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三章 紡がれた詩の果て(2)


     …*…


 正門を抜けると、いつもとは違う空気が学園内を包み込んでいた。聞こえてくるのはサークル活動をしている生徒の声ばかりで、活気と共に熱気に溢れている雰囲気がある。

 普段は学園祭や体育祭などの行事でしか味わえないような声音に、エリヴィアは不思議なものを感じずにはいられなかった。

 これが、休日の学園内か……。

 物珍しそうに視線を巡らせながら、その足はセイ=ラピリス科の校舎に向けて着々と進めていく。空を見やれば久々の晴天で、透きとおった青空の中を空島テルンが悠々と浮かんでいた。視界の端で、真っ白な雪がキラキラと輝いている。

 澄んだ空気を胸一杯に吸い込むと、気分も空のように清々しくなって仕方がない。エリヴィアは今日が良い日になるのではないかと、とう感じずにはいられなかった。

 こういった天気の良い活気づいた日は、きっと何か良いことが起こるはずだ。

 玄関を抜け、正面の階段から三階までのぼると、特別教室の方へと足を向ける。四つあるうちの最奥さいおう――音楽室が、今日の集合場所だ。

 校庭や体育館、クラブ棟から聞こえてきた声は今はなく、校舎内は異様な静けさを含んでいる。こちらもまた普段とは違った姿を見せており――しかし先刻のような明るい気持ちには、到底なれそうもなかった。どちらかといえば、不気味かもしれない。

 足音が嫌でも響いてしまうのを聞きながら、エリヴィアは音楽室の前で立ち止まった。足音が余韻を残しながら、吸い込まれるように消え去っていく。

「あ、エリィじゃん! おはよー」

 すると背後から元気な声に呼びかけられると、エリヴィアは出しかけていた手を思わず引っ込めた。

 本当はいつもの光景が見えたような気がして胸をなでおろしていたのだが、それは悟られずにすんだようだ。とことこと駆けてくるティアナを見えると、エリヴィアはいつものように手を振った。

「おはよ。今日はやけに張り切っているね」

「もちろん! だって皆で勉強だなんて、なんか楽しそうじゃない!」

 見た目でも解るほどの弾んだ足取りで駆け寄ってくると、ティアナはエリヴィアの前で着地をするようにぴたりと足を止める。楽しそうというのは嘘ではないようだ。

 腰を振って「今日こそは詠唱えいしょうできるようにするんだー」と言っているティアナに声援を送ると、エリヴィアはそっと扉をスライドさせる。

 扉が開くと、真っ先にティアナは駆け込んでいった。エリヴィア「危ないなぁ」と言いつつも彼女の後に続き、音楽室へと足を踏み入れる。するとそこには、既にアルベルトの姿があったのだ。

 しかし彼はそれこそ昨日と同じように辛そうな表情を浮かべながら、ただぼんやりと足の先を見つめ、壁に寄りかかっているではないか。まるで闇を見つめているかのような悲しげな表情に、エリヴィアはまた胸が痛くなるのを感じる。いや、それ以前にえも言わぬ恐怖さえ感じていた。

 私……この表情、ずっと前に見たことがある。

 だがそれが何かも解らぬうちに、ティアナに飛びつかれたアルベルトは困ったような笑顔に変わっていた。そこにはもう、普通の少年としての姿しか残っていない。

 しんとした空間を、二人の笑い声が満たしていった。まるで自分だけがおかしな物になっているかのような、おかしな光景を見ているかのような、そんな気さえしてくる。頭の中で、何かが出口を求めてうごめき始めた。

