7話 別の感情
晴華に彼氏ができたと聞いた時、僕は耳を疑った。僕にとって神代晴華は、青八木雨竜の恋人最有力候補だったからだ。クラスは一緒、部活も男女別とはいえバスケ部で一緒、交流が深い2人はそのまま恋人同士になるものだと思っていた。
しかしながら、噂は本当だった。本人の口からバスケ部の元部長と付き合ったと聞かされた。どうしてそうなったのか聞いても晴華からは曖昧な返答しか返ってこず、僕個人の晴華への関心は薄れていく。雨竜の恋人になれない人間に興味はなかったから。失望に満ちた視線を向け、これ以上関わることはないと思っていた。
『ちょ、ちょっと待ってユッキー!』
僕の態度が露骨だったせいか、そこで晴華は僕に真実を告げた。
バスケ部元部長からは、そいつが引退する時に1度交際を申し込まれたことがあったらしい。当時晴華は断ったらしいが、そいつから友人関係でいてほしいと言われ彼女も快く了承したそうだ。
そこからバスケ部元部長の受験の息抜きで何度か遊んだりバスケをしたりしていたらしいが、1月にもう一度告白されたとのこと。ただし、形だけのもので良いという条件付きだったらしい。恋人らしいことは要求せず、晴華に好きな人ができたら別れても良い。その代わり、晴華がそいつに好意を持ったら正式に交際をする。晴華も最初は申し訳ないからと断っていたらしいが、相手の強い想いにより付き合うことにしたそうだ。
それを聞かされた僕は、すぐさま晴華に解消するよう訴えたが、1度オーケーしたものを反故にできないと言って聞かなかった。そうして今に至るわけだが、晴華からそいつと正式に付き合ったという話は聞かない。
何が言いたいかというと、コイツには彼氏への配慮が足りていない。彼氏に悪いという感情が働かないから、誰に対しても普段通りの行動を取る。だから周りも、晴華に対してチャンスがあると誤認する。全ては晴華が、彼氏に恋人としての好意を持っていないためである。
「……そんなことないもん」
僕の断言が癪に障ったのか、晴華は頬を膨らませて僕に反論する。
「先輩と付き合ってから、いろいろ考えるようにしてるもん。どういう話をしたら先輩が食いついてくれるかとか、どこへ遊びに誘ったら喜んでくれるかとか」
「それは好意じゃない、お前が相手に気を遣ってるだけだ。正しい恋人のあり方とは思えんな」
「それでも今までとは違う、ユッキーみたいに変わろうとしてるよ」
急に僕の名前が出て目を見張る。
「夏休みに一緒に出掛けたとき少しだけ話したよね、ユッキーは変わろうとしてるって。あたしたちのこと名前で呼んでくれるようになったし、前より付き合いがよくなった」
「……」
「あたし、嬉しかったよ。ユッキーの変化で、嬉しいこといっぱいあった。だからね、あたしが変わって喜んでくれる人のために頑張ってみようって決めたの」
晴華は穏やかに笑った。胸に手を当て、目を細めて口元を緩める。
夏休み、ハレハレと原宿に出掛けた時、晴華とそういう話をしたのは覚えている。僕が変わっていることに対し、自分も変わってみようと彼女は言っていた。美晴みたいな落ち着きを得るとかふざけたことを言っていたせいで薄れていたが、晴華が変わりたいと言っていたのは彼氏とのあり方についてだったか。
「先輩に甘えていつまでも逃げてちゃいけないと思うし、恋愛ってガラじゃないとはいえ」
「お前がガラじゃなかったら誰が当てはまるんだよ」
「初恋してる人ならみんな当てはまるよ、あたしなんかよりよっぽど」
相変わらず、恋愛というジャンルについてはポンコツの女王だな。こんな見た目だし、誰とでも仲良くしたがるやつだから恋愛経験は豊富だと思っていた。フタを開ければ友人関係を何より心地よいと思ってるなんて分かるわけない、それが分かっていれば雨竜の恋人最有力候補だなんて思うこともなかっただろうに。
「お前さ、雨竜に恋愛感情は沸かなかったのか?」
晴華の初恋がまだだと言うなら、ずっと交流してきた雨竜に対しても友だち以上の感情が沸かなかったということになる。これから彼氏との関係を変えていきたいと豪語する晴華だが、あの青八木雨竜に揺らがなかった女が恋愛感情を育む未来が見えないのが正直なところである。
「そういえばユッキー、あたしにウルルンと付き合って欲しかったんだっけ?」
「そりゃな、僕の中では誰もが納得する理想のカップルだ」
誰もが納得するが故に、反乱分子も出てこない。僕に対して何か言ってくる女子も居なくなり、安寧な学校生活が待ち受ける。そんなシナリオが1年の間に完結しているはずだったのに、随分長い延長戦が続いてる。
「うーん、友だちにもお似合いとか言われてたけど早とちりだよ」
晴華は腕を組みながら軽く頭を傾げる。
「確かにウルルンのことは好きだけど、そんなの友だちだったら普通だと思うし。ウルルンとは共通点が多かったから他の男子より話しやすいってのはあったけど」
共通点というのはクラスや部活、コイツらなら人気なんかも当てはまる。楽しいことだけじゃなく苦労していることも似ているから、さぞ会話も捗ったことだろう。
「ウルルンってほんと苦労人だからね、あたしなんか霞んで見えちゃうくらい。一緒に過ごす度にウルルンの凄さを実感させられるというか」
「あいつの話なんて半分以上は創作だと思った方が良いぞ」
「だね、嘘でしょって数回言った記憶あるよ」
僕からすれば、晴華の体験談も創作みたいなものだと思っているが。テレビに出ている芸能人なんてもっとファンタジーな経験をしてるんだろうか、UMAと遭遇してたら場所を教えてください。
「だからなんだろうね、ウルルンにはもっと別の感情が沸いたかな」
「別の感情?」
初めて聞いたことだった。別の感情だなんてわざわざ変な言い回しをしたんだ、ただの友情とは違うことだと思うのだが。
「うん。その話は保健室に着いてからね、体育祭の件とも関係あるからさ」
「体育祭? ますます分からん」
「あらら、ユッキーにしては察しが悪い」
「帰る。話聞かん」
「冗談! 冗談です! ジュース奢るから許して!」
「だからすぐ引っ付くな!」
お嬢さん、これからどう変わっていくだって?




