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病は気から  作者: うちこ
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病は気から 1

家の近くの大型店舗の近くでとある仏教の詳細を聞いたときに思ったこと感じたことを、フィクションにのせて書いたものです。

私が聞いたのは数ある仏教の宗派の1つにすぎないので考え方が片寄っているかもしれません。気を付けますが、お気づきの点があれば教えていただけると嬉しいです。

こういった小説を書くのは初めてで私小説とは呼べないものになるかも知れませんが、暖かい目で見守ってください。

至らない部分は多々あるとは思いますが、この小説を楽しんでいただけたらと思います。

「ただいまー。」


俺が仕事から帰ると、狭い家に線香の煙の匂いが充満していた。

(またか……)

荷物をいったん2階の寝室に置き、1階にある座敷、仏間に戻ると、やはり妻が仏壇の前にいた。手を合わせるでもなく、ただぼんやりと遺影を見つめている。

部屋の外から声をかけると、そこで始めて俺が仕事から帰ってきていたことに気づいたのか、申し訳なさそうに苦笑いをした。

「おかえりなさい。いつ帰ったの?」

「ついさっきだよ。晩飯はあるか?」

俺の質問にまた、妻は苦笑いをした。

「じゃあ、今日は俺が晩飯を作るかな。連日外食じゃあ痛風に罹ってしまう。」

俺の冗談に少し笑ってくれたが、顔には影がかかったままだった。俺が晩飯を作るために台所に移動し始めても妻は仏壇の前から動かなかった。仏壇から離れられない呪いでも貰ったんじゃなかろうか。……もしそうならまだやりようはあったのかもしれない。除霊を依頼するとか。しかしそれではあの呪いはとけない。なぜなら、今妻を仏壇前に縛り付けているのは俺たちの一人息子の遺影だからだ。妻がああなっていなかったら、俺が支えなければという覚悟が生まれなければ、俺も息子の遺影に縛られていた自信がある。



息子が死んだのは今から2月前だ。その日の前日の夜まで雨が降り続いており、空は青々としていたが、川は増水し氾濫する寸前だった。小学生だった息子は徒歩での登校で、川のそばを通る通学路を使っていた。心配した俺や妻が今日は送っていこうかと聞いたが、友達と一緒に登校するのが楽しみだったようで首を縦に振らなかった。

土色に濁った川に一抹の不安を覚えながら出社してすぐ、警察から会社に電話があった。俺の息子が川で溺れたと。

すぐに上司に説明し、運び込まれたという病院に向かった。そこには沈痛な面持ちの執刀医らしき医師と泣き崩れる妻がおり、全てを察した。

遠くで控えていた警官が事の次第を説明してくれた。息子たちは川の様子を少し見て川から離れた方の歩道を渡っていたそうだ。しかし、横断歩道を渡る際に川の近くを通る別の班を見つけ、最上級生である息子が代表して危険を伝えに行った。しかし、そこで運悪く足を滑らせて……。近くに大人がおり、正しい救助をしてくれたため川からすぐ上げることは出来たが、川の中で頭をぶつけたらしく、その出血が一番の原因らしい。警官には慰めと息子の勇気を讃える言葉を頂いたが、俺は上の空だったはずだ。息子の死は本当にショックだった。将来の夢を妻に言うのは恥ずかしいのだと俺に語ってくれた。息子だけでなく自分の未来も絶たれた気分だった。それでも正気に戻れたのは、日頃から回りの目を気にしていた妻が病院の人がよく通る廊下で一目を気にせず泣き崩れていたからだ。妻の様子に俺がしっかりしなければと覚悟を決め、言われるがままされるがままに息子の葬式を進める妻にこれから何があっても支え続ける誓いを立てた。



妻は、あれから段々と顔の血色が悪くなっていき、体調を崩す日が増えた。相談所や病院を進めてみたが、家から出る気力が起きないようだった。一度、電話で病院の医師に相談したが、病院に一度来ていただかなければ処方箋を出せないと言われてしまった。しかし、無理やり妻を外に連れ出すのもなんだか憚られて、病院に行けずにいる。友達にはお前が支えるんじゃなかったのか、お前が連れ出さなきゃ悪化するぞ、と厳しい言葉を貰った。それでも俺は妻を連れ出せずにいる。病院に行くぞと声をかければ着いてこようとはしてくれる。しかし、動きは緩慢だし、手は小さく震えている。その様子を見ると、どうしても妻に無理をさせているような気分になり、外に出たくないならまた今度にするか?と言ってしまう。そこで妻も否定しないものだから今では病院のびの字も出せなくなった。



ある日、大きなスーパーで食材を買った帰り道、駅の近くでビラを配っている集団がいた。暑い日だったので、助けになればと思いそのビラを受けとるために近づいた。すると、近づく俺に気づいたのか集団の中から青年がこちらに駆け寄ってきた。

「お兄さん、大丈夫ですか?」

青年の言葉に苦笑いした。お兄さん、と呼ばれるような歳はとうの昔に過ぎている。

「ビラを配っているんですね。」

「え、えぇ。」

「一枚貰ってもいいですか?」

「勿論、構いませんが、お兄さん本当に大丈夫ですか?」

顔色が悪いですよ、と続けられてようやく疲れが顔に出てしまっていたことに気づいた。

「いや、少し疲れてまして。気を遣わせて申し訳ない。私は大丈夫ですよ。」

妻に私に負けないくらい顔色が悪いですよ、とは言われていた。妻に自分の状態の自覚があるのか、とその時は妻の自分の不甲斐なさから出た皮肉かと思ったが、実際に初対面の青年に心配させてしまうほど顔に疲れが出ていたらしい。そして正しく俺は疲れていたのだろう。