 あれは一体、何なのだろう……。

「エリィ、どうしたの? 早く入って来なってば」

 するとティアナの口から、いぶかしそうな言葉が紡がれていく。

 茫然としていたエリヴィアは気の抜けた返事をすると、表面上の笑顔をその顔に浮かべながら音楽室に入っていった。

 あれは気のせいよ。きっと私の思い違いなんだわ。

 目を瞑り、大きく一呼吸する。扉を閉めると、存外大きな音が背後に聞こえた。自らで出した音だというのに、胸は暴れ狂ったように鼓動を速めている。

 しかしそれにさえ気づかないふりをすると、エリヴィアは二人のもとまで歩んでいった。

 気が焦っているためか、音楽室がやけに広く感じられる。足は鉛が入ったように重く、息は苦しく、まるで近づいていはいけないと本能が叫び声をあげているかのようだった。どうしてか、心の底が薄らざ向くて堪らない。

 気のせいよ。

 エリヴィアはもう一度、心中でそう唱えた。

 それから教室の隅に鞄を置くと、エリヴィアの視線はさくさくと鞄の中からノートや筆記具を取り出しているティアナに当てられる。

「ねぇ。グレインは待たないの?」

「いいの、いいの。だってエリィと来ない時のグレインは、遅刻の常習犯でしょ? 待っていたら日が暮れちゃうし、勉強はできるに越したことないもん」

 だが素朴な疑問を口にするエリヴィアをよそに、ティアナはあっけらかんとそう言うと、手をひらひらと振りながら一冊のノートを取り出した。彼女はそれをぺらぺらとめくると、あるページを流し読みしてから威勢よくノートをピアノの上に置く。

 幾つもの音階が混じり合ったようなくぐもった音が、それと共に余韻を残して響いていった。エリヴィアはティアナが広げたノートを覗き込むと、なるほどねと頷く。

 さすが、ティアナは解っている。

「ま、せっかくだし。まずは大本命の詠唱構成学と詠唱学を同時進行しましょっか」

 呑気な表情を浮かべながらティアナは言うと、二人の方へと向き直った。

「……詠唱、構成?」

 しかし、それが何なのかさっぱり解っていない様子のアルベルトは頭を悩ませるばかりで、

「あ、そうか。アルベルトはまだ授業を受けていないんだよね」

 エリヴィアは今思い出したとばかりに目を丸くすると、ティアナのノートを手に取り、アルベルトにも見えるようにと近づいていった。ノートを覗き込むと、アルベルトの銀色の髪が肩から滑り落ちてゆく。

「詠唱構成学っていうのは、簡単にいえばセイ=ラピリスとしての力を使う時に唱えなきゃいけない言葉や音階を学ぶ科目ね。私たちがセイ=ラピリスの力を使うため詠唱をするには、まずそれぞれの――私たちだったらアヴェン・セイ=ラピリスとして必要とされるうたうたわなきゃいけないでしょ? でも、ただ単に詠うだけじゃダメで、ちゃんとその詩の意味を知らなくちゃいけないわけだし、それを各々がきちんと想いをこめて構成しなくちゃいけないの。そういう基礎的なことを学ぶのが、この教科よ。それで、その詩を唱えた時に、実際にどのような効果が出るのかを学ぶのが詠唱学ね」

 エリヴィアはそう言うと、心配そうな顔をしているアルベルトの背中を叩いた。果たしてそれが自分にできるのか、不安なのだろう。

「大丈夫。いざとなったら私も手伝うし、勉強熱心なティアナもいるし。皆で力を合わせていきましょ」

 冬の柔らかな日射しが、窓から差し込んでくる。

「ありがとうございます」

 アルベルトがそう言うと、三人はそれぞれの分野に打ち込み始めた。

 小鳥が歌いながら、窓の外を飛び去っていく。


「――ここは『小さくならないで』よりも、『怯えないで』の方が良いでしょうか」

 そう訊ねてくるアルベルトのノートを覗き込むと、エリヴィアは文章を目で追っていった。そこにはほぼ完成された詩が書いてあり、思わず驚嘆してしまう。だが、

「そうね。前文が短い言葉だから、書き直した方がいいかな? んー、どっちの方が音が取りやすい?」

「……そう、ですね……」

 エリヴィアからの問いに今一度自らの詩を真剣に見つめると、アルベルトは小さな唸り声を口から漏らした。

 アルベルトは初めて構成するとは思えないほど、すらすらと詩を書き始めていた。

 確かに最初は授業で習った内容の説明や罪人シャーザンへの対応、そして罪人シャーザンを蝕んでいる負の力を与えた異端者セルフェナに対する知識などを一通り話してはおいたのだが、経験上、それでも詩を書くとなれば筆がなかなか動かないということもエリヴィアは知っている。授業でそれを言い渡された時も、クラス中の誰もが悩みあぐねたのだ。それを「はい、解りました」と言ってやってのけてしまうのだから、驚きである。

