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砂塵の傭兵、異世界にて刃を振るう  作者: 椋太(むくふとし)
1/5

第1話 出会い

「いいだろう?王族と主従どっちも別嬪だぜ?

  一番見受け金のいいところに売るんだよ」


曲刀を下げた三十路の男が

縄をつけられた女の肩に肘を置き

目の前の刺青を入れた禿頭の男に語りかける。

首の中ほどまでの赤みがかった髪。力強い金色の瞳。

キリリと結んだ口元。すらりと伸びた褐色の四肢。

美人と呼ぶに差し支えない容姿を、その女は持っていた。

しかし、聞き手の男の注目は、その女と一緒に繋がれている王族の少女の方に向けられている。

海松のような艶やかな黒髪。

売られようとしている事実を前にしても

微動だにしない鳶色の目。

一目で曲刀の男が噓をついていないと分かる程の気品を

刺青の男は感じたのだ。

売られる女と買う男。 

この世界で当たり前のように起きる事実を

女と男の身分差が不自然な物へと変化させている。


『二日前はこうなるとは思ってもいませんでしたね…』


この奇妙な場面において、赤髪の主従、アーシマは

この状態に至った経緯を振り返っていた…。

 

 太陽が、燦々と砂と瓦礫の大地を照らしている。

その中を、ずんぐりとした大きな竜、荷引竜(スファドラ)と共に行く者が2人。

 鋭い日射の中を行く2人は、日除けの為の外套をちょうど荷引竜(スファドラ)の外殻のように分厚く巻いている。


「アーシマ、水はどれ程残っているかしら?」


ノシノシと荷を引く荷引竜(スファドラ)の背の上。

薄緑色の分厚い外套を着込んだ少女が、後ろの荷車に乗る

象牙色の外套を着た女性に声をかけた。

呼ばれた女性、アーシマは申し訳なさそうに

少女の問いに答える。


「殆どありません。節約すれば2、3日は持ちますが…」


ここはアリージ砂漠。

パルーシ帝国とアーラバ王国の国境付近の、風も殆ど吹かない不毛の地。

10年前に両国間で勃発したスロータ戦役の爪痕は根深く

夜になると戦災孤児や兵隊崩れのならず者達が

うろついている。

そして雨季になれば両国全体を覆う程の砂嵐、通称隠街塵嵐(レイジングブレス)が砂漠を吹き抜ける。

そんな土地故か、近くにグオールドという名の

繫華街があるにも関わらず、この砂漠を通る者は旅人も含め殆どいない。

 そんな果てしなく広い危険地帯を既に10日間、アーシマと少女は彷徨っている。

水も残り少ない。早いところオアシスで水を確保したい。

ここ2、3日アーシマは水のことばかり考えていた。


『人間は体の水分が3割失われると

危険な状態になると聞いています。

姫様の体調にも気を配らなければ』 


水の残量の心配をよそに、アーシマは礼を言おうとする少女に呼びかける。


「ラフィーア様。

そろそろ御者の役割を交代しましょう。 

あまり長く居られては顔が日焼けで真っ赤に

なってしまいわれますよ?」


いきなり娘を相手にする母のような

物言いをして来たアーシマにラフィーアは思わず

含み笑いをする。

笑わないで下さい、とアーシマは頬を膨らませた。

2人は()()()()からこの旅をしている。

道中の危険も無い訳では無い。

お互いへの信頼がある事だけが歩を進める力となっていた。

そろそろ正午。

暑さはまだ少し増していく。



「そもそも貴女のメイドである私が

 御者をするべきなんですよ!?

 王族である貴女は荷台でどっしり構えているべき

 なんです!」


 見張りをしているアーシマが小言を説いている時

()()は見つかった。


「アーシマ、荷引竜(スファドラ)を止めて。」


「どうかなさいましたか?」


「何かが落ちていたの。

 価値のある物なら旅費の足しになるかもしれません。」


仮にも王族である者とは思えない発言に釘を指しながら

アーシマは荷引竜(スファドラ)

手綱を引き荷台を止める。

小言を聴いている最中に鈍い反射光を放つ

何かが砂の中にある事に気づいたのだ。

 光を見つけた位置にラフィーアは歩み寄り、赤く光る()()を拾い上げた。

血のように真っ赤な宝石だ。

今にもとろけて消えてしまいそうな

2シク(約4㎝)程の深紅の結晶。

もし本物の紅玉なら、これを街に売ることが出来れば

10日分の食料と水を買い込んでも

5日程は宿屋に入れる程の金額になる。

こんな砂漠にポトリと落ちていたことが

信じられない程の輝きを放つ()()

そっと両手で包みながらラフィーアは

荷引竜(スファドラ)の荷台に戻り

アーシマに見せた。


「これは…宝石でしょうか?なんて美しい…やりましたね!ラフィーア様!」


2人はひとしきり奇跡のような出来事に

感動した後、落とさないように

革製の袋の中に宝石をしまった。

この熱砂の地を突破すれば

束の間ではあるもののゆっくりと

休むことが出来る。

突然の奇跡が2人に希望を与えた。

この先にオアシスがあるという保証は無いが

2人の目は確かに前を向いていた


宝石を拾ってから数刻

2人はただひたすらに移動していた。

日差しがじりじりと、魚を炙る

カマドの火のように照りつけている。

途中で仙人掌(サボテン)

