ひぐらしの青い蝉時雨
夕方。地平線の向こうへと太陽が落ちていく光景。燃えるように赤く染まった雲が空を覆っていく。公園で友達に手を振る子供。制服姿の青年達。スーツ姿の背が大きな男性にいち早くかけよる小さな少年。少しでも太陽へと伸ばそうとする花々。残ったもみ殻を持ち帰ろうとする小鳥。
ビルの中層から覗く光景はいつも多様で艶やかでいて、騒がしい。あたかも音楽のようで聴き心地が良い人がいればそうではない人もいるような光景だ。ベランダ越しに広がる風景はいつも移り変わり、何一つ同じであることはない、ただ一つを除いて。だが、光景も、音も、匂いも、温度も。色褪せない風景に身を任せるこの一瞬だけはなににも代えがたい。
突如、騒がしいサイレンが鳴り響いた。再三聞き飽きた音は耳障りでしかない。サイレン源である車両に集まる人々はあたかも砂糖に群がる蟻のようだ、何度この光景を目にしたか。
すると、自分の部屋からも騒がしい音が鳴り響いた。一定した緊急を要する音。音の出所は知っているからかそこまで驚きはない。だが、いつも心臓に悪い。そしてこの音がすると次に起こることは決まっている。
「大丈夫ですか?」
白い制服姿の女性。私が答えるは「大丈夫です」の一言。しかし女性はうろたえた表情で、青ざめた表情で立っている。こちらが答えても耳に入らないようだったが、私は声を掛けて4度目ほどでようやく理解した。ああ、そういうことか、と。
夕焼けの空へと、一匹のヒグラシが病室を飛び去っていった。