 口の中で詩を転がしているアルベルトを見やりながら、やっぱり彼はすごい子なんじゃないのだろうかとエリヴィアは思っていた。創造力もあれば集中力もある。なんというか、彼からは見習うべき点がたくさんありそうだ。

 エリヴィアは自らのノートを手にすると、創作中の詩を目で追い口ずさんだ。先ほどからグレインも加わったため、音楽室内には三種の詩が流れている。

 問題の個所を何回も何回も繰り返し唱えているアルベルトは、口元に手をあてながら眉間にしわを寄せていた。

 大きく息をつき、もう一度初めから詠い出す。額に薄らと浮かんだ汗を、震える手の甲でどうにか拭い取った。小さな詩が、他の音階と重なって流れてゆく。

「アルベルト? 顔色が悪いけど、どうかしたの?」

 だが明らかに体調が悪そうなアルベルトに気づくと、エリヴィアは慌てて彼の腕を掴んだ。ノートが音をたてて床に落ち、広がっている。

 ところがアルベルトはいつものように笑みを浮かべると、ふるふると首を横に振ってきたのだ。口からはまた荒い息が吐き出され、途切れ途切れの言葉が紡がれてゆく。

「すみません。実は最近、よく眠れなくって……たぶんそのせいだと思います。心配しないでください」 

「でも……」

 汗をかいているというのにアルベルトの顔は青白く、また制服越しからでも解るほどに震えている。いくら医術に詳しくないエリヴィアとて、今のアルベルトが平気ではないことは容易にうかがえた。そうでなければ、こんな状態になるはずがない。

 それでも頑なに「大丈夫です」と言い張っているアルベルトは、どこか怯えたような様子にも見えて堪らなかった。一人でいる時の、あの思い詰めたような色が天色あまいろの双眸に浮かんでくる。エリヴィアはそれをしかと目にすると、今度こそ戸惑いを抱かずにはいられなくなってしまった。

 やっぱり、この表情をどこかで見たことがある気がする。でも、それはどこで?

「どうした?」

 すると、二人の言い合いに気付いたのだろう。近くで詠唱の練習をしていたグレインはそう言うと、短剣を鞘にしまいながらこちらにやってきた。守護石のヘミモルファイトが、淡い水色を輝かせながら、やがて上着の裾に隠れてゆく。

「グレイン……」

 エリヴィアは気が動転しそうなのをどうにか押さえながら、グレインに向かって声をかけた。けれど、そこから先の言葉が続かない。

 アルベルトが、大変なの。体調が悪そうなの。

 胸の中で、そんな言葉が大きな声をあげている。しかし大丈夫だと泣きそうな顔で言ってくるアルベルトのことが脳裏に浮かんでくると、その言葉も出せなかったのだ。

 彼のためにも言いたくて、彼のためにも言うことができない。

 瀬無せない気持ちに押しつぶされそうになると、何も言えずに空気だけを食んでいる口をきゅっと閉じた。視線を中途半端に彷徨わせる。視界の端でアルベルトの足が微かに震えており、苦しさが一段と増してくるかのようだった。

 今まで聞こえていた一切の音色が消えると、代わりにもう一つの足音が近付いてきた。

 ため息とも返事とも取れる吐息が、目の前から聞こえてくる。

「取れば、休憩。もうお昼も近いし」

 その言葉にはっとして前を向くと、いつもと変わらないグレインがエリヴィアを見つめていた。ぶっきらぼうな言い方とは反して、腕組みをしてふんと息を吐いている。

「ティアナも良いだろう?」

「もちろん。適度に休憩は入れなきゃだもんね」

 ただ、グレインのこの態度が偉ぶっているのではなく、照れ隠しであるということをエリヴィアは知っていた。きっとアルベルトの体調のことを解って、そう言ってくれたのだろう。

