19話 夏休み、茶道部3
出雲、雨竜と話した1週間後、僕は準備を進めて集合場所である陽嶺高校へやってきた。
電話した日と打って変わって雲一つない晴天、視界が揺れてしまいそうなくらい憎たらしい暑さだ。
そんな天気でも野球部らしき掛け声がグラウンドから響いてくるのだから恐ろしい、どうして試合に勝ち上がれないんでしょうね。
「おっ、時間通り来たわね」
汗を拭いながら校門から生徒玄関の方へ向かうと、中型バスをバックに2人が立っていた。
1人は制服を身につけた御園出雲、今回僕を茶道部の合宿に巻き込んだ張本人である。こちとら暑さにしかめ面しているというのに対照的なスマイル、なんかイラッときた。
それと、あまり似合わない青のジャージを身につけた女性が1人。
「廣瀬さん、おはようございます」
「おはようございます」
眼鏡をクイとあげながら表情を崩さずそう言ったのは、茶道部の顧問で今回引率する戸村先生である。1年生の現代文を担当しているため直接の関わりはないのだが、失礼のないようにと事前に出雲から色々と教えられた。その行いは僕に対して失礼なのだが、ご理解されてますでしょうか。
「廣瀬さん、あなたの素行については職員室でも話題になっています」
「あはは、それほどでも」
「褒めていません」
眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。軽いヒロセズジョークだったんだが、この人超怖いですね。僕の担任、長谷川先生で良かった。長谷川先生もさぞ嬉しいことだろう。
「御園さんがどうしてもと言うので今回はあなたの同行を許可したのです。くれぐれも粗相のないように」
「モチの論之助です」
「はい?」
「勿論と言いました」
「そうですか、前向きな返答が聞けて良かったです」
一切表情を変えずにやり取りをする戸村先生。この人、いちいち反応が恐ろしいんですけど。良かったと言うならもうちょっと柔和な面持ちにならないだろうか。
しかしながら、出雲への信頼感がすごいな。職員室でも話題になるような男を、一生徒のお願いで部活に同行させるなんてあり得ないと思うが。日頃の行いってやっぱり大事なんだな、僕には一生無縁なワードだ。
「ただまあ、御園さんの言うことも一理あります。このまま茶道部が女子生徒だけの部だと思われてはいけません。活動日誌に載せ、誰が入部しても問題ないことを案内していかなくては」
「そうですね」
「ただまあ、同行が廣瀬さんでいいのかという不安はありますが」
「まあまあ、彼も佐伯君以外とは面識ありますから」
やべえ、出雲がフォローに入るくらい嫌われている。一体職員室でどんな話が繰り広げられていたらここまでになるのだろう。放送室に忍び込んで昼休みに『○エールと○トリーヌ』を流したのがいけなかったんだろうか。一部生徒にはめちゃめちゃ好評だったんだが。
「おい、本当に僕が居ても大丈夫なのか?」
戸村先生が先にバスへ乗り込んだタイミングで僕は出雲に声を掛けた。こんなに警戒されていたら居心地も良くないぞ。
「大丈夫よ。ああ見えて戸村先生、コメディには寛容なのよ?」
「なあ、僕らちゃんと会話してる?」
しかもコイツ、僕をコメディというジャンル扱いしなかったか? しっかりやればいいのかふざければいいのか分からなくなっただけで最悪の返答である。
「あと、事前に言ったが僕は今日帰るぞ?」
「それは大丈夫だけど、合宿場まで親御さんがいらっしゃるってことでいいの?」
「ああ、父さんが来てくれる」
茶道部の合宿、宿泊ということで問題ないか家族会議を行ったが、母さんが断固として首を縦に振らなかった。勉強合宿は問題なかったというのに、茶道部合宿は日帰りでしか許されなかったのである。まあ僕はどっちでもいいからいいのだが、相変わらず母親は何を考えているか分からん。
「あら、それは楽しみね」
「何が?」
「あなたのご家族、初めてお会いするもの。こっちだけ家族見られてフェアじゃないわ」
「なんだそりゃ」
出雲が愉快そうに口元に手を当てるから何事かと思いきや、とてつもなくどうでもいいことだった。他人と親との接触なんて楽しいものじゃないと思うがな。でも梅雨は楽しそうにしてたな、父さんが素晴らしすぎるから仕方ないね。
「まあ去年の学園祭来てるけどな」
「はい!? どうして言わないのよ!?」
「言ってどうするんだよ、会って挨拶でもするのか?」
「素行不良を正すようお願いしようかと」
「残念だが父さんにそれは効かない、僕のことが大好きだからな」
「すごい自信ね」
「ちなみに僕も父さんが大好き、相思相愛だ」
「そこまで断言できる関係ってのもすごいわね」
「だろ、もっと褒めていいぞ?」
「それにしても今日暑いわね、何℃になるのかしら?」
あからさまに話題を変えやがった。委員長のくせして同じクラスの生徒の言葉を無視するなんて、リコールを要求するぞこん畜生。
「というか全然来てないな、もう集合時間過ぎてるぞ?」
ただいまの時刻は午前8時32分。僕が受けた集合時間を既に2分が過ぎている。朱里やあいちゃんが遅刻するようには思えないが、茶道部とはこうも時間にルーズな集団なのだろうか。いやいや、戸村先生が顧問でそれはないか。怒ったらすごい怖そうだし。
『大丈夫よ。ああ見えて戸村先生、コメディには寛容なのよ?』
……待てよ。まさかここで先程の出雲の言葉が活きてくるというのか。冗談だと思ったが、あの先生本当にコメディが好きなのか。
だとするなら今、茶道部ではおそらく『遅刻の理由はなんだろ選手権』が行われているということ。とても茶道部がやる活動とは思えないが、先生がコメディ好きなら納得できる。だからこそ茶道部員は誰も来ず、審査員の出雲だけが来ているというわけである。
なんだ茶道部、こんなに面白い部活動だったのか。油断していた、朝の1番目から随分強烈なものを用意しているじゃないか。ここでウケるかどうかで今後の立ち位置が変わってくるというわけだな。そういうことなら僕もしっかりと皆の生き様を見届けようじゃないか! さあこい!
「過ぎてないわよ。あなただけ集合時間30分早いもの」
なんでやねん。