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12「狂言回しに回され気味」

    12


「全部の窓に鉄格子が嵌ってるのは、どうしてだろうな」

 一階も二階も、例外なくだ。〈くりえいてぃ部〉の出入りには玄関しかない。

「転落防止じゃない? 酔っぱらったり寝惚けたりして、窓から外に出たとして、一〇メートルも歩かないうちに崖下に真っ逆さまだから」

「あー……まあそうか」

「それより卵とってよ。ほら、卵みっつ使っちゃうもんね。トリニティ目玉焼き~」

 食糧庫から適当な食材を持ってきて、調理室で調理中だ。器具も設備もレストランの厨房みたいに揃っており、大抵の料理は可能となっている。料理もクリエイティブのうちだろうか。客に料理人がいたら面白そうだ。

「しかし千鶴が料理なんて珍しいな」

「ゲームがなくて暇だからね」

「怪我するなよ?」

 キャベツを切り始める彼女を、僕はやや不安に見守る。

「なに、その料理できないキャラ扱いは」

「そんなつもりはないけど、包丁握るの何年ぶりだ?」

「せいぜい一年くらいでしょ」

「やっぱり心配だな」

「あのねえ、世の中には自動車免許を取ってからずーっとペーパードライバーで、五年ぶりぐらいにハンドルを握って公道に出る人だっているの」

「そうだけどさ」

「でも事故らない。事故る人もいるだろーけど、私がそのタイプだと思う?」

「分かった。悪かったよ」

「聞いたわ」と、背後から声が掛かった。

 香久耶が這入ってきていた。今日は青いチャイナドレスだ。

「普段、料理は道雄さんに任せきりなのね? 道雄さんが可哀想」

「そう? むしろ花を持たせてるくらいだよ。道雄が料理したがるんだもん」

 千鶴が同意するように目で訴えるので、僕も頷く。

 香久耶は首を横に振りながら近づいてくる。

「道雄さんは休んで。宮代さんは退いて。あたしが美味しい料理をつくる」

「貴女は昨日つくってたでしょ、ポテトフライをポトフと騙って」

「あれはジョーク。場の空気を和らげるためにやったことよ」

 千鶴と対峙(たいじ)する位置で足を止め、香久耶は手に持ったカードを掲げた。

 名刺だ。『パラパラチャーハン研究会会長 香久耶美鳥』と印字されている。

「恐れ入ったかしら? 詩人はビジネスじゃなくて生業(なりわい)だから、あたしの名刺はこれだけ。料理に関して云えば、本領はパラパラチャーハンなの」

 そう云って、自らの優位を示すみたいに千鶴を見下ろす。

「道雄さんに美味しいパラパラチャーハンを食べさせてあげたい。貴女のもとで不当な扱いを受けてきた彼に、少しでも報いてあげたいわ」

「なに? チャーハン? そんな変な肩書き、信用できないんだけど?」

 千鶴は顎をしゃくって睨み返した。

胡散臭(うさんくさ)すぎ。チャーハンだってなんだって、私の方が上手につくれるね」

「まさか……張り合おうとしてるの? 一年も包丁を握っていない女が?」

「いいハンデじゃん。将棋だったら飛車と角を抜くところだし」

「そう。なら貴女もつくったらいい。あたしのパラパラチャーハンを引き立てるズタボロ惨敗チャーハンを。でもつくりすぎないでね。食べ物を廃棄するのは良くないわ」

「道雄! 私と香久耶さん、どっちのチャーハンが美味しいか、道雄が審査員ね」

「あ、ああ……」

 バチバチだ。受けざるを得ない。

 それにしても、対抗心をむき出しにした千鶴を随分と久しぶりに見る。他人の挑発に乗るようなタイプじゃないのに。今回はなにが違ったのだろう?