見つけはしたものの、僅かな水と

食料が手に入っただけで

大した助けにはなっていない。


「アーシマ、そろそろ交代しましょう。」


「ありがとうございます。少し休ませていただきます。」


 荷引竜(スファドラ)の背から降り

アーシマは自分の毛布にもたれかかった。

お互いの負担にならないよう、御者の役割は

短い時間で交代するようにしているものの

やはり水不足の体で炎天下の空気に

身を晒すのは疲れる。

このままオアシスが見つからなければ…

そんな嫌な想像を忘れる為に、アーシマは

先程ラフィーアが拾ってきた宝石を取り出した。

いつ見ても美しい。

普段宝石に興味を示さない自分でさえ

家宝にすることを考える程だ。

今はこの砂漠をうろついているが

この旅をする前は給仕とはいえ

宮殿に出入りしていた身。

仕事をしている間、宝石は何度も見てきた。

だが、この宝石の放つ輝きは

今まで見てきたそれらを軽く凌駕する。

それだけの魅力がこの真っ赤な宝石には存在する。

怖気がする程の気品を湛えている

暫定の紅玉をアーシマは覗き込む。


が、この宝石が秘めているのは美しさだけではなかった。


何かに気づいた彼女はすぐに宝石を顔から引き放す。


視線だ。


不意に宝石の中から探るような視線を感じたのだ。

勿論中に誰かがいた訳ではない。

居る訳も無い。

あり得るはずがないのだ。

だが確かにこちらを見つめる()()が 

宝石の中に居たのだ。


この宝石は何かおかしい。


疑念が、掻き毟る様な恐怖が、背骨を走りぬける。

アーシマは暫くこの宝石から目を離す事が出来なかった。

冷や汗が胸元を滑り落ちた時。


「アーシマ!ありましたよ!オアシスです!」


大声を出したラフィーアの呼びかけで

アーシマは我に返った。

荷引竜(スファドラ)の進む方向を見る。

陽光を受けてキラキラと輝くオアシスが

漣さえ見れそうな程にくっきりと見えた。

近くには実を鈴生りに付けたヤシの木が

何本も生え、その大きな葉は休むのに

丁度よさそうな陰を作っている。

手綱を握るラフィーアの手に力が入り

荷引竜(スファドラ)もそれに答えるように

足を速める。

乾燥地の荷引き用に飼育されている

彼ら荷引竜(スファドラ)とてここ何日かの

渇水は相当に堪えていたのだろう。

普段ののんびりとした姿からは想像も出来ない

さながら突進している様な速さで

7ロメオ(約3.2㎞)先の楽園に向かって走って行く。

アーシマは宝石への疑念を腹に納め

水への期待を口にするように心掛けた。


『そうだ、水不足で幻覚が見えたのだ。そうに違いない。』


『ラフィーア様だってこの旅で疲弊しているのだ。

 年上でもあり相談役でもある自分が

 しっかりしなくてどうする。』


と、頭の中で復唱した。

荷引竜(スファドラ)の背に乗って

手綱をとるラフィーアは、アーシマの恐れなどつゆ知らず

目の前のオアシスめがけて

荷引竜(スファドラ)に鞭を入れる。

細々とした後塵がふわりと荷引竜(スファドラ)

