終章 そして詩は紡がれる
「結局さ、呼び出しって何だったんだよ」
お日様が燦々(さんさん)と光を浴びせている道を辿りながら、グレインは呟いた。
「んー。なんて言うんだろう。昔の因縁ってやつ?」
「なんだよそれ、わけ解んねぇ」
「私もよく解んないんだよね」
本当、昨日のことなんてまるで夢のようにしか思えない。
聖女とか、生まれ変わりとか、異端者とか。正直どこまでを信じていいのか、私には解らなかった。
けれどあそこで見た光景、やった行動。それは決して夢じゃなかったんだということを、首すじに残る傷と筋肉痛が教えていてくれた。
……まあ、詠唱をして右手が痛むということがなくなっただけでも嬉しいんだけどね。
すっかり膝よりも高く降り積もった雪が、そこらじゅうを白で覆っていた。それを久しぶりの陽光が、キラキラと輝かしいばかりに輝かせてくれている。
まるで星の世界にでも迷い込んだかのような錯覚。
それともこんなに楽しいと思えるのは、こっちも久しぶりに平和が訪れてくれたからかな?
のんびりとした歩調で、二人は歩を進めていく。
「でも、やっぱりエリヴィアが告白なんかされるわけねぇよなー。マジでティアナの発言があった時にはビビったけど――」
「いやぁ。あったっていえば、あったよ」
「……へ?」
「告白」
すっかり「今日も平和だ」という顔をしていたグレインの表情に、途端にぴしりと亀裂が入った。言ってからエリヴィアも、まずい奴に暴露してしまったと後悔する。
そうだった。つい和やかな空気に流されて言ってしまったけれど、こいつ、私の恋愛全面否定派だったっんだっけ?
だが、時すでに遅し。
「うわぁぁぁぁぁあああ!! 今日で世界が滅びるんだぁ! だからこんなにいい天気なんだぁ!」
長閑な風景にひどく不釣り合いな叫び声がこだましていったのだった。
「おっはよー。朝からお疲れだね、お二人さん」
緋色のリボンで結わった髪をぴょこぴょこと揺らしながら、ティアナがやってきた。来た方向から考えても、どうやらそれまではアルベルトに付きまとっていたらしい。
ティアナは面白そうに私たちの顔を覗き込むと、「しわ増えるよ?」とさりげない注意をしてくれた。もっとも注意をしたところで、将来はしわくちゃになる予定だ。特に気にもしない……が、
「……認めねぇ。俺はぜってぇ認めねぇからな」
「いいわよ、もうどうだって。むしろ認めないでいてくれて構わないから」
この陰気臭いグレインを気にするなと言われれば、それは無理な話だった。玄関はおろか正門を通る前から、ずっとこのテンションなのである。
私だって嘘みたいな話だとは思うものの、だからといって他人にそこまで否定をされては、なんかもうどうでもよくなってくる。むしろ「どうぞ勝手に想像でも妄想でもしてください」と言ってやりたくなるから不思議だ。
「それより、早くこっち来なって! すごいよ」
ずもんと一人で梅雨を丸ごと抱え込んだような表情をしているグレインを放置しておくと、そう言ってくるティアナの方へとエリヴィアは歩いて行った。元より席がアルベルトの隣なので、どっちみち行かざるをえないのだが。
アルベルトの席にへばりつくかのようにしているティアナを見て、それから何かを真剣に書いているアルベルトへと視線をやった。書いているのは文章のようだが、それでもやけに楽しそうな雰囲気が窺える。
クラスメイトが数人やってきた。
おはようと声を掛け合うと、また二人へと視線を向ける。
傍観者のティアナが楽しそうなのは解るけど……一体何を書いているんだろう。
見てもいいかな?
そう考えていると、半死状態のグレインがよぼよぼとやってきた。「何だよー」という口調が、あからさまにめんどくせぇと言いたげなのを主張している。
だがグレインもその文章に気づいたのか、いつもの状態に戻ると「何書いてんの?」と率直に訪ねてきた。アルベルトは心からの笑顔で顔をほころばせると、書いていた紙をそっと差し出してくれる。
「新しい詩です」
「ほーう。でもまたどうしてだよ? 試験のなら、できてんだろ?」
「そうなんですが……昨日、色々ありまして。そうしたら、アヴェン・セイ=ラピリスにももっと色々なことができるんじゃないかと思ったので」
記しておかないと、忘れてしまいそうですし。
にっこり微笑むアルベルトを見てから、グレインとエリヴィアは渡された紙に視線を落とした。そこには構想段階の、率直で、でも前向きな明るい詩が書かれようとしている。
なるほど。これを見ていたから楽しそうだったのね。
「わたしも何か、もっと別の詩を作ってみようかなぁ」
するとティアナがぽつりとそんなことを呟いたのだ。それに目ざとく反応するとグレインが呆れ半分といった眼差しで見つめてくる。
「お前、そう言ってできるのか?」
「できるできる! だって何事も根性と努力でしょ」
何ならグレインも一緒にやらない?
だが話を振ったのが悪かったか、努力家のティアナは目をらんらんと輝かせると、むんずとグレインの手を掴んでいた。もう今更待ったはなしだろう。
言わなければ良かったものを……。
「エリヴィアさん」
「ん?」
あたふたとティアナに引きずられていくグレインを見送っていたエリヴィアは、ふといつもの調子で返事をしてしまった。
しかし、よく考えてみれば告白らしきものをされて、しかもオーケーをしてしまったような関係だ。もっと気の利いた返事でもできなかったものかと、軽く自己嫌悪に陥ってしまう。
例えばもっと可愛くとか……。
だがそんなことなど気にも留めていないのか、それとも素のままでいいといってくれているのか。
「エリヴィアさんも、詩書きますか?」
いつになく嬉しそうな表情を向けられてしまうと、どうしてかこっちも嬉しくなってしまって。
「そうだね。皆も書くようだし、私も書いてみようかな」
教室の中は、時が経つにつれてにぎやかになってゆく。
おもいっきり頷くと、私は早速考え始めた。
授業も試験も関係ない。
私だけのアヴェン・セイ=ラピリスの詩を。
おわり。