 二人はそう言い合うと、柔らかな表情を向けてきてくれた。心の中を巣食っていたわだかまりがとけていく。

「ありがとう」

 エリヴィアはそう言うとアルベルトの腕を掴み、教室の端へと連れていった。壁にもたれかかるようにして座るアルベルトにカーディガンをかけてやると、水筒に入っていた紅茶を注いだ。まだ温かいのか、紅茶はゆらゆらと白い湯気を上げている。

 あまり心配をしないという気配りを決めた二人の詠唱や筆記具が走る音を聞きながら、エリヴィアはアルベルトの隣に腰をおろした。未だに青白い顔をしているアルベルトは、額に張り付いた銀色の髪を指で払うと、そのまま掌で目元を覆っている。

「ねぇ、飲む?」

 注いだ紅茶を手に取ると、エリヴィアはアルベルトにそれを勧めた。彼は小さく頷きながら、温かい紅茶をちびちびと飲んでいく。

「すみません。俺のせいで、手間取らせてしまいまして」

 しばらくしてから、アルベルトは心に沁みわたる澄んだ声色でそう言ってきた。しかし普段よりも、声量は格段小さい。

 それが体調のためなのか申し訳なさなのかは解らなかったものの、エリヴィアは首を横に振ると、いいのよと答えた。アルベルトの表情が、ほんの少し和らいでくる。

「でも、こういう時は無理をしちゃいけないのよ。アルベルトは休むことが迷惑だって思っているかもしれないけど、そんなことないんだから」

 あなたが倒れでもした方が、私たちに心配をかけるんだからね。

 最後にそう念を押すと、アルベルトはもう一度すみませんと謝ってきた。だが先刻までとは違い生気に満ちた色をしていて、エリヴィアは内心ほっとする。完璧とまではいかないが、それでも着実にアルベルトの体調は回復に向かっているのだろう。

 視線を前に向けると、空島テルンの浮かぶ青空を背景に、グランドピアノにのせたノートを睨みながら詠唱をしているティアナと、その手前でノートに喧嘩を売っているグレインの姿が見えた。ティアナは詠唱をしようとフローライトの輝く短剣を手にし、うーんと唸っている。

 詠唱をするためには、各々の守護石をはめた短剣と詩が必要になる。短剣とはオルヴィニアとセイ=ラピリスとの間で盟約を交わし、セイ=ラピリスとしての力を人々に与えるための、いわば一つの媒介ばいかいだ。そのためセイ=ラピリスは詩を詠う前に、必ず短剣を通じてオルヴィニアと盟約を交わさなければならないという暗黙のルールがある。

 盟約の方法は人それぞれだが、守護石に手をかざしたり口づけをするといったのが一般的な方法だ。しかしながら明確な方法というのはなく、ようはセイ=ラピリス本人の生気が伝わるのなら、別にどのような方法を使用してもいいのだ。

 ディネイ・セイ=ラピリスの詩を口ずさんでいるティアナは、しかししっくりこなかったのか、途中でその詩をやめてしまった。またしても頭を抱えていると、同じく頭を抱えていたグレインが彼女のケープを引っ張り、ノートを見せてくう。二人はあれこれと言葉を交わしていたものの、最終的にグレインは乱暴に頭を掻いている始末だ。どうやらこれといった案は出なかったらしい。

