第3話 面接
商業系ギルド[カドゥーケ]の団員、クーラは仕事中とある招集を受ける。
兵士長につれられたラフィーア達一行はバルコの街で商業系ギルド[カドゥーケ]の面接を
受けることになる。一見やさしそうに見える面接官、テツヲ。
しかしそう簡単に入団することは出来なくて…?
クーラ・ミル・ウィスタリアは、次の街へ運ぶ
積荷を荷台に積む作業をしていた。
砂漠の街特有の炎天下が外働きの肉体に汗を滲ませる。
彼女の所属する行商人ギルド"カドゥーケ"は
香辛料や乾物、装飾品、その他魔法に関する物品を
国々を彷徨いながら売買することで生計を立てる
ギルドだ。
人数自体は十数人程度の少数だが、それなりに
商売も繁盛していると所属している個人としては
思っている。
(…トラウディーネさん
朝市でフィダ牛の背肉を買っていたなぁ…
今日の昼御飯はシチューかな?)
時刻はヌースの6(正午)になり始めていた。
隣で同じように働くジャマルが額の汗を拭いながら
伸びをして腰をポキポキと鳴らしている。
獣人特有の臀部から生える尾が引っ張られたように
ピンと伸びる。
「くぁ〜〜!荷運びは腰に来るなぁクーラちゃーん!」
「えぇ、テツヲさんが今日も仕入れを頑張ってくれた
みたいですしね。」
「ホント、この量をよく買い付けられるよねぇー
ぶっちゃけさ、買い付けてくれるのはいいけどさ
もっと軽い物買ってくれないかなぁって
オレは思うね。重いじゃん。高黍。」
このバルコの街には、それは大きな風車が幾つもある。
良い風が吹いているときは麻布で出来た茶色の帆が
ピンと張られ、ギイギイ古びた音を出しながら
風の力を受けて回るのだ。
この大風車はバルコの街の名物の一つでもあり
もう一つの名物である上等な高黍の粉を
作る上で重要なポイントになっている。
この高黍はバルコの街のみならず
アーラバ王国全域、それどころか敵対関係にある
パルーシ帝国でも主食として愛されている
穀物であり、それらを加工するという仕事は
イメージより多くの給金が労働者、ひいては
クーラやジャマルが勤める商業系のギルドに
入っていくことになるのだ。
とは言っても隙間なく詰められた
高黍の粉は中々に重量があり
少し運ぶだけでも
普段お調子者でマイナスな事は言わない
ジャマルを愚痴らせるのには
十分な重労働になるのだ。
「金のなる木ってやつだもの。
仕方ないですよ、ジャマルさん。
私達だって食べるときはありますし。」
「そりゃあそうなんだけどさぁ…
…あぁ~小麦のパンが食いたい…
昼、小麦のパンが売られてる所探さない?」
「残念ながらお昼はブラカと一緒に
トラウディーネさんのご飯食べるんですよ。
…リゲータさんも来ますけど、どうです?」
「…前言撤回。
俺もトラウディーネさんとこで食うかな。」
雑談をしながら最後の積荷を荷台に載せていく。
もう少しで午前の仕事が終わる。
ジャマルに倣って伸びをした時
「おーい、ウィスタリアさん!ちょっと用事!
