表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌うくらぶ!  作者: aya
1/1

序章


学校行って

喧嘩して

叱られて

寝る


学校行って

喧嘩して

叱られて

寝る


ーーそんな毎日が、

そんな退屈な毎日が


ずっと続くのだと

私は

思っていた。



***



「まーまー、落ち着いて。俺たちはただお茶に誘ってるだけ。別に何もしないから、

そんなに怖がんないでよ。」


学校帰り。道を曲がると、チャラい声が聞こえてきた。


「そうそう。そんな表情じゃ、せっかくの可愛い顔が台無しだよ?

警戒しないで、みんなであそこのカフェ行かない?」


その声が誰かをナンパしている不良だということを察して、

私ーー四宮空は顔を歪める。


角を曲がりきってそちらに目を向けると、髪をまっ黄色に染めたヤンキー三人が、中学生くらいの女の子をとりまくように立っていた。

帰り道早々にやばいことになっている。

そう思いながら状況を分析する。

制服からして、あの女子中学生(子)は私と同じ学校の子だろう。

そのまま不良三人と彼女の近くに忍び寄って、三人の顔がはっきり見える。

…いや、ちょっと待って。あれ、柳田さんじゃん…


柳田まどかさん。私と同じ学年の同じクラスの子だ。

友達ではないものの、顔見知り。

余計まずい。

柳田さんの隣には、バス停。


バスを待っていたときに、不良に絡まれたのだろうか。



ここでする一番いい反応は、不良に気付かれないようにしながら誰かをを呼んでくること。ここら辺にいる不良は特に凶暴だ。このままだと柳田さんが怪我しかねない。

私は携帯を取り出す。素早く捜査して、とある人に電話をかける。

今の状況を簡単に説明し、助けを求めると、okが来たので携帯をポケットに戻した。


「すみません。無理、です。バス、待ってるので」

断る声が聞こえて、私は再び柳田さんに目を向ける。

かばんを持つ彼女の手が、震えているのが見えた。

まあそりゃ怖いだろう。

自分より年上の、大きいやつが急に絡んできたら怖い。

至って普通の感情。

それが普通なのに、それをわかってない…いや、わかっていながらもやり続けるこいつらは、もはやどういう教育を受けてきたんだと質問したい。

私は歩くスピードを速めた。


不良らと柳田さんの間に割って入る。

「あの、やめてください。明らかに嫌がってるの、わかりますよね?」

そう言って、不良三人を睨んだ。


不良たちはいきなり入ってきた邪魔に、顔を歪める。

「ああ?

