14「深夜二時過ぎ、娯楽室の怪」
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客室に戻り、木馬の上でふてくされている千鶴に謝り倒した。
文丈も沢子も千鶴を絶賛していて、僕まで千鶴を選んだら残酷だったこと。香久耶とは数日間を共に過ごすのだから、穏便にすべきであること。千鶴であればこうして後から釈明できるが、香久耶はそうでないこと。もちろん千鶴のチャーハンは最高だったこと。
これらの言い訳を重ねた結果、どうにか納得してもらえた。
「あーもう分かった。いいよ別に。どんなときでも道雄は私の味方でいてよとは思うけどね。まあ分かったから。気にしてません、ぜーんぜん」
まだ少し棘が残っているように聞こえなくもないけれど。
動かない木馬に乗っていても仕方ないので、僕らは客室を出て娯楽室に行った。いくつかアーケードゲームが置いてあるから、千鶴の気に召すかも知れないと思ったのだ。
「こういうのって、百円玉を押し込んでこそって気がするんだよね」
「やり放題だと有難みが薄れる?」
「うーん、ちょっとねえ。ゲーム性としては単純なわけだし」
文句を云いながらも、格闘やレース、シューティングと次々にプレイしていく千鶴。僕はときどき参加しつつ基本的には横で眺めている。すると、途中で文丈がやって来た。
「此処にいたか。丁度良い。ビリヤードでもどうだ?」
「私はパスー」
千鶴はゾンビを撃ち殺している最中だ。
「僕はやったことがないんですけど、大丈夫ですか?」
「問題ない! 昨日のサウナみたく、俺が指南しよう」
やってみると、これが予想以上に難しかった。まっすぐ撞くところからして上手くいかない。どうにか簡単な配置でポケットできるようになったものの、試合は無理だろう。
しかし文丈が丁寧に教えてくれるので、それでも楽しむことができた。彼はかなりの上級者らしく、スモック姿にも拘わらず構えた姿がビシッと決まっており、ジャンプショットやスネークショットなど、様々な技を見せてくれた。
気付けば二時間近くが経過しており、文丈が「一息入れよう」と云うので、僕らは例の歯医者と見せかけてラーメン屋というコンセプトのバーカウンターに移動した。千鶴は黙々とゾンビを撃ち殺し続けている。
「すいません、レッスンだけで終わっちゃいそうですね」
「気にするな。そもそも俺とまともな試合ができる人間など、この国に五人といない――と云っては過言だがな! それにしても宮代はずっとゲームだな」
「いつものことです。いつもは携帯ゲームで」
「ふむ。彼女を見ていると、あまり探偵のイメージに合わないが」
「そうなんですよ! やっぱり思いますよね? もっと個性的にと云うか――探偵とはこうあるべき、みたいな話はよくしているんですけど。聞く耳を持ってくれなくて……」
「きみも苦労人なんだな。ほら、サラトガ・クーラーだ」
「お酒ですか?」
「ノンアルコールだよ。ジャンジャーエールにライムを加えている」
「へえ。いただきます」
美味しい。爽やかで飲みやすい。
文丈もバーの向こう側で同じものを飲み、それから僕を指差した。
「そうだ。浦羽は霊感を持っているか?」
「持ってないです」
「怪談の続きをしようってわけじゃないんだがな、昨晩のことだ。深夜の、二時過ぎだったかな。目が覚めた。喉が渇いていたんだ。しかし部屋に持ち込んでいた飲み物は切れていた。これじゃあ眠れない……」
彼は目を細めて、思い出しながら言葉を紡いでいる様子だ。
「俺は部屋を出て、此処に来た。食糧庫は遠いだろう? 飲み物なら此処にもある。電気は点けっぱなしだった。今と同じだよ。ミラーボールがびかびかと光を反射していた。俺はその棚からコップを取って、蛇口をひねって出た水でふちまで満たした。それを一気に、ゴクゴクと飲んで渇きを癒した。そのときだよ」
身を乗り出して、声を一段と低くする。
「俺は緩やかの霊を見たんだ」
「え?」
人差し指の先が、ビリヤード台の方に向けられる。
「あいつは、ビリヤード台の陰からぬうっと現れた。俺の方に振り返ることなく、その扉を開けて部屋を出て行った。三秒にも満たない間の出来事さ。俺は声も出せなかった。呆気に取られて、立ちすくんだ」
「……それ、本当の話ですか?」
「当たり前だろ!」
文丈はカウンターを叩いて怒鳴った。その顔は真剣そのものだ。
「これは本当だ。乱暴されて殺された女の話とは違う」
「やっぱりそれは作り話だったんですね」
「俺には霊感があるんだよ。あれは緩やかだった。サラシを巻いていたしな……」
「サラシ?」
「そうか。死体は首から下が埋まっていたな。あれでは分からないが、あいつはサラシを巻いているファッションだったんだ」
「サラシの上には、なにも羽織ってないんですか?」
「なかったな。坊主頭にサラシで徘徊する、お祭り野郎さ」
「変態じゃないですか」
「そう云ってやるな。よさこいをやっていた祖母の、形見の品だったそうだ。沢子が韻を踏んでいただろう? なんだったかな……畳の下に、形見の品の、サラシの死体だ!」
「ああ……」
別にそれで納得もできないけれど。
「考えてみれば、凄い小説のアイデアを持っていたのに殺されたわけだ。非業の死じゃないか。霊となって、この〈くりえいてぃ部〉を彷徨うのも無理はない……」
「そうかも知れないですね」
あまり霊とかを信じていないので、身の入っていない同意になった。
寝惚けていたか、あるいは夢を見ただけじゃないだろうか?