「あの、エリヴィアさん」

 そんなすぐには上手くいかないもんね。

 二人の姿を見てそう思っていると、隣から控えめな声をかけられた。顔を向ければ、アルベルトは言ってはいけないことを口にしてしまったかのような表情をしている。

「どうしたの?」

 しかしそれに気づく前に口が動いてしまって、エリヴィアは内心やってしまったと悲鳴を上げた。二つの詩が紡がれていく中、気まずい空気が流れていく。

 だがエリヴィアが狼狽ろうばいしている間に意を決したのか、アルベルトは瞼を瞬かせると、ほんの少し唇を濡らした。すっと息を吸い込む音が、やけに生々しく聞こえる。

「その、変なことを尋ねしますが……編入してくる以前に、どこかでエリヴィアさんとお会いしましたっけ?」

 すると彼は、そんなことを言ってきたのだ。

 まさかの質問に、形容しがたい衝撃が押し寄せてくる。

「いや、ないと思うけど」

 もしアルベルトと会ったことがあるのだとしたら、絶対に忘れることはないだろうとエリヴィアには断言できた。何しろ、アルベルトは近寄りがたいほどに美しい少年なのだ。これほど強く印象に残るものを見て忘れるなど、エリヴィアには考えられない。

 半ば放心状態に陥ってしまったエリヴィアはそれだけを言うと、あとは彼を凝視するだけだった。

 けど、どうしてアルベルトはそんなことを聞いてきたんだろう……。

「そうですか」

 アルベルトは顔を伏せると、悲しそうに肩をおろした。いつもとはまた別の、純粋な悲しさがその顔には浮かんでいる。

「実は俺、二週間ほど前からの記憶がないんです。ですけどエリヴィアさんとは初対面のような気がしなかったので、もしかしたらと思ったんですが……すみませんでした」

「謝らなくていいよ。でも、大変だったんだね」

 気づいた時には、エリヴィアはそう言っていた。しかし時が経つにつれ、アルベルトの言っていたことがとんでもないこことだという実感がわいてくる。

 もしかしたら、初めて会った時からずっと見え隠れしている深い悲しみには、それが関係していたのではないだろうか。

 思えば思うほどエリヴィアは何とも言えない気持ちになり、唇をかみしめた。

 記憶がないだなんて、私にはそんなことなど想像もできない。いきなり今までの記憶が全部消えちゃうだなんて、そんな……。

 ひっそりとした空気が、二人を包み込んでいった。お互い浮かんでいる表情は、けして明るいとはいえない。どこか暗欝あんうつとしている。

 何かを言わなければとは感じているのだが、それもまた浮かんでは来なかった。けれど、このままでは場が持たないことも感づいている。

『どうしよう』。そればかりが頭の中に浮かんでは消えていった。

 私はバカだ。アルベルトがそんな悩みを抱えているとは知らずに、どうしてセイ=ラピリス科に来たのかって思っちゃったりして――。

「そういえば、どうしてアルベルトはアヴェン・セイ=ラピリスを専攻したの?」

 すると「これだ」と感じて、リヴィあはそんなことを訊ねていた。後々になって話題を誤ったと思うも、アルベルトはエリヴィアを見ると邪気のない笑顔を向けてくる。

「この通り、俺って口べたで人見知りが激しくて。本当はセイ=ラピリスなんて似合わないなっていうことは解っていたんです。ですけど教会に住んでいる分、セイ=ラピリスの力で人々を救っている場面を目にする機会が多かったんですよね。だから、もしもするんだったら誰かのためになれることをしたいなって思いまして」

「そうなんだ。実は私も叔父が司教だから教会にいることが多くって。そういうのを見ていたら、何かを守れる人になりたいなーって思っていたんだ」

 目標までは、まだまだ遠いけどね。

 エリヴィアがそう言うと、アルベルトはゆっくりと首を横に振った。

「そんなこと、ないですよ」

 しかし、たったそれだけの言葉だというのに、エリヴィアは自信が湧いてくるような気がしてならなかった。現金だということはエリヴィア自身、重々承知している。けれど、

「アルベルトは優しいね」

 身体が芯から、ほんのりと温かくなっていく。

 二人は顔を見合せると、ぽつりぽつりと言いたいことを話していった。

 青い空には、雲一つ浮かんでいない。



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