41話 らしく
しばらくすると、体育館内が騒がしくなり、舞台袖からも生徒たちが集まってきたのを理解する。
もうすぐ、生徒会選挙が始まる。
緊張は全くしていない。僕のすることはただの雨竜上げだし、聴いてる奴らを納得させるだけの簡単なお仕事だ。
「そろそろだな」
生徒会の手伝いを終えた雨竜が、僕の隣に立つ。僕より失敗できない立ち位置のはずだが、僕同様緊張している様子はない。
「お前、原稿は?」
「覚えてるから問題ない」
何を言うか知らないが、多くの司会者や演者辺りを敵に回しそうなセリフである。さすが生徒会長立候補者、信任される前から頼もしいこって。
「お前こそ原稿、ってそんなタイプじゃないか」
「ふざけるな、僕がどれだけ石橋を叩いて渡るタイプか知っての発言か?」
「へえ。じゃあスピーチ練習してきたのか」
「何言ってんだお前。人間は会話がコミュニケーションの主流、なんで話すのに練習がいるんだ」
「まさにコミュニケーションエラーを起こしてるお前のために必要だけどな」
失礼な奴だな。僕ほど愚民どもを説き伏せるのが上手い人間も他にいないというのに。会話とスピーチの違いについては言及しないでください。
「雪矢」
「なんだ」
「らしくいけよ」
「はっ?」
唐突に雨竜から、意味不明なことを言われてしまう。
「こちとらお前にお硬いスピーチなんて求めちゃいないからな、教室訪問みたいにふざけてきてくれ」
「教室訪問はお前の指示だっただろうが! というかふざけるのが僕のデフォルトじゃねえよ!」
「そいつは失礼。そこまで元気なら問題ないな」
「はあ?」
『皆さん、まもなく生徒会選挙を開催いたします。静かにしながらお待ちください』
雨竜にさらなる謎をぶっかけられた直後、マイク越しの堂島先輩の声が響き渡る。どうやら始まるらしい。
『それでは、これより生徒会選挙を開催いたします』
体育館が静寂に包まれ、現生徒会役員による進行が始まる。
『なお、今回の立候補者は1名のため、信任投票となります。信任投票のルールとしましては』
生徒会選挙の説明が始まるが、隣の男のせいで僕の頭には入ってこなかった。
雨竜は結局何が言いたかったんだ。らしくいけって、推薦スピーチなんて適当に立候補者褒めて終わり。誰が言ったって何も変わらないだろ。それなのにコイツは、どうしてわざわざあんなことを言った。
『それでは青八木雨竜君の推薦人、廣瀬雪矢君。壇上へ上がりください』
頭の中がごちゃごちゃしたまま、僕の名前が呼ばれてしまう。
ステージ上に準備されたマイクの方に向かうが、当初言う予定だった雨竜を褒める当たり障りのないフレーズは消えてしまっていた。
ふざけやがって、選挙活動では僕をいいように使って、スピーチ前すら意味不明なことを言って僕を混乱させる。お前は楽しいかもしれないがな、こちとら迷惑千万なんだよ。
『青八木雨竜は、ムカつく奴です』
頭に血が昇った僕からは、思ったことがマイク越しにスルスルと飛び出していく。
『こっちの努力を嗤うかのようになんでもこなすし、愛想笑いも張り付いていていけすかない。そのくせしつこい時はスッポンみたいに張り付いてくる、はっきり言って嫌な奴です』
生徒たちがざわつき始めたような気がするが僕は知らん、僕をここに立たせた雨竜が悪い。
『僕がこんな風に言ったって真に受ける人なんていないでしょう、そういうコミュニティを形成できてるのもイラッとくるし、挫折の1つでも味わってくれって思ったことも少なくないです』
僕は、初めて雨竜に絡まれた時のことを思い出していた。
たかだか一テストで負けただけの相手に馴れ馴れしく絡んでくる男、そいつのせいで僕の学校生活は無茶苦茶になってしまった。
誠に遺憾ながら、付き合いはそれなりに長い。だからムカつくことも知っているし、その逆もまた然りではあって。
『でも、そんな僕でも青八木雨竜以上の生徒会長はいないと確信しています。散々愚痴を言おうとも、コイツで良いとなってしまう能力はあるんです』
ムカつくのは青八木雨竜がすごいからである。どんなに現実から目を背けようともそれが事実であり、認めなければいけないことなのだ。
『青八木雨竜を信頼する方々、後押ししましょう。言わずとも勝手に期待に応えてくれます。青八木雨竜の活躍が面白くない方々、困らせましょう。無理難題をぶつけて彼の困った顔に浸りましょう、案外解決して学校生活が豊かになるかもしれません』
認めた上で刃向かった方がよっぽど人生は楽しめる。わざわざ学生のトップに立ってくれると言うんだから、都合良く利用してやればいいんだ。
言いたいことを言い切って、ふと我に返った。
いったい僕は何を熱弁していたんだ。人様の注目を浴びたくないと思いながら、アホなことを言い続けてしまった気がする。雨竜の良いところを適当に言って終わる作戦はどこにいったんだ。
『い、以上! 余計なことを言いました、忘れてください』
逃げるように舞台袖に戻ると、少し遅れて拍手が喝采された。あんなグダグダなスピーチに拍手? ここの生徒は頭がおかしいんじゃないか。
「ユッキー最高!!」
晴華の幻聴まで聞こえる始末。どうやら僕の方もおかしくなっていたらしい。当然だ、でなきゃあんな支離滅裂なことを言う訳ない。早く医者にかからなければ。
「くっくっく、忘れてくださいって何だよ……!」
そして全ての元凶たる次期生徒会長さまは、これからスピーチがあるというのに緊張感なくお腹を押さえて蹲っていた。そのままウ●コ漏らして伝説になりやがれ。
「さすが推薦人、まさか笑いで俺をリラックスさせてくれるとは」
「そんなつもりでスピーチしてねえよ!」
全校生徒の前で自分の悪態をつかれたというのに1ミリたりとも気にしている様子がない雨竜。それどころか力一杯笑ってるんだから天才って怖い。
「100点満点だ、ナイススピーチ」
本気なのか揶揄っているのかよく分からない爽やかな笑み。
良かった、蘭童殿や真宵を推薦人にしなくて。あのスピーチに満点付ける馬鹿の手伝いなんてさせたら病んじゃうかもしれない。