てめーはかんけーねーだ…

って君もよく見たらかわいいね!みんなでいこうよ!」

「…」

私の顔を見てからの態度の急変に呆れる。

可愛いと言われるのは普通嬉しいことなんだろうが、こいつらに関しては嬉しいのうの字も出てこない。

「お断りします。なので私達は帰りますね。さようなら。」

後ろにいる柳田さんの手を取って、一旦ここから離れようと試みる。

「おい待て」

自由になっている手を掴まれる。

こいつがこの三人のリーダー的存在だろうというのがなんとなくわかった。

一番話してたし。一番前にいるし。

「そんなあっさり帰るやつがいるかよ。」

いつの間にか口調が乱暴になっている。

「もう一度言います。お断りします。あっさり帰るもなにも、貴方達と行く気はありません。離してください。」

はっきりとそういうけど、思った通り、離してくれない。

「まーそんなかたいこと言わないで。行こうよー。」

ほんと表裏激しいなこの人。

「三度目です。は、な、し、て、く、だ、さ、い。」

「それじゃあ行こうか!」

今回は話も聞かずに私の腕を力を込めて引っ張った。

そのせいで腕がじんじんと痛む。結構力が強い。

これは完全にダメそうだ。

小さくため息をついた。

そして自由になっている手掴まれている手に重ねて、ぐいっと円を描くように回す。

頑丈に私をつかんでいた手は簡単に振りほどかれる。

「っ!」

そいつが怯んだ間に再び柳田さんの手を引いて走り出した。

今のは、一種の護身術だ。腕をつかまれた時、手を重ねて振りほどくとただもがいて振りほどこうとするより簡単に相手から逃げられる。

そういう状況に陥ってしまったらのために、ぜひ覚えていてほしい護身術だ。


「チッ、なめやがって…追うぞ!」

あいつらの怒声が聞こえる。

隣で走っている彼女に声をかけた。

「ここを曲がったところに別の道があるから。

そこで隠れておいて。何かあったら大声出してね。」

「え、あ、でも…」

「大丈夫だから!」

「う、うん…」


道を曲がって、柳田さんを路地裏に押し込むと、

私は不良らのほうに突進した。

虚を突かれたヤンキーは一瞬固まるけど、私に殴り掛かってきた。

どうすればこいつに勝てるか、どうすればいいかのイメージが頭に流れ込んでくる。

私は殴り掛かってきた手を受け止める。

そして左手で相手の肘をつかむと、少し横に傾けた。相手の体が右に傾く。

私はこぶしを受け止めた手を回して、相手の顎を押した。

この間1秒弱。

あおむけに倒れる金髪のヤンキーの、何が起きたかわからないと訴えている瞳が見えた。


合気道の技。相構え当て。

乱取基本の形として制定されている17本の第2番目に位置付けられた技であり、名称は、互いに対峙した際の構えが相対する構えであることからついている。


倒れこんだヤンキーが立ち上がる前に一発みぞおちにこぶしを沈める。

一瞬止まった吐息と彼の体の痙攣を合図に、その不良は気絶した。

ふー、

と息を吐くと後ろで固まっていた二人をにらんだ。

そのうちの一人が唖然としたようにつぶやく。

「ば、馬鹿な…この人は…ここら一帯の不良を治める『ビースト』の幹部だぞ?こんな…女子中学生に…瞬殺…?」


彼らが言う『ビースト』、というのはちょっと聞いたことがある。

強い不良が集まった、何やら組織的存在らしい。

ここら辺にいる不良は全員このビーストという組織にかかわりがあるとかなんとか。

ーーにしても前から思ってたけど「ビースト」って…超ありがちな名前だな。

作者はもっといい名前を考えられなかったのだろうか。(<ーーごめんて)

まあそれは今はどうでもいいとして。

結構ここら辺を歩いてたらビーストのことは聞くから警戒してたんだけど。

ーーこの人、そのビーストとやらの幹部なの?

隣でのびている金髪不良さんを眺める。

弱っ。

ビースト、全然脅威じゃなさそう。


目の前にいる不良二人に目を移す。


「今貴方たちがとる行動の選択肢は二つです。

尻尾巻いて逃げて、恥をかくか、

もしくは、

私と戦って、ぼろ負けして恥をかくか。」

コキ、

と骨を鳴らす。

「どちらがいいですか?」


「「ひ、ひえええええ~~」」

少し脅すと、残った二人は情けない声を上げて走っていく。

逃げる方を選んだか。

…まあ逃げてもらったほうがいい。

なるべく人は殴りたくないし。

そう思いながら再びその「ビースト」の幹部らしい金髪さんを横目で見る。

でもかわいそうだなこの人。部下?に見捨てられてるし。中学生の私に負けてるし。だいぶプライドが傷つけられたんじゃないかな。なんか申し訳ない。

それにここで寝てたら危ないな。道路のど真ん中で。


よいしょととりあえず彼を道の端に座らせる。

みぞおち強く殴りすぎたかな。でもそんなけがというけがはしてないはず…

私はしゃがんで脈をとってみる。とくとくとちゃんと血液が流れているのが指の先で感じられた。あー、大丈夫だ。寝てるだけだ。


だったらまあ…ほっとこう!

あと何分かしたら目覚ますだろうし!

やっぱ罪悪感あるけど、うん!

よし。じゃあ柳田さんと合流して、いったん一番近くにある交番でで事情を話そう。

そうしたらこの人は警察が保護してくれる…


そう判断した時だった。

「きゃ、ん~!!」

小さな叫び声が聞こえた。

「!?」

さっき路地裏に避難させた彼女の声。

それを認識する前に、私は走り出していた。


数秒で路地裏にたどり着く。見えたのは柳田さんとさっきにがしたヤンキー二人。

抵抗する柳田さんを無理やり抑え込んでいる。

ちっ、あのビースト金髪幹部さんみたいに気絶させとけばよかった。

私に気づいた下僕二人はニタニタと私をあざ笑う。

マジでむかつく。

でもこの状況はまずい。人質を取られてるから、下手に動けない。

それを知ってて、こいつらはこんなに余裕そうな表情をしている。

弱い代わりに普通に頭は回るらしい。

あーーもう、こんなやつ相手にするより柳田さんと一緒にそのまま家に逃げ帰ってればよかった。

私も馬鹿だ。

「あれ~?何で襲ってこないの?君の強さだったら俺らをボコボコにするくらい余裕だよねえ~?さっき『今貴方たちがとる行動の選択肢は二つです。尻尾巻いて逃げて、恥をかくか、