足跡を埋めるように降りかかる。

気付けば、オアシスは既に目と鼻の先にあった。

地表にくっつきそうになっている太陽を尻目に

2人と1匹はすぐそこの楽園へと歩を進めた。


 夕刻、アリージ砂漠は斜陽の放つオレンジの光を受け

かつての戦火を思わせる暖色に包まれた。

砂の一粒一粒が、さながら砂糖をまぶした菓子のように 

陽光を反射してキラキラと光っている。

苛酷な地でなければ見られぬ絶景。

しかし見とれてばかりもいられない。

昼間の灼熱とは打って変わり

夜間は極寒の地獄と化すこのアリージ砂漠で

何の道具も無しに寝るという事は死ぬ事と同義だ。

その上夜間はならず者達の動きが活発化する。

安心して眠ること自体が難しいこの砂漠で

睡眠を取るというのは

日が落ちる前にしっかりとテントの準備をして

且つ、食事を取る事で初めて成立するのだ。


「アーシマ、ご飯はそろそろでしょうか?」


「!はい。もう少しで出来ます。」


夕陽を眺めて少しボーっとしていたアーシマは

ラフィーアの声で現実に戻される。

荷引竜(スファドラ)の近くで

テントを建てているラフィーアの

澄んだ鳶色の目がしっかりとこちらを見つめている。

夕焼けに瞳を瞬かせながら、ラフィーアは

ゆっくりとした声で話しかける。


「綺麗な夕焼けですよね。

 この様な場所でなければ一週間程泊まりたい位です。」


「残念ながら、王宮にあるような

 寝台も沐浴場もないですけどね…」


「…悲しくなってくるわね。」


無い物に思いをよせながら寝袋を用意していると

鉄鍋の中のチャダ豆が煮えて甘い匂いを放ち始める。

アーシマは鉄鍋の蓋を開けて中のスープをよそい

陶器の椀に取り分ける。

オアシスから汲んできた水に

保存の効くチャダ豆と脂身たっぷりの燻製肉を入れた

簡素な汁物。

神への感謝の口上を述べた後

2人は急ぐようにしてそれを啜る。

肉の旨味を吸ったチャダ豆のホロホロとした食感と

脂の溶け出た濃厚な汁が

昼間の灼熱で疲れた体に染みていく。

黙々と熱い汁を啜るラフィーア。

その焚き火を挟んだ正面に座るアーシマは

匙を口に運びながら考え事をしていた。


あの視線についてラフィーアにどう切り出そうか。


あれから石には触って無い。

次に何が起こるか分からないからだ。


ラフィーアは心が強い。


今の一度もこの旅で泣き言を漏らすことなど

無かった程にはタフだ。

しかしだからといって無遠慮に

不安を与える発言をしていい訳では無い。


『どのように伝えればいいものか…』


無意識な動作でスープを口に運んでいると

不意にラフィーアからの視線に気づいた。


「どうかなさいましたか?お口に合わなかったですか?」


「…私に隠していることは無い?」


自分の考えを見透かされたかのような質問。

アーシマは瞬時目が泳いだ。


「な、何のことですか?」


「アーシマがご飯を美味しそうに食べない時は

 何かを考えている時だからです。」


アーシマは、ラフィーアに8年間仕えている。

彼女の長所も短所も癖も、ニガテな食べ物も大体は分かる。


だが、それはラフィーアにとっても同じ事なのだ。


今、自分は彼女にいらぬ心配をかけている。

そのことを察したアーシマは絞り出すように口にした。


「実は…」



クオォォォォォォォォォ!!!!!



突然の咆哮。

焚き火の近くで臥せっていた荷引竜(スファドラ)

暗闇に向かってけたたましく吠えたてたのだ。

いや、暗闇という言い方は適切では無かった。


獣のタペタムのように光る松明。


それも1つでは無い。

十やそこらを上回る数の松明を持ったならず者達の群れ。



そしてならず者達は荷引竜(スファドラ)の威嚇を

歯牙にもかけずに

怒声を上げながら突っ込んで来る。

向かって来る駱駝の背が揺れる度に

ならず者達の掲げる曲刀が

松明の火を、奪い去らんとする獣性をゆらゆらと

映し出している。

アーシマはスープごと椀を投げ捨てると

ラフィーアと共に荷引竜(スファドラ)の背に

乗ろうとする。


が、先程まで吠え立てていた荷引竜(スファドラ)

手綱を引いても反応しない。


首筋を見ると、硬い外殻の隙間に一本の矢が

浅く刺さっている。


『やられた‼』


彼女は思わず歯ぎしりした。

いくら外殻の隙間を突いたとしても

体の大きい荷引竜(スファドラ)

浅く刺さった矢一本で死ぬはずがない。

恐らく麻酔矢か魔法を込めた矢でも使ったのだろう。

素人が使う矢では無い。

連中は慣れている。

アーシマ達とならず者達達との間の距離は

最早300メーオ(約136.5m)も無い。


『かくなる上は…』


 アーシマは腰に佩いた剣を抜き放ちながら叫んだ。


「貴女はお逃げください‼道は分かるでしょう⁉」


「でもアーシマ!貴女は…」


「早く‼」


「…分かったわ。生きてたらまた会いましょう!」


ラフィーアは背から飛び降りて走り出す。

アーシマが身を犠牲に逃げる時間を与えてくれた。

絶対に逃げ切ってやる。

ラフィーアは暗闇へと覚悟を持って突っ込んでいった。

 

だが現実は甘く無かった。


不意の背への衝撃と共にラフィーアの意識は

昏い場所に溶けて行った。



────────

「女に傷つけんなっつてんだろ‼

 なんべん‼

 言わすんだよオラァ‼バドル‼」


罵声と顔にかかる砂埃でアーシマは目を覚ました。

周囲を見回す。

見渡す限りの土づくりの壁が

窓からの月光を無機質に反射している。

2人は、そんな部屋にうつ伏せに転がされていた。

顔を上げて、窓から注ぐ月明かりを頼りに

罵声の聞こえる先を見ると

目元から口元にかけて1本の切り傷をこさえた茶髪の男が

部下らしき男をやたらめったらに殴っている。

2人を囲う周りの男達に、その拳を止める者はいなかった。

既に部下らしき男、バドルの顔には

青あざが何箇所もあり、腫れ上がった顔をゆがませて

しきりに切り傷の男に対しての許しを乞うている。

アーシマが目を覚ましたのに気づいた切り傷の男は

バドルを折檻するのをやめ

ニタリと表情を崩しながら顔を覗き込む。


「おぉ!お早い目覚めだねぇ!侍女様よぉ」


「・・・あなたは誰ですか。それとここはどこです。」


今、アーシマは手足が縛られている。

手足が抜け出せる様な隙間も、縄を切る道具も無い。

相手は帯刀したならず者。それが5,6人。

下手な事をすれば何をされるか分からない。

アーシマは情報を聞き出す事に神経を注いだ。


「知ってどうすんだよ?

