2話 指導
青八木君こと青八木雨竜は、僕の隣の席に座るクラスメイトであり、スポーツ万能やら成績優秀、眉目秀麗やらを兼ね揃えた完璧超人である。
そんな彼は当然女生徒にもモテていて、入学して一年以上経過した今でも、告白する生徒が後を絶たない。それだけならば勝手に青春やってろという話なのだが、直接彼に声を掛けられない恥ずかしがり屋たちがこうして僕を間に挟んでくるのである。今更腹は立たないが、正直言って面倒くさい。
だから僕は、彼女たちの手助けをしてさっさと雨竜に恋人を作らせたいと思っているのだが、成果がないまま半年近く経っているのが現状である。僕の平穏はいつ返ってくるのやら。
「あの、渡していただけるんでしょうか?」
沈黙が長かったせいか桐田朱里が不安そうに僕を見てくるが、一旦無視。
僕は渡された手紙を見て、最初に思ったことを伝えた。
「今時手紙?」
今日みたいに雨竜への告白に僕を利用しようとする女子は多くいたが、手紙を持ってきたのは初めてだった。意外かもしれないが、話すきっかけがほしいとかプレゼントをしてほしいというのはあれど、手紙はなかったのである。
「えっと、その、直接気持ちを伝えるのはその、恥ずかしくて」
「だったらメールでもラインでもすればいいだろう、そっちの方が断然早い」
「だって私、青八木君の連絡先知らないし……」
「何?」
あの腐れ八方美人野郎の連絡先を知らないということは、ほとんど接点がないということではないだろうか。
「それに、手紙の方が気持ちが伝わるような気がして」
「成る程、じゃあこれ見てもいいか?」
「はい?」
不安げな様子から一転、怪訝そうな視線を送ってくる桐田朱里。
どうした、難しいことは言ってないのに聞き取れなかったのだろうか。老化が懸念されるがそれならば仕方ない、もう一度言ってやろう。
「だから手紙の中身を見ていいかと聞いているんだ」
「……ダメに決まってるよね?」
「何故だ?」
「えっ、いや、普通ラブレターって当人以外には見せないでしょ?」
「成る程。君がそういう考えならば仕方ない。100パーセントフラれるが雨竜に渡しておいてやる」
そう言って僕は踵を返して階段を下りる。雨竜は部活に出ていて教室には居ないし、僕も適当に時間を潰すことにするか。最悪明日の朝に渡すでもいいだろう、部活が終わるまであいつを待ってるの面倒だし。
「ちょ、ちょっと待って!」
「うげげ!!」
突如後方から襟元を引っ張られ、必然的に首が絞まる。
「ご、ごめんなさい!」
「ごめんじゃねえよ殺す気か!?」
しかも階段を歩いているところで引き留めるなんて、一歩間違えれば大怪我だってしかねないというのに。
「その、さっきのってどういう意味?」
「あっ? さっきのって?」
「えっと、100パーセントフラれるっていうの……」
どうやら桐田朱里は、僕の捨て台詞を強く気にしたらしい。そういうつもりで言い放ったので作戦成功である。
「どういう意味も何も言葉通りだよ。君は雨竜にフラれる。以上」
「な、なんで? まだそんなの分からないじゃない?」
「じゃあ逆に聞くが、連絡先すら知らない相手に告白されて君は男と付き合うのか?」
「っ!」
「君の手紙に何が書かれているか知らないが、当たり前のように告白したって返事すらされないで終わると思うぞ」
言いたいことをはっきり述べると、桐田朱里は完全に沈黙した。返す言葉がないらしい、完全論破である。
初対面で悪いがこの弁明を譲るつもりはない。何度僕が敗北の山を築いたと思っているんだ、まあ負けていったのは僕ではなく雨竜に告白した女子たちなのだが。
「……分かった、そこまで言うなら見てもいい」
「見てもいい? こういう時はお願いするんじゃないのか?」
「見てくださいお願いします!」
何だか投げやり気味にお願いされてしまったが、僕はとても義理堅い。ここまで話を聞いた以上最後まで付き合おうじゃないか。
「よかろう、僕が一男子生徒として助言してみせよう」
「……一男子生徒?」
頭にハテナを浮かべている桐田朱里だが僕には関係ない。
僕は真っ白な封筒に入れられた便せんを取り出した。