もしくは私と戦って、ぼろ負けして恥をかくか。どちらがいいですか?』とか言ったのは嘘だったのかなあ~?」

一人あおってくる。

さっき私が言ったセリフ、よく覚えてたな。


「…かっこ悪いですね」

私はつぶやいた。


「ああ?」

もう一人が私の言葉に反応した。


…ふーん、なるほど。

私は言い返してきた人を見つめ返す。

二人の人格が見えてきた。

一人は激よわだけど多少は考えてるやつ。根拠は隙だらけな立ち方、そして私をあおってきたこと。冷静に、自分がけがをせずに私を倒す方法を探している。


一人はまあちょっとは強いけど単細胞な奴。根拠は捕まった柳田さんが超抵抗してるのにびくともしてないことと、今私のセリフに突っかかってきたこと。


じゃあ単細胞のほうをあおってみるか。

目には目をあおりにはあおりをだ!


「かっこ悪いって言ったんです。」

私は続ける。

「勝ち目がないから関係ない人を巻き込んだんですよね。そんなのかっこ悪いの他の何物でもないじゃないですか。私が嫌なら直接私に向かってくればいいのに。

そんなに私に負けるのが怖いんですか?

私みたいな、中学生に上がったばっかりの子が怖いんですか?ふふ、ださいですねえ。

人質を取るなんて人間として負けましたって言ってるのと同じですよ?それでいいんですか?

いや、それでいいんですよね?現にもう人質を取ってるんですから。

貴方方は私より最低三年は先輩のはずなんですけどね。

私にいい先輩としてのお手本を見せなくちゃいけない側なんですけどね?

不良で。挙句の果てに人質とって。どこがいいお手本なんでしょう?

貴方たちに会ってしまって、こんな長話してしまって、私が恥ずかしいです。

それに…」

「さっきから聞いてりゃあごちゃごちゃごちゃ生意気なこと言いやがって」

単細胞さんのほうが私を遮る。

よし、乗ってきた。

「生意気って何がですか?私は事実を述べているだけです。」

もっとあおる。

単細胞さんの顔がどんどん怒りで赤くなっていく。


「お、おい落ち着けよ。これに乗ったらあっちの思うつぼだぞ」

激よわ君が注意した。

でも単細胞さんは結構限界らしい。

激よわ君の発言を聞いて、それが事実だということをわかってながらも、今にも私にとびかかってきそうだ。

もう一押しか。

「ーーそれにしてもあのビーストの幹部とか言った人、本当にかわいそうですよね」

会話を切り出す。

「だって私に気絶させられた上に、

貴方方に捨てられたんですよ?

貴方たちは中学生にやられてしまったリーダーを助けなかった。その時点で相当な恥なのに、その上私から逃げてもっと恥をかいた。

私言いましたよね?逃げて恥をかくか私と戦って負けて恥をかくか選べって。

不良の世界では逃げるより戦って負けるほうが美徳だと聞きました。

私を怖がって逃げたのは貴方方の落ち度です。中学生である私から仲間を捨ててまで逃げて、自分が弱いことを自分で証明して、そして人質まで取るなんて。

はは、情けなさ過ぎて笑えますね。」


目を細めて馬鹿にするように笑うと、

なんかぶちっと血管が切れるような効果音が聞こえた。

…こういう音って実際聞こえるもんなのだろうか?

「こいつ、ちゃんと抑えとけ。」

単細胞さんは柳田さんを仲間に押し付ける。

「あ、おい!」

おらあああああああああ!

