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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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パレード


 ペトロが恵瑠(える)尋問(じんもん)を終え時刻は午前十一時。晴天に恵まれた今日この日、教皇宮殿正門前の道は大勢の観客で賑わっていた。教皇を一目見ようと集まった人々で熱気にあふれ、それを道路沿いに並ぶ騎士たちが見守っている。観客の視線は正門の奥にあるフロート車に向かっていた。

 まるで舞台の一つのように白く巨大な車には装飾と音響装置が備えられ、車の上には段があり、一番上には教皇の座る椅子が設けられていた。


 そしてついに、パレード開始の時刻とともに教皇が宮殿入口から現れた。大きな扉は開かれ多くの奏者と共に歩いてくる。白銀の刺繍が輝く教皇の白衣と白帽子に身を包みエノクは小さく手を振った。その姿に観客は歓声を上げ、大きな歓迎の声にエノクは微笑み車の台に乗り込んだ。


 パレード用の車の台にはペトロも搭乗(とうじょう)し、エノクよりも低い段に立った。三メートル近い場所から見下ろせば門を出た道路沿いにぎっしりと人が集まっている。

 エノクは穏やかな笑みで手を振っている。ペトロも形だけ手を振って観客に応えるが、鋭い表情で装着したインカムに声を飛ばす。

「状況は?」

『異常なしです』

「発車しろ」

 大きな正門が開かれる。先に騎士の一列が歩き出し、続いて楽器を持った奏者たちが音楽を(かな)でながら後に続く。その後に車はゆっくりと動き出した。


 道路は街中の人々を集めたかのような歓声に包まれている。そのまま車は進み教皇宮殿から離れ繁華街へと入った。十階建て相応の大きさの建物が道路沿いに並び建物を繋ぐ垂れ幕には教皇へと向けられたお祝いの言葉が書かれている。道路沿いに入れなかった人は建物の二階や三階の窓から教皇に手を振っていた。そんな彼らにもエノクは手を振って応える。

 ペトロは辺りに不審な動きがないか監視していた。これまでのところ異変はない。予定通りに進行を続けている。


 神官長派の高官たちによる天羽(てんは)降臨(こうりん)の計画。そのために彼らがどんな行動をしてくるかは分からない。今もなにかを狙っているか。

「どうしたペトロ。疲れているな」

 すると民衆に手を振りながらエノクが声をかけてきた。

「いえ」

 教皇からの心配に咄嗟(とっさ)に否定するものの、彼が気を張っているのは傍目(はため)から見ても明らかだ。

「素直には楽しめんか」

 そんなペトロにエノクは若干語気を下げる。


 ペトロの近くから彼へ向けて黄色い声が飛ぶ。ペトロは彼女たちに振り向き手を振った後、他の人々にも手を振りながら話し出す。

「最後まで安心は出来ません」

 油断は出来ない。本当ならこの行事も中止にしたかったのが本音のペトロだが、そうしてしまっては中止の理由を巡って疑心(ぎしん)を広げるだけだ。それも避けなくてはならないことだった。

 不安は尽きない。


 だが、そんなペトロにエノクから思いがけない言葉が贈られた。

「すまんな、私のわがままでお前には苦労をかけている。ここにいる多くの笑顔のために、お前には辛い思いをさせた」

「そんな」

 ペトロは慌てて否定した。こうしてパレードを開くことには利点も多くある。それは教皇一人のわがままではない。この催しを楽しみにしている人々の期待に応えようとしていた教皇の気持ちを知っている。その優しさを理解している。それを実現させたいとペトロも願っていたから努力したのだ。それを辛いと思ったことなど一度もない。


 そこでエノクはペトロに振り返った。

 みなに向ける顔と同じ穏やかな笑み。その笑みにペトロはハッとなる。

「ありがとうな。こうしていられるのもお前のおかげだ、ペトロ」

 ありがとう。たった一言で今までの苦労が報われる。


「……はい。教皇様」

 ペトロは目を伏せ頭を小さく下げた。

 このパレードを開いてよかった。ここにきて初めてペトロはそう思えた。

 憧れであり、国民のすべてが慕う慈愛連立(じあいれんりつ)の最高の信仰者。この人の役に立ててよかったと心から思える。


 なにも不安がることはない。この行事は成功させる。そして天羽(てんは)降臨(こうりん)も阻止すればいい。

 すべては予定通りに進む。これ以上の問題など起こるはずがない。

 ペトロは自身にそう言い聞かせた。

 だが、その時だった。

「待てぇええええ!」


 大声が上空から響いたのだ。

「なに」

 見上げれば建物から飛び出した二つの人影があった。その人影がパレードの道路に降り立つ。それは一人の少年と少女だった。

「なんだ君たちは。すぐにここから離れなさい!」

 パレード進路上に現れた少年と少女に前衛の騎士が近づいていく。

 騎士の一人が少年の肩を掴んだ。


「退いてくれるか」

「があああ!」

 だが、少年の右手が黄金に光ると同時、騎士は投げられ大きく飛んでいった。観客の中へと入っていき悲鳴が上がる。

 突然の乱入者。その見覚えのある姿にペトロは驚愕(きょうがく)した。

「バカな……」

 計画が狂う。想定が崩れる。計算が乱れる。

 大誤算だった。


 教皇誕生祭という世界有数の行事に神官長派らが割り込むならいざ知らず、一学生が乗り込んでくるなど。馬鹿でもそんなことはしない。

 では、目の前にいるのはなんなのか。

「貴様! なにしに現れた!?」

 残りの騎士が二人の前に並ぶ。剣を抜き乱入者に向ける。

 だが二人は臆さない。これだけの大舞台に敵として現れておきながら、大胆不敵(だいたんふてき)に対峙する。


「俺の友達を助けにきた!」

 自信満々に、高らかに叫ぶ。

 そこにいたのは金色の髪をした少女。

 そして、黒い髪の少年だった。

 それは天下界に生まれたただ一人のイレギュラー。存在自体があり得ない想定外の存在。

 ペトロの計画をぶち壊す、その者の名は――。

恵瑠(える)の居場所を、教えてもらうぜペトロ!」

 無信仰者、宮司(みやじ)神愛(かみあ)だった。


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