「こんな若輩でよければ話聞きますよ。」

という青年の言葉に頷いてしまった。


立ったまま暑い中で話すのは申し訳ないので近くの喫茶店に移動した。移動中に青年らが配っていたビラの内容を聞いた。どうやら青年らは宗教家で、皆でビラを配り宣伝していたらしい。どんなことをしているのかと聞けば、神様を敬い、人の幸せを願う詩を決まった時間に詠み、時々こうして自分達の幸せを分けられるよう宣伝をしている、という回答が返ってきた。もっと詳しく聞いてみたい気もしたが、目的の喫茶店に着いていた。奥まった場所の席で俺は小声で妻や息子の事を話した。青年は聞くのが本当にうまかった。適当なところで相づちを打ち、時には泣きそうになっている俺が話しやすいよう優しく言葉を促してくれた。おかげで話す気の無かった自分の心の内まで話してしまった。

「お兄さんは凄いですね。」

話し終わり、コーヒーを飲んで一息ついたとき青年がポツリとそうこぼした。顔を上げると青年と目が合った。そこでようやく自分の心の内が外に漏れたのに気付いたようで、慌てて馬鹿にしたわけではないと弁解した。俺は馬鹿にされたとは感じていなかったが、その言葉の真意が気になったため青年の弁解を止めずに先を促した。

「本当に馬鹿にしたわけでなく、」

「それはもう分かりましたから。」

「……息子さんが亡くなられて、自分も悲しみに暮れたい気持ちもお持ちでしょうに、妻のためとそれを圧し殺し、平然と見せているように感じられて。その振るまいを自分は真似できないと思ったもので……。すみません。」

「謝らないでくださいよ。反応に困ります。しかし、私の振る舞いはあなたにはそう感じられたのですね。」

少し苦笑いしてみせると青年は不思議そうな顔をした。その顔から、本当に私の事を純粋に凄いと感じていることがありありと感じられて少し後ろめたい気持ちになった。

「確かに妻のためと圧し殺している部分もあるかもしれませんが、大部分は自分のためなんですよ。圧し殺していないと、息子の死と向き合おうとするとどうしても身体に力が入らなくなる。家に引きこもり、悲嘆に暮れ、一日中泣き通したくなる。でも、それはできない。」

「なぜ?」

「私が妻を支えなければならないからですよ。私まで悲嘆に溺れれば、既に溺れている妻を助けられる人が居なくなってしまう。」

俺も妻も親戚はあまりいない。いても遠くに住んでいるため助けは望めないだろう。

「やっぱり、俺はお兄さんのこと凄い人だと思います。」

「だから、」

「自分のためと言いながら、考えの根本に奥さんがいるじゃないですか。」

虚をつかれた気分だった。でも、すぐに納得がいった。先ほど自分が言った言葉を思い出したからだ。誰が溺れた妻を救うのか。それはきっと俺しかいないし、俺以外に任せることも出来るならしたくない。

「これ、俺の電話番号です。今日俺が渡したビラを読んでみてください。信じがたい事ばかりかもしれませんが、読んで損する事はないので。」

青年はこれからバイトがあるらしく、慌ただしく片付けを始めた。喫茶店の代金は話を聞いてくれたお礼に、と払わせて貰い、お互いに礼を告げて帰路についた。


その日の夜、妻に青年の事を話した。

「どうりで。」

すると、妻は納得がいった、というような顔をした。先を促せば顔色が今朝よりも良くなっていると言われた。

「話を聞いて貰ったからかもしれないな。」

そうね。と頷く妻は嬉しそうだが、やはり顔から影は消えなかった。

「貰ってきたビラ、一緒に読むか?」

「え?」

「まだ読んでないんだ。せっかくだから一緒に読もう。」

買い物袋に入れっぱなしにしていたビラを引っ張り出し、机に広げた。一番に目に入ったのは中央の神様らしき人の像の写真だった。

「この人がその宗教の神様かしら?」

「だと思うよ。こんなド真ん中に載ってるし。」

写真の周りに細かく書かれた文字を追っていくと、信じるものは救われるだとか、神様は貴方をいつも天上から見ているだとか、ありきたりなことが書かれてあった。妻に感想を聞こうと隣を見ると、ビラに顔を向けたまま動きが止まっていた。妻が見ていたのは、丁度死後の世界について書かれている部分だった。

「そこが気になる?」

俺が聞けば、こちらに顔を向け、罰が悪そうな顔をした。俺がそんなに神様などを信じていないことを知っているから、興味があることを悟られたくなかったのだろう。首を横に振ろうとした妻を制し、

「じゃあ、俺の話を聞いてくれた青年に連絡をとってみよう。詳しく教えてくれるはずだよ。」

と言った。

「いいの?」

「俺の考えをお前に強要するつもりはないからりな。あぁ、話を聞きに行くときは俺も行くからな。好青年だとはいえ、二人きりにさせるのは嫌だからな。」

おどけた調子でいえば、妻はまた笑ってくれた。心なしか影が薄くなっている気がした。

前書きは固すぎやしなかっただろうか?と心配です。まだ続きますので、次話でもよろしくお願いします。目を通していただきありがとうございました。

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