今度は激よわ君の制止も聞かずに私に襲い掛かってきた。


あー、やっぱり単細胞だな。この人。

怒りは人を強くし、それと同時に弱くする。

だが今回の彼の怒りは私に有利な方向にしか働かない。

がら空きなみぞおちに蹴りをくらわすと、簡単に倒れてくれた。


後は激よわ君だけど…

私は彼をにらむ。


「ちっ、」

激よわ君の舌打ちが響いた。


この人は武術も何もやってない感じするし、このまま普通に柳田さんを助け出せるだろう。

そう思って激よわ君の前で構える。


その時、彼はポケットから何か取り出した。


ナイフだ。


私は一気に警戒態勢に入る。

日の光を反射させて、刀身が気味悪く光った。

柳田さんは硬直する。そして目にたまった涙がこぼれていた。

中学生にナイフ向けるなんて、何ちゅうゲスだ。


「銃刀法違反なうえに、脅迫罪もしくは暴力行為処罰違反ですよ。

あわせてだいたい5年の懲役、それとも80万円の罰金である犯罪になります。

それでいいんですか?」

英才教育中に学んだ基本的な罪の情報で激よわ君を不安にさせようと試みる。


けど激よわ君は余裕そうだ。

「日本には少年法って物があるからね。人を殺さなければ少年院に送られるだけで大抵のことは済むんだよ。」


それは事実だ。この人は高校生。未成年だから罰は重くない。

だからって人間に刃を向けるなんて、普通の高校生にはできない。

慣れている。人を傷つけることに。

「…本当にかっこ悪い」

私はつぶやいた。


「あおっても無駄だよ?俺はそんなに単細胞じゃないんでね。そんなものには乗らない。

さ、そこから動かないで。少しでも妙な動きを見せたら」

激よわ君はナイフを柳田さんに近づける。

「この子は無事じゃすまないよ?」


「っ、」

私は歯を食いしばる。


どうする?

私が激よわ君の要求に従ったって柳田さんが助かるとは限らない。

でも従わなかったら柳田さんは確実に怪我する!

私は恐る恐る両手を上げて降参をアピールする。

激よわ君の勝ち誇ったような笑みが黴みたいに脳裏にこびりついた。

気持ち悪い。


ナイフを柳田さんの首にかざし続け、彼はじりじりと後ろに下がる。


私は思考を巡らせる。

考えろ考えろ。激よわ君を捕まえて柳田さんを助ける方法は…

なんかないのか?


激よわ君が柳田さんを傷つける可能性は低い。

いくら少年法というものがあるからと言って銃刀法違反と脅迫罪と傷害罪が重なったら少年院に結構長くいなくちゃいけない可能性がある。

注意深い激よわ君が自分を苦しめるようなことをするとは思えない。


でも…柳田さんを傷つける可能性はゼロじゃない。

だってこいつ不良だよ?

よくここらで喧嘩してる奴だよ?

いつも誰かを殴ってる可能性あるじゃん。

いつも傷害罪犯してる可能性あるじゃん!

やっぱり今すぐ救出しないと!


だからそれをどうやってやるか考えてるんじゃん!