レイピアとメインゴーシュも持って来て!」
先程話題にしていた只人の種族の
テツヲがクーラに呼びかけた。
態々武器まで持ってくるように言ったという
事から察するにこれは恐らく
「…先輩。申し訳ないのですが…」
「わかってるよ。
二人には面接で遅れるって伝えとく。」
「…ありがとうございます。」
深々とジャマルに礼をした後
休憩の後にしてほしかったと心中でぼやきながら
テツヲに呼ばれた方向に歩き出す。
愛用する二つの剣の切れ味は、最高に仕上がっている。
少し暑さを伴った風がひゅうと頬をかすめた。
────────────
「それで…つまり、シーミウ国のメルパラに
行きたかった…と」
「はい、お嬢様と旅をしていた最中に賊に攫われてしまい
財産を失ってしまって…このサクルさんが
助けてくれなかったら今頃私達は…」
「なるほど…旅費を稼ぐためにうちの団に…」
「はい…詰所の兵士長様にここのギルドは
信頼できる…と…」
アーシェナ…もといアーシマは
兵士長に案内された館の一室で
目の前の男に身の上話をしていた。
噓ではないにせよ、隠すところは隠した
信憑性の無い話。
バレた場合の面倒さに内心おびえながら
言葉を口にする。
(…まさか"いい事"というのが行商ギルドへの
身分を隠した加入だなんて…)
確かにこれなら素性の怪しい人間でもある程度は
受け入れてくれる可能性はある。
しかし、それは正体が露見しない事が前提だ。
仮に自分達が王族関係者だとばれたら
悪いギルドであれば何をされるか
分かったものではないし
ギルドに非がなくても確実に迷惑がかかる。
要するに大分ギリギリの作戦なのだ。
「ふむふむ。そうですな…アーシェナ様は給仕の仕事を…
後ろのラーニャ様は経理や書類の管理…
そしてサクル様は護衛を希望…と…」
面接官の男、テツヲは日に焼けたガッチリとした体を
机の狭い空間の中に収めている。
見たところ東の海を超えた島や大陸に住む
タイプの只人、通称イエローコモンズのようだ。
こんな砂漠の地にいるとは思わなかった。
「…どうかなされましたかな?」
じーっと見つめているのに気づいたのか
テツヲが資料から顔を挙げ、不思議そうな顔で
こちらを見つめてくる。
白髪交じりの頭髪とは対照的な黒い瞳が印象的だ。
「その…失礼な話ですが、イエローコモンズの方は
あまり見たことがないもので…」
「はっはっは!よく言われますのでお気になさらず。
職を転々としていた時にこのギルドに
拾われましてな。
そんなに大した理由ではありませんよ!」
朗らかな笑い方に少しだけ緊張感が下がる。
心象は存外良さそうだ。
これなら上手く行くかもしれない。
アーシマは思った。
「この面接だって変なことさえしなければ
ラフィーアさん達は多分合格しますよ。
僕が受けた時も、種族に違いがあったのに
ちゃんと採用してくれましたしね。」
「…そう聞くとちょっと安心しますね。」
「…それは良かった。
……ま、あなた方とは違い
僕は噓をつきませんでしたがね…」
「…えっ?」
ガタッ!!!!!
サクルが椅子から立ち上がり
テツヲへ正拳を叩き込もうと拳を構える。
やめなさいッ!!!!
はっきりとした音でラフィーアが声を上げ
サクルは瞬時に停止した。
アーシマの顔にウォイアトの2(午後2時)特有の
強い陽射しが照らし出す。
気づかれた?
なぜ?
「…汗、かいておられますね。アーシマさん。
こう思ってはいませんか?
気づかれた?なぜ?どうして噓だとわかったの?
…といった具合に…」
「……」
「貴女、訂正しませんでしたね?
ラフィーアって名前を」
「「「!!」」」
サッと血の気が引いたのが分かった。
うかつだった
まんまと罠にかかっていたのだ。
「主の名前の間違えを訂正しないはずがありません…
つまりラーニャというのは偽名でしょう。
…関係性は兵士長から聞く限り恐らく噓ではないのでしょうね。
寧ろつながりはかなり深い。
違いますか?」
完全に見通されている。
何故自分達の本名を知っている?
考えられるパターンの中でも屈指のまずい状況だ。
「…第一、イエローコモンズはこの地方には殆どいません。
貴女方ブラウンコモンズやブラックコモンズが
大部分を占めていますので…
しかし貴女はあまり見たことがない
とおっしゃった…
まるで少数なら見たと言わんばかりでしょう…」
「…私達をどうするつもりですか?」
「…僕…私としては、正直に言って貰いたいだけです…
ただ、話したくないというのなら…話さないで貰っても結構です…
その場合はもう一度憲兵の方々に報告させて頂きます…」
どうする?
不味い。
かなり不味い。
明かそうにも相手が本当に信用出来るかどうかは分からない。
いくらなんでもリスクが大き過ぎる。
アーシマは躊躇した。
だが、彼女より先に口火を切った者がいた。
「正直に言います…」
主、ラフィーアだった。
「私は…ヴィリアニア王国国王の第6王女…」
「ラフィーア・ヴィリアント=アガールタと申します…」
─────暫くの間の沈黙。
無言の間が非常に恐ろしい。
何を言われるのかと待ち構えていると
「だ、そうですよ…エドワード団長…」
テツヲが虚空に向けて声をかけた。
次の瞬間
ぎゅおぉぉぉっっ!!!