 二人は早速、取り掛かった。香久耶は壁に掛かっていたエプロンを手に取り、千鶴は炊飯器の方へ行く。彼女は沢子の部屋にいた僕を探す前に、スイッチを入れておいたらしい。

「あと四分で炊けるけど。貴女もこのご飯を使うんだよね?」

「いいえ。冷凍しておいたご飯がある」

「それでいいんだ? ふーん」

「お構いなく。コンロとフライパンは二つあるし、貴女と共用になるものはないわ」

 香久耶は一旦、調理室を出る。その際、僕に手招きをした。

 ついて行くと、僕が扉を閉じたところで「ふふ……」と妖しく笑う。

「やっぱり。宮代さんはズブの素人と知れた」

「そりゃあ、料理人とかじゃないですからね」

「それ以前よ。チャーハンはいかにパラパラかが命。彼女は疑いなく、炊き立てのご飯を使う様子ね? だけど炊き立てのご飯は水分量が多いから、パラパラにならない」

 流れるように話しながら、香久耶は食糧庫に向かう。

「パラパラチャーハンには、冷や飯をレンジで温めるのが鉄則。あたしは昨晩にお米を炊いて、あえて使わずに冷凍しておいたの」

「今日、チャーハンをつくるためにですか?」

「そう。道雄さんに食べて欲しくて。ハートの前に、まず胃袋を掴むわ」

 振り返って、指先で僕の胸元に触れる。僕はどきりとする。

「格好良い。好き」

「わーっ、抱き着くの禁止ですっ」

 僕は手を前に突き出して距離を取った。

「どうして?」

「そういう間柄じゃないからですよ」

「そう……」

 香久耶は切なそうな顔をする。こちらの胸に痛みが走るほどだ。

「ああ……だけどチャーハンは楽しみですから。本当に」

「ありがとう。あたしの全存在を懸けて、道雄さんを歓ばせるわ」

 大袈裟だ。気持ちは嬉しいけれど……。

「じゃあ、僕は先に戻ってますね」

「あたしが勝ったら、そのときは抱き着かせてね」

「考えておきます……」

 香久耶は食材を取るため、食糧庫に這入って行った。

 そして僕は調理室に戻り、絶句する。

 能面の少年がテーブルの上に座って、両手でそれぞれ菜箸を回していた。

 なにやってんだよ、こいつ!

 千鶴はこちらに背中を向けて、炊けたご飯をボウルに移している。まだ少年には気付いていない。少年は僕の方を向いて――能面のせいで表情は分からないが、その能面はニヤニヤと笑っているように見えて仕方がない。

 僕は少年に、テーブルの下に隠れるよう、ジェスチャーで示す。少年は菜箸をくるくると回し続けている両手を、僕の方へ伸ばす。いいから。器用なのは分かったから早く隠れてくれ。

「んー、道雄ー?」

 千鶴が振り返ろうとしている!

「あっ、危ない千鶴! そっち! 炊飯器!」

「え? なにがー?」

「蓋! 蓋、閉めないと!」

「閉めるけど。なにが危ないの?」

 千鶴の注意が炊飯器の方に向いて、こちらに振り返るのが数秒遅れた。その間に少年は素早くテーブルの下に潜り込んだ。間一髪だ。僕のアシストがなければ見つかっていた。

「なに? どうしたの、道雄」

「え、なにが?」

「なんか変じゃない?」

「なにも? それよりチャーハンだろ。香久耶さんはかなり自信があるみたいだし。勝算はあるのか?」

「私が球技以外で誰かに負けるわけないじゃん」

 たしかに球技は壊滅的だ。高校一年のバレーボール大会で、何度やっても最初のサーブを相手のコートに入れることができずに屈辱を味わい、次の年からは仮病で休むようになったりとか。

 千鶴はボウルをシンクの方に持って行って、卵を割り始めた。こちらに背中が向いたので、僕はテーブル下の少年を見る。少年は左手を口の前で開いたり閉じたりしている。親指の付け根あたりに絆創膏が貼られていて、僕のせいでフォークを突き刺したものだから申し訳ないけれど、それはともかくとしてジェスチャーはなにかを『喋れ』の意味らしい。