やばい、さっきからぐるぐる同じところを回ってる。

落ち着け。

取り乱しちゃだめだ。


私は深呼吸する。


けど深呼吸しただけで何か解決法が浮かぶのは架空の世界だけだ。


どうしたらいいんだ…


心の中で頭を抱えた時だった。

激よわ君の後ろから黒いスーツの男ーーさっき私が携帯で呼んだ人が忍び寄ってるのが見えた。



あ、そうだ。

助っ人呼んだの、完全に忘れてた。


ええ、これ、いろいろ焦った私、超バカみたいなんですけど。


激よわ君はこちらをずっと見てて後ろの彼に気づいていない。

じりじりと後ろに下がる激よわ君とじりじりとこちらに近づくその人。

彼がもう激よわ君を取り押さえられる距離に入ったところで、私は激よわ君に向かって突進した。

「おい動くな!」

激よわ君がまたナイフを近づける。

「こいつがどうなっても――」

言い終わる前に、その人が激よわ君の手からナイフを弾き飛ばした。

驚いたように振り向く激よわ君は、隙だらけだ。


私は柳田さんをかばいながら全力で激よわ君のみぞおちをぶん殴る。

激よわ君は簡単に倒れこんで、気絶した。


私は息を吐く。

一瞬で起こったことに、柳田さんは目を見開いている。

力が抜けたのか、彼女は座り込んでしまった。


「おっと、大丈夫?」

私は柳田さんを受け止めながら、隣にしゃがむ。

柳田さんはうなずいたものの、目からは涙が溢れていた。


怖い思いをさせてしまった。

…全部、私のせいだ。


「っあ、ごめんなさ…」


吃逆が柳田さんの言葉を邪魔する。

何で謝るのだろう。

謝るべきなのはこっちなのに。


沈黙が流れる。

それを破ったのは私だった。


大きく息を吸う。


「こっちこそ意味不明な喧嘩に巻き込んでごめんなさいーーー!」


私はそう叫んで頭を下げた。

路地裏に私の声が響く。


柳田さんは唖然としている。

驚きからか、涙が止まっている。

「え、いや、ちょっ、顔上げて?」

我に返ったのか、ずっと頭を下げたままの私に柳田さんは戸惑った。

「私は大丈夫だよ。なんでそんな謝るの?四宮さんは、私を助けてくれたのに。」


私は視線を下に逸らす。

「ーーだって怖い思いさせちゃったし…

自分勝手に行動しちゃったし…」


「…まあ確かに、ちょっと怖かったけど。

四宮さんが助けに入ってくれた時、すごく安心したから。

最終的に助けられたし。

四宮さんが謝るのは、おかしいよ。」


「だったら不良に絡まれたりしたのは不可抗力なのにそっちが謝るのもおかしいよ。」

そう言い返すと柳田さんは目を見張ってまっすぐこちらを見つめた。



「まあ、それもそうだね。」

今度は柳田さんが先に音を立てた。

「助けてくれてありがとう、四宮さん。」


小さく会釈される。


それは、「かわいい」とか「ごめんなさい」とかよりも、価値がある言葉だ。

「…うん、どういたしまして。」

自然と笑みが浮かんだ。





「…えーっと、」


再び沈黙が流れた路地裏に私でも柳田さんでもない声が響く。


「終わりました?」


そう聞いたのは、私が呼んだ助っ人の橘享也さん。警備部所属のSPで、私専属のボディーガード的存在。

よく助けてくれている。

助けてくれているけど…


「終わってないです。というかすごくいい雰囲気だったのに急に『終わりました?』って聞かれるの嫌です。もうちょっとほっとした雰囲気にいさせてください。」


「申し訳ございませんね、雰囲気読めなくて。ですがこれ完全に警察沙汰の事件ですのでそろそろ地方警察にこのこと知らせたほうがいいと思うんですよ。この二人も、来る途中に倒れてた一人も放っておけないですし、何より今回は空様以外の被害者が出ていますから。」

相変わらずの嫌味っぽい口調で私に正論を連ねる。

まあ確かにそうなんだけどさ、そうなんだけどさ。

「もうちょっと感動的な感じにしておいてもらってもよかったじゃないですか――!」

「却下です。ほら、一番近くの交番に電話してそこまで運びますよ。」

「えー…」


私のため息を無視して、橘さんは携帯を取り出している。

柳田さんはしばらくあっけにとられたように私たちを見つめていたけど、くすくすと笑いだした。

「なに?」

拗ねたように私が聞く。

「ううん。橘さんと四宮さんがこんな風に話してるのが意外で。」



「あれ、柳田さん、橘さんのこと知ってたっけ?」


「うちのお父さんが仕事柄、橘さんのこと知ってるから。何回かあったことがあるの。」


そういや柳田さんのお父さんって警視総監だとか言ってたな。

橘さんは私の専属ボディーガードみたいになる前は警察官としての階級高かったみたいだし。


「橘さん、初めて会った時は敬語しか使わないまじめな人、って感じだったのに今日はすごく表情豊かだから。仲いいんだね。」

新しいおもちゃでも見つけたかのように、彼女は笑う。

「えー、そんなに仲良くないよ。今の会話聞いてた?