 今からそこに転がってるお姫様と

 一緒に売られるってのによぉ」


視線を左に向けると

ラフィーアが石の床に寝そべっている。

肩が上下するだけで動いていない。

まだ気絶しているのだ。


「革袋の中に宝石があります。

 それを差し上げるので解放して貰えませんか?」


「あぁ、これの事か?」


男は懐からラフィーアの拾った宝石取り出して

窓からの月光にかざし見ると

手入れされていない無精ひげをいじりながら

言葉を続けた。


「俺は欲張りでよォ…

 (イイもの)(イイもの)、どっちもありゃ

 どっちも分捕るに決まってるだろ?

 それも今回はでけえ紅玉と王族の女と来てる。

 取引にもならねェぜ?。」


交渉の手を封じられたアーシマは

苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちした。

このままでは2人揃って売春宿に沈められる。

アーシマは必死で打開策を考えた。


が、打開策を考える上で気になった事がある。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


自分が侍女という事は襲われた時の反応から

分かったかもしれない。


だがラフィーアのことを王族だとこの男は言った。


顔見知りでもなければ名乗った訳でも無いにも関わらず。

アーシマにはそれが疑問だった。

だが、考えがまとまるより先に迎えの方が

車輪の回る音と共にやって来た。

駱駝の引く2連携の荷車がこちらに向かって来るのを

部下の一人が見たのだ。

部下の一人は切り傷の男に声を掛ける。


「来やしたぜ!!ドルレオさん!」


「おぉ!!来たか!トルドーの野郎相変わらず遅エなぁ!」


切り傷の男、ドルレオは野太い声を上げて

部下に命令を出す。

部下の男達はラフィーア達をひょいと肩に乗せ

廃墟の外に向かって歩き出した。

アーシマは、脇で担ぎ上げられるラフィーアを見ながら

考えを巡らす。


『今この場で脱出するのは危険だ。

 出来たとしても、脱出した先が砂漠の真ん中だったら

 確実に野垂死ぬ。

 脱出を実行するとすれば、私達を引き取った女衒が

 取引する場所に着いた時だ。』


『王族だと知っているなら、売る先は恐らく妓楼。

 売春宿程度では私達を買うことは

 恐らく不可能だからだ。

 妓楼は売られて来る女の付加価値を重視する。

 男を知らない上に元が高貴な女二人となれば

 道中手を出される事も無いはずだけど…』


不意の月明かりがアーシマの後ろ頭を照らしだす。

いつの間にか外に出た様だった。

荷車も既に止まっている。

ドルレオは駱駝から降りた男、トルドーと会話している。

値段の交渉だろうか。

話をするトルドーの目は、こちらを訝しげに睨んでいる。


『ラフィーア様ももうすぐ目を覚ますだろうか。

 上手く伝えられればいいけれど。』


ドルレオ達が駱駝に乗り出す。

間もなく荷車出発する様だ。

猛獣の檻に裸一貫で入れられた様な感覚が

アーシマを包んでいた。



─────────

 ラフィーアが目覚めた。

グオールドにある、トルドーの運営する斡旋事業所まで

後少し。監視の見張る後ろの荷車の中で。

目覚めたラフィーアに、アーシマは

ならず者に売り飛ばされようとしている事実を伝えた。

なるべく、混乱をおこさぬように。

嘆きに身をつぶされぬように。

目をつけられないように。

アーシマは慎重に、監視に気取られぬように

言葉を紡ぎ出す。


「今、私達は盗賊たちに捕まっています。

 すぐに何かをされるワケではありません。

 ただ、このままだと旅を続けることができなくなります。

 もし、私が何か言葉を発したら

 なるべく言うことを聞いて下さい。

 それと…」


ショックを受けないように、アーシマは

言葉をかみくだきながら伝えていく。

話を聞き終わったラフィーアは、眉をひそめたまま

言葉を発さない。

伝え方を誤っただろうかと、アーシマは体をこわばらせる。


だが、ラフィーアの反応はアーシマの想像とは

全くもって違う物だった。


アーシマの話を聞き終えたラフィーアは

意思のこもった鋭い目を光らせ話し出す。


「状況はわかりました。

 やろうとしている事についても賛成です。」


「ただ、実行する時にして欲しい事があります。

 私が拾ったあの宝石を()()()()()()()()()()。」


いきなり何を言い出しているのか

アーシマは理解出来なかった。

発言の意図をはかりかねるアーシマをよそに

ラフィーアは話を続けようと口を開く。

が、タイミング悪く監視の男が割り込むように

到着を告げて来た為に

そこから先を話すことは出来なかった。

ラフィーアを連れて起ちあがったアーシマは

考えを巡らせた。

自分にラフィーアの真意は分からない。

だが、自分はラフィーアのそば仕えだ。

主人が覚悟を持ってやれと言うなら絶対に実行するのが

仕える者の務めというものだ。

アーシマは、覚悟を決めた。

荷車の扉が軋む音と共に開く。

顔を出したトルドーから降りるように促され

荷車の外に出ると、目の前は既に砂漠ではなかった。

土づくりの壁と、目に刺さるような色合いの看板が

視界に飛び込んでくる。

耳をすますと、風に乗って微かに

悲鳴と嬌声が聞こえてくる。


グオールド。


アーラバ王国随一の繫華街。

旅人向けの飲食店や宿屋が軒を連ねる中街(セントラル)