っと、にわかに部屋の脇に青白い煙が渦巻き
人の体を形成し始めた!
やがてそれらが完全に煙の体を成さなくなった頃に
エドワードなる人物の姿が露わになった。
よく焼けた黒色の肌。
編み込まれた黒髪。
くすんだ赤い色をしたつばの広いハット。
丈夫そうな外套と衣服、靴。
壮年の男らしい皺の入ったひげ面。
鍛えられた張りのある肉体。
さながら海賊船の船長のような大男。
ラフィーア、アーシマ、サクルの三人は
完全にあっけにとられていた。
だが見た目以上に驚かされたのは…
「…申し訳ありませんでしたァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
余りにも綺麗な土下座だった。
「あ、あの…頭をあげて…」
「まさかヴィリアニア王国の王女様だとは露知らず!!!!
詮索する様な真似をぉぉ!!!!!!
どうか寛大なお裁きをぉぉぉぉ!!!!!!
ギルド団員達は何も悪くなのですぅぅぅ!!!!!!
ひとえに私の一存で非常に勝手ながら
先程のように姿を消して調べさせて
頂いたのですぅぅぅぅ!!!!!!!!!
貴族を騙る不届き者かと
警戒した故の行動である事だけは
どうか頭の片隅において頂ければァァァァァァ!!!!!!!!!」
「その…落ち着いて下さいエドワードさん…」
「え、えーっと…本物かどうか確かめるために
この面接をしたんですね…?
そうなんですよね…?テツヲさん…?」
「…誠に勝手ながら…そうです…
貴族と護衛らしい三人が私達のギルドに加入したいと聞き…
経歴を詐称する者である可能性を考え
あのような試すような真似をしました…
本当に申し訳ございませんでした…」
テツヲの今にも死にそうな顔がいたたまれなくなった三人は
ギルド団長のエドワードを起こし
別に怒ってはいないし罰する気もない事を二人に伝えた。
────────────
「うぅ…見苦しい所をお見せして申し訳ありません…」
「落ち着いてくれて良かったです…
それで…テツヲさん…採用の方は…」
「私のような立場の人間が言うのも変ですが…
勿論合格です。
お三方の寛大な対応を見れば人間的にも
しっかりとした方だというのは分かりました…
今日から私達のギルドの団員です…」
ラフィーアの顔がほころんだ。
アーシマはサクルはちょっと違うのでは?と思いながらも
ラフィーアの顔につられてほころんだ。
サクルも心なしか嬉しそうだ。
感情の薄そうな彼にも気持ちから来る
表情の変化はあるようだった。
そんな明るいムードの中、テツヲが
ゆっくり声を出した。
「ただ、一つ守ってほしい事があります…」
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夕刻、カドゥーケの面々が食卓を囲む中
団長からとある発表がなされた。
新しい団員が来る、そう発表された。
「あっ!クーラねぇ!面接お疲れ様!」
つやのある黒髪を三つ編みにした少女がクーラに声を掛けた。
黒を基調とした革製の軽鎧を身につけ、身軽そうに
肩を揺らしている。
手に持つシチューがこぼれそうでどうにも危なっかしい。
(結局何だったんだろう…あの招集…)
テツヲに面接の仕事と言われたが
現場について言われたのは
「声を出したら突入しろ」
だけだった。
訳が分からなかったが、さぼるわけにも
いかず、3時間程待っていた。
(結局何も起こらなかったけど…
なんで私が呼ばれたんだろう…)
「…?クーラねぇ?」
「…あぁごめん。
ありがとう、ブラカ。君も午後の仕事お疲れ様。」
「えへへぇ~僕頑張ったんだよ!例えばねぇ…」
言いかけたとき、団長が食堂の前方で声を発した。
「静粛にぃぃぃ!!
これより新しく入るメンバーを紹介するぅぅぅぅ!!!!」
この時、ギルドの団員は知らなかっただろう。
この加入する三名により、ギルドに大きな
変革が起こることを。
物事の変化というものは
静かな、何の変哲もない所で起こるものだと
言うことを…