それに確かに私も初めて会った時はまじめそうな印象だったけど、

ちょっと一緒にいたら案外情緒不安定で猫かぶりなことが分かったし。」


「情緒不安定?猫かぶり?」


「そうそう。情緒不安定に猫かぶり。例えば――」


「空様~」

橘さんがぬっと嫌な笑みで私たちの間に割って入ってきた。

「他の警官と連絡がつきました~。何人かこちらに来てくれるので、あの三人は運ばなくていいのだそうです~。よかったですね~。」

目が全く笑ってない満面の笑み。

私はもはや橘さんのこの表情も見慣れているが、柳田さんは焦っている。


「そして、柳田様。」

彼女はビクッと肩を震わす。

「先程お母様に事情を説明させていただきました。交番まで迎えに来るそうです。なのでそろそろ移動したほうがいいかと。」

「あ、は、はい!」


怒られると思ったのだろう。

柳田さんはさっきからビクビクしている。

橘さんの悪口言ったのこっちだから大丈夫なのに。


さっきのお返し、という具合に私はくすくすと笑った。



***



気絶している三人の処置は来てくれた警察の人に任せて、私たちは一緒に歩いて交番に向かう。

「それにしてもやっぱりすごいね、四宮さんは。強いのは知ってたけど、度胸っていうか、勇気が人間離れしてる。」

歩きながら、柳田さんに話しかけらる。

「えー、そうでもないよ。私、勇気も度胸もないし。ただ無理やり教えられたことがちょっと役立ってくれただけ。」

柳田さんはフルフルと頭を横に振る。

短い栗色の髪が揺れた。

「違うよ。だって自分より倍くらい大きい人に立ち向かえる人なんて、そうそういないもん。私だってできないし。四宮さんがすごいんだよ!」

橘さんは何も言わないが、私たちの会話を盗み聞いているのはわかる。

「…ありがとう。」

私はつぶやいて、キラキラとまぶしい柳田さんの目から視線を外した。

そんな優しくて素直な瞳に見つめられたら誰でもひるむ。

底知れない優しさが、可憐な主人公みたいな雰囲気が、柳田さんの長所なのだろうと思った。



事情聴取を数時間にわたりされて、

車で帰っていった柳田さんを見送ったあとに私は交番から歩きだした。

隣には橘さん。

橘さんを雇ったのはお父さんだ。そして一応お父さんにはなるべく橘さんと行動しろと言われたのだが…面倒くさいからいつも一人で帰っている。一人でいることを橘さんやお父さんに反対されたこともあったが、私は橘さんの雇い主の娘であり、橘さんより立場が上。それに私が結構強いっていうこともあって、なにかあったら電話することを条件に一人で帰ることをお父さんと橘さんに許してもらった。


今日は大きいトラブルを起こしてしまったので、念のためらしい。橘さんは私についてきている。


にしても遅くなったなーー…


現在時刻5:00、オレンジ色になった空がきれいだった。


遅くなったけど…

家に帰るのだるいーー!

私は立ち止まって大きく伸びをする。

ずっと座りっぱなしで動かなかった筋肉がほぐれていく。


私と一緒に立ち止まった橘さんのため息が耳につく。

「…今家に帰るのだるいとか思ったでしょう」

「なんでわかったの?」

橘さんはたまに私の心を読むことがあるからちょっと怖い。


「ねえ橘さん、


もう猫かぶらなくていいよ?」

再び歩き出しながら橘さんに振り返る。

「むしろ素の橘さんのほうが接しやすいから二人きりの時はなるべく猫かぶらないでほしいな。」


橘さんの表情が冷たく変形する。

そして何か言いかけて、諦めたように息を吐いた。

「仕事だから敬語で話すと言っても聞かないんだろ。」

さっきとは全く違う、化けの皮の下の橘さんが姿を現した。

「そんなに嫌そうにしなくてもさ…

私はただ橘さんともうちょっと仲良くなりたいだけで、その一歩として口調を崩してほしいな、と。」

「護衛対象にこんな口調で話してんの聞かれたら幻滅されるっつーの。お前の命令だからしょうがなくやってっけど。」

すごく失礼な動作で橘さんは手を額に当てている。


橘さんはこれでも、超つよの元ヤンだ。だから本来は口調も荒いし容赦ない。

でも私は敬語を使われて妙な距離感をとられるより信頼しあえる関係になりたい。

だから荒い口調で罵られても気にしない。

くすくす、と一気に増えた橘さんの眉間のしわに笑う。

「なんだよ」

不機嫌そうに言われるが、増えたしわにもっと笑いがこみあげた。

「なんでもない。」

笑いを隠すために顔をそむける。


今、橘さんはもっとしわを寄せて不機嫌そうにしているのだろう。

疲れないのかな。あんなにしわ寄せて。

精一杯しわを寄せてみると、数秒で疲れてしまってまた笑う。


そういえば。どうなるんだろうな、あの不良三人。


彼らはさっきやっと目が覚めて、いろいろ事情聴取されている。

いい気味だ。これに懲りてもう人が嫌がることはしないでほしい。

にしても…

彼らの見事な金色の髪は交番からしばらく歩いても超目立つ。

明らかに「不良です」みたいな感じを出していた。

「金髪かあ…」


私は風に舞った自分の長い黒髪を、立ち止まって数秒間見つめる。

「どうした?」

橘さんに怪訝そうな顔をされる。


そんな顔に向かって私は少しだけ口角を上げた。

「ねえ、橘さん。寄り道、ちょっと付き合って。」




***



数時間後。

家の、父の部屋にて。




「いい加減にしろっ!」

 

数百万はする長いテーブルに、お父さんは

バン!