住人達の生活圏である間街(ビトウィン)

住人の中でも最下層の人間が住む

外街(スラム)に分けられた眠らぬ街。

外街(スラム)には風俗店が建ち並び  

その元締めであるならず者達が暴威を振るっている。

アーシマとラフィーアが居るのは

その外街(スラム)の中の大きな建物

トルドーの在籍する斡旋所の前だ。 

汚い欲望を隠そうともしない男達の饐えた臭いが

扉を開けずとも伝わってくる。

中に入ると臭いはますますきつくなり

アーシマはえづきそうになった。


奥のテーブルには年の離れた男女が座っている。

鎖に繋がれボロボロの服を着せられた異種族の女達と

その女達の鎖を握る恰幅のいい男。

女達の目と恰幅のいい男の目は

彩色も違えば抱く感情もまるっきり逆で

ここが女にとっての地獄である事が容易に想像出来た。

女達の手前に酒樽を挟んで座るならず者達は

葡萄酒がなみなみと注がれたジョッキを片手に

女達を品定めするように眺めている。

その中に、酒を片手に鎖を握る男と

会話をしている者が居た。

ドルレオだ。

腰の革袋は重そうに垂れ下がり、先端に宝石のものらしい尖った出っ張りをこさえている。

何とか奪わなければ。

アーシマが見つめていると

ドルレオがでかいだみ声を出して二人を呼びつけた。


『奪うチャンスは、2人が話に気を取られた時。

 失敗すればもう逃げ出すことは

 出来ないでしょう』


後ろのラフィーアの手を取ってアーシマは2人に近づく。

握るラフィーアの手は、しっかりとアーシマの手を

握り返していた。



────────────



『さて、ここからどうしましょう』


今までの振り返りを済ませたアーシマは

さりげなく周囲に視線を向ける。

子供程の大きさの酒樽が2,3。

そのうちの1つを囲って座るドルレオの部下4,5人。

トルドーはいない様だった。


宝石を奪ったら酒樽の中に投げ込めばいいだろう。

しかし、それを実行するには1つ大きな障害があった。


宝石を奪取するタイミングが無いのだ。


話し込むドルレオと刺青の男は

一見すると隙があるように見える

が、2人の視線が時折周囲へと向けられているのを見る限り

下手に手を出せば、宝石を奪う前に

気づかれるのは容易に想像がつく。


 『チャンスさえあれば…』


ドルレオの腰袋に目をやった時だった。


「いい加減にして!!近寄らないで!!

 私はあなた達のような下賤な人間に抱かれる為に

 生きてきたんじゃないわ!!!

 変な事したら舌嚙み千切ってやるから!!!」


ラフィーアが悪鬼の形相を浮かべながら

恨み言を口にしながら絶叫する。

ならず者達の視線は一気にラフィーアへと寄せられた。

当然だ。

今の今まで口を開く事も無く押し黙っていた女

それも王族出身の蚊も殺せないような女が

勝鬨を挙げる兵士のような気合いを発したのだ。

弾指の間、この場はラフィーアが主役であった。


 なぜいきなり叫んだか?


アーシマは、瞬間、ラフィーアの考えを察した。

身を屈めながら、右脇で絶叫に気に取られている

ドルレオの腰袋を引ったくる。

アーシマは全力の集中をもって

客に囲われた酒樽目掛けて袋を投げつけた。


 ボチャンという酒の波打つ音!


一瞬の安堵、だがそれをかき消すように

右頬にドルレオの拳がめり込む。


「舐めた事してんなよクソアマァ!!!!

 ドタマに挿れる穴増やしてやろうかァァ!!?」


胸元に掴みかかりながらドルレオは怒声を浴びせかける。

頬を殴った手には抜き身の曲刀が握られ、ドルレオの頭上で獣の牙のようにぬるく光っている。

ラフィーアは刺青の男に首を抑えられて動けない。

傷が開きそうになる程に目を吊り上げ

ドルレオは歯を食いしばっている。


宝石は、酒樽の中で沈黙している。


覚悟を決めたつもりだった。

 

だが、この状況は絶体絶命という他にない。

 

想定が甘かったのだ。


「おい、てめえら。こいつ引渡(やる)わ。好きにしろ」


ドルレオが命じると、部下の男達が

こちらに向かって来る。


アーシマは目を閉じる。


『これで何とかなるんですか?ラフィーア様!』


心の中で、神への祈りを捧げようとした瞬間だった。

      


バギィン!!!!!



