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34.悪戯は迷惑なもの



 歩くこと十分ほど。外壁の隙間から緑豊かな庭が覗く屋敷に辿り着く。

 建物や外壁は何年前から建っているのか尋ねたくなるくらい古びていて、幽霊屋敷と呼べそうな見た目をしている。本当にこんなところに精霊の泉なんてものがあるのだろうか。

 門の前で入るのを躊躇っていると、ヨナが真っすぐ屋敷の中に突入していったので、僕も慌ててついていく。

 押して門を開くと、ギィと錆びついた音を立てる。

 精霊の泉なんてファンシーな名前が付いている割にはなかなかホラーだ。


「僕ここで合ってるか不安なんだけど」

「話の内容的にここ以外ないでしょ?」

「そりゃあそうなんだけどさ。こうも不気味だと不安だよね」

「……たしかに」


 気を紛らわすために話をしながら前に進んでいると、急に頬に暖かいものが当たった気がしてビクッと体を震わせてしまう。

 慌てて手を頬に当てて見るが、特に何か普段と違うものがあるわけではなかった。


「どうしたの?」

「いや、何か頬に当たった気がしてさ。気のせいだったみたい」

「そっか。じゃあ行こう」


 そう言ってずんずん奥に進んでいくヨナ。

 その後ろをついていくと、やがて道が二つに分かれていた。

 看板には、『泉に御用の方は左へ、屋敷に用の方は正面へ』と書かれている。僕らは一度顔を見合わせ合った後、二人そろって左の道を進む。

 木のトンネルと表現するのが正しいだろう。緑色の葉に囲まれた曲がりくねった道を進んでいくと、暗い道なのになぜか心が落ち着く気がする。

 歩くこと二分ほど。目の前に広がる光景に僕らは目を奪われた。

 木々の中に一か所だけ陽が差す場所があり、光のカーテンのように幻想的な輝きを生み出している。そのカーテンの先には澄んだ湧き水があり、風で小さな波を立てている様子は、たしかに精霊が住んでいると言われてもおかしくないような美しさだった。

 二人揃って「ほう……」と息を吐いてそれに見惚れる。

 どれほどそうしていただろうか。急に首筋に冷たい物が当たってビクッと体を震わせてしまう。

 僕が震えたことにヨナは気が付いたようで、バッとこちらを見た。


「どうしたの?」

「何か首に冷たい物が――」

「水滴とかじゃなくて?」

「別に濡れてるとかって感じじゃないけど……」


 首元をさすりながら首を傾げる。そうしていると、びゅうっと強い風が僕の髪を撫でた。

 王都内で強風とは珍しいなと思いながら乱れた髪を手櫛で直していると、ヨナが目を丸くしてこちらを見ていることに気が付く。


「どうしたの?」

「今、どうして髪ぶわってなったの?」

「どうしてって――風吹いたよね?」

「いや、わたしに風は来てないけど」

「いやいや、ヨナの方角から吹いてきたって」

「わたしには当たってない……」

「…………」

「…………」


 たしかに、ヨナの髪に乱れた様子はない。

 その意味が分かって――僕は背筋が凍るような気持ちになった。

 おまけにその瞬間に鼻先に何か暖かいものが当たったものだから、柄にもなく「うぎゃあ!」と声を上げてしまった。


「よ、ヨナ、もう出よう。ここやばい。今何か暖かいものが僕の鼻先を――」

「おやおや、だいぶ精霊に好かれているようだねぇ」

「「っ!?」」


 急に後ろから聞こえた声に、僕らは揃ってビクッと震え、慌てて後ろを向いた。

 そこには杖を突いた一人の老婆がいて、古びた椅子に腰かけていた。

 ちょうど入口からは死角になる位置。入った時には気が付かなかったが、おそらくずっとそこにいたのだろう。

 色素の抜け落ちた白髪に、皺の刻まれた皮膚。しかしその目は若々しく、こちらを探るような目をしていて何となく居心地が悪い。

 するとそれに気が付いたのか、柔らかい目線に変わった。


「あはは、ごめんなさいね。ずいぶんと精霊に好かれているみたいだから面白くって」

「好かれている、ですか?」

「ええ。あまり精霊が人に悪戯をすることは少ないのだけれど、あなたにかまってほしいみたいね。長年色んな人を見てきたけど、あなたほど好かれている人は初めて見たわ」

「構うと言われても僕には見えませんが……長年ってことは、あなたがここを管理している……?」

「ええ。夫が商会の偉い人でねぇ、遺産を残してぽっくり逝ったんだけど、息子もいなくてねぇ。道楽でこの屋敷を買ってこうして泉を見ているの」


 道楽で屋敷を買うとは、やはり金持ちの考えることは違う。僕も買おうと思えば買えるくらいの稼ぎはあるだろうけど、わざわざ買おうと思わないし、やはり基本的な考え方が違うのだろう。


「ちなみに、どうして二人はここのことを知ったの? あまり知られていない場所だから気になって」

「えっと、わたしの知り合いのフェルナンドに紹介されて……」

「ああ、あの子ね。あの子はねぇ、よく来るんだけど面白いくらい精霊に嫌われててつい笑っちゃうわ。ちなみにあなたたちの名前は?」

「キノア・フォルクスと言います。こっちは同僚のヨナ」

「ど、どうも。ヨナできゃっ!」


 老婆に頭を下げようとした瞬間、急にスカートがめくれあがってヨナはかわいらしい悲鳴を上げてスカートを抑えた。

 ……うっかり見えてしまった下着のことは口に出さないでおこう。


「ごめんなさいね。精霊たちは悪戯好きなの」

「い、今のも? っていうか、今キノア見たっ!?」

「あ、えっと――」


 嘘を吐くのは申し訳ないが、本当のことを言うと恥ずかしいだろう。そう思って一瞬言葉を濁したのだが、それだけで僕が見たのかどうかわかってしまったのだろう。ヨナは顔を真っ赤にして、プルプルと手を震わせた。


「き、キノア。精霊って魔法で死ぬ?」

「何物騒なこと言ってるの!?」


 ヨナの手に魔力が集まっているのが感覚でわかって、僕は慌てながらそう言って止める。

 長居すると今度はどんな悪戯をされるのかわからないので、僕らは老婆に頭を下げてさっさと『精霊の泉』を後にしたのであった。




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