と手をたたきつけた。


その振動がこちらまで伝わってくる。

あー、大丈夫かな、テーブル。

いつもお父さんにガンガン叩かれてるから壊れかけてないかな。


私はついさっき金色に染めた髪をかきあげながら、お父さんを無視。

お父さんに叩かれたテーブルが大丈夫なのかを気にした。



お父さんはぎゃあぎゃあと子供みたいに叫び続ける。

「お前は一体何をしている。

今日もまた喧嘩した上に髪をそんな色に染めただと?

お前は自分が四宮財閥令嬢であり、四宮財閥次期当主であることも忘れたのか。

四宮家に恥をかかせるな!」


さっき寄り道してきたのは美容院。自分が持っていたお小遣いを使って髪を金色に染めてもらった。


私はため息をつく。

まあ髪は染めたけど。喧嘩は人助けのためにしたんだってば。


それに大の大人、しかも四宮財閥当主が誰かが髪染めたくらいでこんなぎゃあぎゃあと取り乱していいの?うるさい。

わざと椅子で音を立てて

立ち上がる。


「私は四宮財閥次期当主になりたくない。

それだけなの。

四宮財閥の恥だろうが何だろうがどうでもいいから。」


私はなるべく目力をこめてお父さんをにらむ。


けど

私を眺めるお父さんの目は私より断然威圧的だ。

「…っ」

少し怯む。

日本の貿易会社の半分以上を運営、管理している四宮財閥の社長の圧倒的カリスマ性、というところだろうか。

「お前がならないならだれがなる。

会社を継ぐことはお前の義務だ。」


この令和の時代に自分の家を継がなきゃいけないなんて義務、あるんだろうか。

普通、もっと選択肢くれるよね。

私は再びため息をつく。

「そんな義務、ない。

っていうかさ、この頃この会話、毎日してるよね。

なんでわかんないの?