弾けるような音が部屋に響く。

全員が、音のした方を振り返る。

床に散乱し、ゆらゆらと振り子のように揺れる木片。

フワフワと、地面に落ちていた砂塵が舞い上がり

煙をなした。

その土色の煙の中から若々しい男の、青年の声が

語りかける。


「ご契約ということでよろしいですか。ラフィーア殿」


覇気など微塵も感じない柔らかい声に

ラフィーアは粛々とした口調で応じ宣言した。


「えぇ、ラフィーア・ヴィリアントの名において貴方を傭兵として雇います!!」


「了解し…」


返答を待たずにならず者の1人が

曲刀を右の上段から袈裟斬りに振り下ろした。

 鋭く重い剣撃が、傭兵となった男が突き出した左手の中指と人差し指の間に食い込んでゆく!


「いいな。速くて重い」


呻きもせずにぼそりと呟いた。

次の瞬間、切りかかってきたならず者の顎に拳槌が叩き込まれた!

 男の左手が刃を3つ指で掴んでいる。

 刃を引き込み、その反動で拳槌をがら空きの顎に打ち込んだのだ。

 力を失い、崩れるならず者。傭兵の男の右手には、ならず者の持っていた曲刀が

 順手に収まっている。

 隙をついて刺青の男から脱出したラフィーアから手を引かれるアーシマは、目を丸くしていた。

 早業。稲妻の如き早業。

 普通の人間であっても、攻撃に対して手を出して防御すること自体は出来る。

 だが、()()()()()()()()()()()()など、訓練を積まない限り不可能だ。

 素人が見よう見まねで完璧な曲芸が出来るか?

 舌足らずな幼子が魔法を使えるか?

 出来ないだろう。

 男の引き締まった肉体が、その訓練の強度を物語っている。

 逃げるのを阻もうとするならず者達の腕をかいくぐり

 ラフィーアとアーシマは建物の外へと飛び出た。

 「…あの方は、大丈夫でしょうか…」

 アーシマが不安気に心配を口にすると、ラフィーアはハッキリ、大丈夫だと言った後

 こう続けた。

 「あの方は、()()()()()()()()


 「やるなぁ、ラフィーア様」

 「…てめえ…ウチの商売邪魔すんなら蠍の餌になって貰うぞ…」

 傭兵の男が気の抜けた声で呟くと、女達の鎖を放した刺青の男が曲刀を持ちながら

 苦々しい声で嘯いた。

 斡旋事業所の中は、張り詰めた空気で満されている。

 「…なるといいですね、餌に」

 「…軽口のつもりか。クソガキィ…!」

 部屋の奥に目をやるとボロ布の塊が見えた。

 鎖で繋がれていた女達だ。

 ドルレオの唸るような声に身を振るわせている。

 男は肩に置いた曲刀を下げる。

 「さて、貴方達には(ワル)いけど、命令なので

…」

 前口上を述べた男は、ふぅと息を吐き挑発するように曲刀をぐるんと一回転させ

 力強く言い放った。

 「主、ラフィーア・ヴィリアントの命により、貴公らを斬り伏せる!」

 「そいつを殺せェェェェ!!」

 ドルレオは激昂して部下を怒鳴りつける。

 追い立てられるように部下達は曲刀を抜き放ち、異様な風体の男に突進する。

 だが、男は意に介さない。

 横薙ぎに切りかかってきた1人目の腕を斬り飛ばすと、

 その勢いのまま2人目の男を曲刀を持つ腕ごと叩き斬る。

 1秒もかからなかい。

 すぐさまならず者達は傭兵の男を取り囲む。

 殺意の籠ったならず者達の白刃は、獲物に集るハゲタカの嘴のように男に切っ先を向けている。

 しかし、そんな殺意(モノ)など抑止にならない。

 男の血染めの白刃が夕刻の空に艶めかしく輝くと、ならず者達を襲った。

 上段、袈裟斬り。

 左の逆手、横薙ぎ。

 中段、突き。 

 下段、払い。

 上段、兜割り。

 刃が骨肉に食い込むと、悲鳴と共に血潮が噴き出る。

 ならず者達は刃を当てることさえままならない。

 あっという間に4人が血に濡れた床に倒れ伏す。

 既にドルレオの周りに立っているのはバドルと刺青の男のみとなっていた。

 傭兵の男は、曲刀をドルレオと刺青の男に向け鋭く言い放つ。

 「女性達を放して自首するか、血だるまになって死ぬか、どちらか選んで下さい。今ならまだ殺さ無い。」

 男はならず者達を殺して()いなかった。

 急所を外しているのだ。

 だが斬られた者は、皆すべからく動けないでいる。

 なるべく殺さないようにするという事は、実力差があるからこそ出来る事だろう。

 事実、傭兵の男の体には返り血の1つもついていない。

 歴然とした戦力差を前に、バドルと刺青の男は降伏することを選び、地面に膝を着く。

 一般的な感性の下に下される賢明な判断。

 利益以上に自分の命をとる。

 ()()()()()()であれば理解するだろう。

 だが、惜しむらくは…

                  ズゾンッッッ!!!

