者かが潜んでいた場合でも、かいくぐることのできない捜索が成立するよ」

「どうやるんだ?」

「まずはぶんじょーさんと香久耶さんが玄関前に立って、私と道雄が屋敷の周りをぐるりと周る。次にぶんじょーさんを玄関前に残したまま、三人で中に這入って、西側の二階から東側の二階まで、全部の部屋を見て回る。常に香久耶さんが廊下で待機して、私と道雄で部屋の中を検めるようにする。こうすれば、誰の目にも触れないですれ違ったり脱出したりすることはできない」

 なるほど。それなら確実だ。

 反対意見は出ず、早速始めることになった。ただ、物干し台を離れる際に文丈が「本当に済まない!」と、深く頭を下げて謝った。

「俺の客室は、ボルダリングができるようになっている。だが、こんな絶壁での実践は想定外だ。下りるだけならまだしも、人ひとりを背負って上ってくるなんてな。一足飛びどころじゃない。どうか分かってくれ。沢子は、このままにしておくしかないんだ!」

「云われなくても分かってる」と、香久耶が冷ややかに返した。

「てゆーか、思い付きもしなかったよ。仕方ないでしょ」

「そうですよ。野ざらしで、可哀想ですが……」

 それから、千鶴が整理したやり方で以て、大捜索が行われた。

 ついに能面の少年が見つかることになる。彼は僕との内通めいた関係を暴露するだろうか。そうなっても文句は云えない。僕だって覚悟の上だ。そう思っていたのだが、

「どう、道雄。満足できた?」

 大捜索は、僕ら以外の何者も発見することなく終了した。

 緩やかに落涙を殺害した犯人は吊り橋を爆破する前に逃げており、沢子はそれとは関係がない不幸な転落死と、そう結論された。

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