私は当主になりたくない。

お父さんの会社を継ぎたくない。

それにお兄ちゃんを当主にすればいい。

目が見えなくても、本人もなりたいって言ってるし、そのための勉強もめちゃくちゃしてる。

なんで認めてくれないの?」


私には四宮司という、3歳年上兄がいる。

だから次期当主は本来、私の兄の役目のはずだった。

けど司にいは

生まれつき目が見えないのだ。

治療法はまだない。

司にいはその時点で次期当主は無理だろうと判断された。

私が3年後に生まれたときは、めちゃくちゃ重宝されたらしい。

まあ次期当主候補が見つかったんだからね。

でも私は全く嬉しくない。


お父さんは目をもっと鋭く光らせる。

「司がただの役立たずだからだ。

それが事実なのはお前が一番わかってるだろう。」


私は唇を噛む。

ーー自分の息子を役立たずと呼ぶ父親こそ、

父親として役立たずだと思うけどね。

そしてぼそりとつぶやく。

「本当、最低な父親だね」


「何か言ったか」

お父さんが尖った口調で言う。

「…何でもない」

私は答えると、


部屋の出口に向かう。


「まだ話は終わってないぞ」

お父さんがそう邪魔したけど、


「ーー司にいを邪魔者扱いして、私の意思も全然尊重してくれないお父さんと長話しても時間の無駄だし。」

私はそう言ってドアに手をかける。


お父さんは表情をゆがめる。


そして

「私は次期当主に絶対ならない。」

と言い残して、私は部屋を出た。

ありがたいことに、お父さんには特に止められなかった。




***





私は立派な屋敷の廊下を歩く。

そして何十とある部屋の中から、自分の部屋を見つけてその中に入る。


私はベッドの上に寝転がる。


さっき引っ張られた腕が痛い。

金髪の髪が月明かりに照らされている。


私は自分の現在の現状に、

またため息をつく。


私は四宮財閥次期当主

それと同時に

ーー今日から不良です。


…ちょっと待って。

いきなり私の家庭の事情聞かされて意味不明だったよね。

説明しよう。

私は四宮空。

四宮財閥、日本の貿易の半分以上の取引を支配する貿易会社の、一応、次期当主。

次期当主になるための英才教育も受けている。

でも私は嫌なんだ。次期当主なんてまっぴらごめんだ。

だって貿易とか経済とかのこと勉強しても、まったく楽しくない。

楽しくないことを無理やりやらされて将来幸せに生きれるわけがない。

だから今までいろいろな方法でお父さんを説得しようとしてきた。

話し合い、喧嘩をし、なんで次期当主になりたくないかの理由を挙げ、プレゼンテーションまで作り、あーだこーだあーだこーだ頑張ってきた。

でもお父さんは

私の話をぜんっぜん聞いてくれないのだ。

だから最終手段として不良になってみることにした。

これは数日前から多少やってきたこと。

ちなみに昨日は不良たちのバトルに乱入してそこにいた全員気絶させてみた。

でも不良としての生活は、髪を金色にした今日から本格始動だ。

四宮財閥次期当主が不良だと知られ渡れば、四宮財閥のイメージは必ず、少し悪くなる。

そしてそんな出来損ないが次の当主なんかになったら、絶対に他の会社から信頼をなくす。

それが目的だけど…はたしてうまくいくのだろうか。

だっていままでいろいろ否定されまくってたもんなーー。

不安だけど

あの長い黒髪は、相当名残惜しいものだった。


ーー私のまっすぐな黒い髪は私と

死んだ母親の唯一の接点だった。


私はお父さん似で、少し顔が怖いのも、背が高いのも父親譲りだ。

けどきれいな長い黒髪だけは

ママとおそろいだった。

だから結構思い出深いもの。

お父さんもそのことを知っている。

その覚悟に免じてなんかしてくれれば楽なんだけどな…

そんなものでお父さんを説得できていればこんなに悩んでいない。

しょうがないけど頑張って不良を演じてみるか。

ってそもそも

不良って何すんだ?


4度目のため息をついた時、


コンコン、


と私の部屋のドアがノックされた。

そのノックした人物が誰なのか大体の想像がつく。

私はベッドから起き上がる。


「どーぞ」


私が言うと、ドアが開いて、

司にいとそのアシスタントが姿を現した。


司にいはあからさまに怒っていた。

「空、何やってるんだ!聞いたぞ

今日は喧嘩してきたうえに、髪も染めたって…」


司にいはアシスタントに助けられて私のベッドの隣にある椅子に座る。

アシスタントは司にいを座らせると、司にいの 合図?を見て部屋から出て行った。


「しょうがないでしょ

次期当主なんて嫌なんだもん。

それに私の気持ちをわかってくれないお父さんが悪い。」

私はそれを見て、口をとがらせる。


司にいは輝きのない目で私をにらむ。

「…俺が言いたいのはそういうことじゃない。


俺に次期当主の座を譲るためにそんなことをするのはやめろって言ってるんだ。

何回も言ってるだろ。

父さんと真剣に話をしてみるとか、ほかにやりようがあるはずだ。

怪我をしてまでそんなことをするなら、俺は次期当主になっても嬉しくない。」


私は輝きがないながらも決意を見せた目をまっすぐに見れなくなる。

「私も何回も言ってるけど、

他にやりようがないからこういうことをしてるの。

真剣に話すだけですべてが解決するんだったらとっくにそうしてる。

…本当は髪まで染めたくなかったし」


司にいは表情を歪める。


私は続ける。

「それに、私は次期当主は嫌だからやってるだけだし。

司にいも四宮財閥を継ぐのが夢なんでしょ。

だから別に大丈夫。

司にいは心配しなくてもいいよ。」


司にいはため息をつく。

「…

大丈夫じゃないだろ


お前は自分の黒髪が母さんとの唯一の接点だと思ってたはずだ。

それをなくして大丈夫なわけがない。」


あまりにも図星で、私は黙り込んでしまう。


「ーーほらな」

しばらくの沈黙の後、司にいは苦笑いを浮かべる。


私はそれを見て、少しむっとする。

「ち、違うもん。大丈夫。たかが髪の毛だし!これが済んだらまた黒に戻すし!本当に大丈夫だから。それに私は司にいが四宮財閥次期当主になるのを応援してるわけじゃない。

いや、してるけど…私が反抗するのは司にいを次期当主にしたいからじゃない。

ただ私自身がこの四宮財閥を継ぎたくないっていうだけ。私のわがままだよ。

だから司にいは気にしなくていい!

もう毎晩お父さんに怒られたあとに来なくていいよ。」


司にいは寂しそうに目を細めた。


傷つけちゃったのは理解しながらも、司にいから顔を背ける。


「…もう出てって。

明日学校だし、寝る。」


司にいは心配そうな表情を浮かべたけど、

私がもう何も話さないことに気が付いて、アシスタントを呼ぶ。

「空」

司にいは部屋を出るときに、そうつぶやく。

「自分には正直でいろ」


私はその言葉を無視して枕に顔をうずめる。


司にいのため息と、

ドアが開いて、閉まる音がして、私は顔を上げた。


んなこと言ったって、

どうすればいいのよ」

私は明るく光る月に向かって、

そうつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