 逸脱した感性を持つ者(まともでない人間)には理解されないということだろう。

 「あんた…自分の仲間を…!」

 「…何してんだよぉ…てめえらぁ…ぶっ殺せてェネエだろうよぉ、そいつぅ…」

 2つの首が血を垂らしながらごろりと転がる。

 理解の追いつかぬ状況に、傭兵の男は身じろぎ1つ出来ない。

 下手人たるドルレオの様相は異常であった。

 血に濡れた愛刀の切っ先は震え、俯いた顔からはカッと開いた瞳孔が覗いており

 先程まで威勢よく檄を飛ばしていた口元からは、ひたすらに悪態が漏れ出ている。

 既にドルレオの精神は目の前の()()()()()()()()()()()()を殺すことのみが支配していた。

 「臭っせえモツぶちまけながら死ぬェェ!!!クソガキィィィィ!!!!!!」

 ドルレオは震える手が刺青の男の曲刀を素早く掴むと、絶叫と共に切りかかる。

 力任せの、されど速さを伴った豪剣!

 怒りが付与された()()は、ドルレオの部下達をノした傭兵の男であっても

 冷や汗が出る程の勢いだ。

 一撃一撃が四肢を両断出来る程の威力を持つその連撃を、傭兵の男は紙一重で躱し、受け止める。

 とんでもない気迫だ。

 一撃を躱す度に、傭兵の男に安堵の情が噴き出る。

 『コイツ…強いな!斬った奴らのテッペン張ってるだけはある』

 不意打ちで先に仕留めておけば良かった。

 傭兵の男に少しの後悔がよぎる。

 しかし、ドルレオの放つ二刀の斬撃は、傭兵の男の一瞬の動揺すらお構いなしに襲ってくる。

 執拗なまでに急所を狙われる。

 これほどの勢いで剣を振り回せば、狙いをつけることは難しいはずであるのに

 ドルレオの剣の一撃にブレが見られないのは、修羅場をくぐって来たことの何よりの証拠だろう。

 切り伏せたならず者達の呻き声を、金属をぶつける音がかき消していく。

 「死ねェェ!!!」

 ドルレオの渾身の一撃。

 男は脳天への重い一撃を曲刀の鎬で何とか受け止めた。

 が、ここで異変に気付いた。

 『…!、ヤバい!折れる!!』

 受け止めている刃に無数のヒビが入っているのだ。

 ドルレオの剣撃を受け続けたことによる代物だろう。

 それだけの猛撃だったのだ。

 もし、ここで一撃を入れられたら…

 男の頭に浮かんだ危惧は、現実となった。

                     バギィン!!!

 ドルレオがもう片方の曲刀を、釘打の要領で打ち込んだのだ。

 手持ちの曲刀が割れた瞬間、男は後ろに飛びのく。

 だが、ドルレオは速かった。

 男が滞空している僅かな一瞬、防御も回避も出来ぬ瞬間を見計らい、渾身の突きを

 心臓目掛けて繰り出した。

 男の刃を制そうとする手を潜り抜け、日に焼けた胸板に曲刀の鋭利な切っ先が沈み込んでいく。

 ドルレオは口元をゆがませてニヤリと笑う。

 こいつは殺せる。そう判断したからだ。

 すぐさまもう片方の刀で首を落とそうとするドルレオの腕を、男は両手で食い止める。

 しかし、刃は少しずつではありながらも確実に迫ってくる。

 「てめえの負けだ。餓鬼ィ!」

 刃先が首筋に触れた瞬間、ドルレオは曲刀を引き抜

 ()()()()()()

 「!?てめえ、()()()()()()()()()()()

 ないのだ。

 ドルレオの手を掴む男の左手に、傷がないのだ。

 それどころか傷痕も血の汚れすらないのだ。

 「…ったく、部下にまわす物くらい良いものにしときなよ。()()()()()()()で直ぐに折れた。」

 傭兵の男はぼそぼそと呟く。

 それと同時に、ドルレオの首と胴に傭兵の男の両足が絡みついた。

 『コイツ…まさか』

 すぐさま男の体を引き剝がそうとするが

 もう遅い。

                     ゴギン!

 「ッッッッぐゥッ!」

 熱を伴った激痛がドルレオの右腕に走り抜ける。

 男が体を反ってドルレオの関節をへし折ったのだ。

 歯を食いしばりながら男を壁に叩き付けようとするドルレオ。

 だが、振り回そうとする無防備な脇腹を、男は渾身の力で蹴り砕き、脱出する。

 肋骨を砕かれた衝撃と振り回した腕の反動で、ドルレオは大きくよろけた。

 ドルレオは10年もの間、ならず者達の集まりである地獄の黒蛇(ブラック・マンバ)

 リーダーを務めている。

 それなりの修羅場もくぐり、何人も血達磨にしてやった。

 自分の周りに怖い物など無い。

 そう思っていた。

 だが、己の理解の及ばない異形。心臓を刺しても死なぬ、異形。

 怪物が目の前にいる事をドルレオは察した。

 異形はドルレオから奪い取った曲刀を手に、間合いを詰めていく。

 「てめえ、ナニモンだァァァァ?!!!」

 絶叫するドルレオの首元に狙いを定めながら、男は静かに述べた。

 「傭兵だよ。ラフィーア様の…な」

                  ズドォン!!