 昨晩、『ボクのことをみんなに話して』と云っていた。そのことだろうか。いま、千鶴に自分のことを教えろと? しかし当人はテーブルの下に隠れている。真意が分からない。

 すると今度は背後の扉が開いて、香久耶が戻ってきた。少し視線を下げるだけで少年が見つかってしまう。僕は遮蔽物となるよう、慌てて両者の間に立つ。

「宮代さん、云い忘れてたけれど、つくるのはプレーンチャーハンよ。ビビンバ風とか、あんかけとか、海老レタスとか、そういう小細工はなし」

「そのつもりだよ。シンプルに勝たないと、文句つけられたら嫌だからね」

「貴女が勝つことはないから、それは杞憂(きゆう)

「口より手を動かしたら? わざと遅らせて、私のチャーハンを冷まさせる作戦?」

「探偵という人種は、くだらない勘繰りばかりするのね」

「先に勘繰ってきたのはそっちでしょ」

 香久耶は持ってきた食材をテーブルに置く。少年がすぐ下に隠れているテーブルだ。千鶴との舌戦に気を取られて少年には気付いていないが……。僕は冷や汗が止まらない。

「道雄さん、ちょっと来て」

「ああ、はい……」

 香久耶は冷蔵庫まで行くと、ボウルに入れてラップをかけた冷や飯と、それからマヨネーズを取り出した。隣までやって来た僕に微笑み掛けると、背伸びして耳元で囁く。

「これもパラパラチャーハンの秘訣。油じゃなくて、マヨネーズで炒めるの」

「へえ、どうしてですか」

「乳化された植物油というのがポイントよ。これがご飯の一粒一粒を――」

「あーっ!」

 千鶴が声を上げた。僕はぎくりとする。

 まさか少年が見つかった?

「香久耶さん、道雄にくっつきすぎ!」

 なんだ。そっちか。

「なにか問題が?」と返す香久耶。

「癒着じゃん。審査員に取り入るような真似は禁止でしょ」

「また勘繰り? くだらない……」

 香久耶は冷や飯とマヨネーズをテーブルに置くと、この段階でコンロの火を点けて、フライパンの過熱を始める。千鶴はご飯と卵を混ぜている。

 そうやって二人が背中を向けている間に、少年がテーブルの下から出てきた。菜箸でなく、しゃもじに替えている。両手でしゃもじをくるくると回しながら、ゆっくりと扉の方へ後退していく。僕に能面越しの目配せをしてくるが、いいから早く部屋を出ろ! なんのチキンレースなんだよ!

 僕は足音を忍ばせて扉まで行き、音を立てないように開く。少年がしゃもじ回しを続けながら、廊下へと出て行く。千鶴と香久耶は背中を向けたままだ。僕も廊下に出て、扉を閉めたところでどっと息を吐いた。

「勘弁してくれよ。なにを考えているんだ……」

 少年はしゃもじ回しをやめて、背中のリュックからヘリウムガスを手に取り吸引する。

「それはボクの台詞(せりふ)だ。どうして、まだボクを隠そうとする?」

 間抜けに変声しているが、その口調は少し苛立っているように聞こえる。

「きみだって隠れているじゃないか。いちおうは」

「ボクから現れるわけにはいかない。お兄さんの告発が必要だ」

「どうして――」

 少年が僕に向かってヘリウムガスを投げてきた。

 僕が反射的にキャッチすると同時、彼は調理室の扉を開け放つ。

「かもおおおおおん、べいべえええええええええええッ!」

 叫ぶや否や、身を(ひるがえ)して駆け出した。馬鹿! 僕は追いかけようとして、

「道雄ー? いまの声なにー?」

 千鶴から声が掛かる。香久耶も振り向いている。まずい。

 僕は咄嗟にヘリウムガスを思いきり吸引して、二人に返事する。

「僕の声だよ。これ――ヘリウムガスがあってさ」

「そんなのどこにあったの?」

「んん? そっちの、倉庫の中に」

「カモンベイベーって……?」

「それはまあ、いいじゃないか。それよりチャーハンだろ」

「なんか変だよ? さっきから」

 二人は怪訝(けげん)そうにしながらも調理に戻り、それ以上の追及はなかった。だが、めちゃくちゃ恥ずかしい。香久耶に幻滅されていないだろうか……?

 既に少年の姿はない。昨晩から振り回されっぱなしだ。

 どうしてここまでして彼をかばっているのか、分からなくなってきた。

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