 ・・・

 僅かな静寂。

 砂塵がふわりと飛んだ。

 血しぶきは…飛ばなかった。

 力を失ったドルレオは地に倒れた。

 狙いを定めた曲刀()()は確かに首筋を打っていた。

 血の臭いが立ち込める中であっても、死人は一人も居ない。

 傭兵の男は、ふぅっと息を吐き、自らの体を見て、呟いた。

 「…服、着ないとな」


 「……で、見知らぬ男にそのことを話されて」 

 「……ハイ……」

 「傭兵として雇ってもらいたいと言われた、と」

 「……申し訳ありません……」

 アーシマが連絡した憲兵達が囚われた女達を助ける中、ラフィーアは背筋を伸ばして座っている。

 隣には事情を聞きに着た憲兵が遠慮がちに立っている。

 半ば呆れた様子でアーシマは、目の前の片膝をついた男に視線を向ける。

 青年は、現れた時は着ていなかった服を着ている。

 憲兵に運ばれていったドルレオが裸一貫だった事とは関係が無い事を祈りたい。

 「…信じ難い事ですね。あの宝石の中に閉じ込められていたなんて」

 憲兵が驚いた声を出す。

 ラフィーアはならず者の魔法矢で眠らされた時

 目の前の、いつの間にか服を着ている男に話しかけられたのだという。

 彼は自分の事を殆ど覚えておらず、ただ水に触れると再生する(自らの体質)事だけが

 分かると答えたらしい。

 「…まあ、いいでしょう。緊急時でしたので諸々の問題は許します。」

 「なら、彼を雇ってくれないかしら?」

 「いいわけないでしょう!!お礼を言ったら他のところを紹介するべきですよ。」

 「人一人くらいいいじゃない、ケチ。」

 争いの火種になっている傭兵の男はアーシマの説教を見つめている。

 アーシマはその男を指差し問い詰める。

 「だ・い・た・い!貴方、出自どころか自分の名前も覚えてないんですよね?

  助けて頂いたのは感謝していますが、どこの出自かも分からない人間に護衛を任せるのは

  こちらとしても判断し兼ねます。」

 「雇ってくれればしっかり働く所存です。」

 『剝ぎ取った服で殊勝な事言われてもなぁ…』

 アーシマの指摘はもっともだった。

 ラフィーアのような高貴な出の人間は、色んな人間に狙われる。

 盗賊、ならず者、暗殺者、果ては同属(貴族)

 直接攻撃してくる者もいれば味方になりすます者もいるのだ。

 出自がわかっていても安心しきれないのだ。

 フルチンを晒しながら訳の分からない事を言い出す自称傭兵の男を雇うなど

 もっての外なのだ。 

 「あの、提案なんですが…」

 そばで事情を聞いていた憲兵の男が言葉を発する。

 「その、隣の街に着くまでの間、自分達を同行させるのはどうでしょう?

  2日後に向こうのバルコの街に派遣に向かう者が私達の隊にいます。

  移動している間、その隊員がその男を見張って、妙な事をしたら切り伏せます。

  判断はその後でも良いのでは?」

 『しょっ引かれた奴(ドルレオ)が不死身だとか何とか言っていたが、流石に噓だろう。』

 「アーシマ、彼の名誉の為にもどうかお願い出来ないでしょうか?」

 「……わかりました。同行することには同意します。ただ、しっかり見させてもらいますよ」

 憲兵が出したもっともな提案とラフィーアの嘆願に、アーシマは渋々同意する。

 男はラフィーアとアーシマに向けて礼をしようとする。

 「ちょっと待ってください。」

 ラフィーアが男の礼を止めさせる。

 不思議そうな顔で男、青年は顔を挙げた。

 少し焦げた色合いの、温和そうな顔つき。

 ならず者達を単騎で圧倒したとは思えない10代の青年の顔だ。

 ラフィーアは、少しおどけたような言い方で話し出した。

 「短い間かもしれませんが、貴方は私達と共に行動します。

  そんな人間に、名前が、己の印となるモノが無いのは、いささか不満です。

  貴方に名を付けたいのですが、宜しいですか?」

  何を言っているか分からない、という顔を傭兵の青年はしたがラフィーアは構わず続ける。

 「サクル、でいかがでしょう?」

 「意味は…何でございますか?」

 「“鷹”を意味する言葉です。勇猛果敢な貴方にはピッタリでしょう?

   嫌でなければ、どうかしら?」

 暫し、男は、サクルはラフィーアを見つめていた。

 そして、満面の笑みを浮かべ「はい!」と、一言だけ、大きく発した。

 既に太陽は登っていた。

 朝、物事の始まりだ。

 アーシマは、何かが動き出したことを朝日に照らされる2人に見た。

 「すみません。服を買って頂けないでしょうか。」

 ような気がした。

こんにちは。

椋太と申します。初投稿で初連載です。

リアルの方の都合で不定期な投稿となってしまいますが、楽しんで頂けたら幸いです。

完結…出来る…かなぁ(汗)

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