留置所
恵瑠が攫われた。おまけに俺まで捕まり取り調べ室に座らせられている。
両手は椅子の後ろで手錠をかけられていて身動きが取れない。狭い部屋に小さなテーブル、対面には俺を連れてきた二人の騎士がおり一人は座っている。部屋は薄暗くスタンドランプの光がぼんやり灯っていた。
ここに来てからどれだけ経っただろう。こうしてにらみ合ったまま無駄に時間だけが経っている。
「なあ、カツ丼はどうしたカツ丼は。定番だろうが」
「カツ丼はない」
「定番なのに？」
「ない」
「親子丼は？」
「ない」
「うな丼は？」
「ない」
「天丼は？」
「ない」
「うどんは？」
「ない」
「今までのどんの中に一つだけ仲間外れがいるんだがどれだと思う？」
「黙ってろ」
「ちっ」
俺は舌打ちしながら視線を逸らした。
「ふん、イレギュラーのクズが」
「なに？」
「知ってるはずだ、あの恵瑠って女の正体を」
俺は騎士を睨むと男も不機嫌そうな顔で俺のことを睨みつけてきた。
「なぜあんな奴を庇う。あいつは多くの人間を殺したんだぞ？ それが慈愛連立の信仰者として人間にまぎれてた。なにかを企んでいるに違いない！ あんな化け物、さっさと殺して欲しいくらいだぜ」
部屋の入口前で立っている騎士も「まったくだ」と口をそろえる。
だが、俺には納得いかなかった。
「そんな言い方するなよ……。お前があいつのなにを知ってる？ あいつはな、そのことをすごく悔やんでる。反省してるんだよ！」
恵瑠は本当は優しいやつなのに。過去の過ちはひどいものだったかもしれないが、今はそれに苦しんでる。なら許してやってもいいんじゃないのか？
「どうだが。ただの人殺しだろ？ いや、大量殺人者だ。今まで生きてきただけ幸福なんだ。その分苦しんで死ねばいいものを」
男の言葉に後ろの男も笑っていた。
それで、俺は立ち上がった。手錠で繋がれた椅子も持ち上がる。
「貴様！ それ以上動いたら斬るぞ！？」
騎士の二人も立ち上がり鞘から剣を抜く。だが、俺は止まらなかった。
「あいつのことを知らないくせに。てめえらこそ」
俺は神理を発動する。全身が薄く黄金に包まれる。それによる強化で俺は手錠を引き千切った。
「なに！？」
まずいと思ったが、我慢出来なかった。
「これ以上、あいつを侮辱するんじゃねえ！」
俺は右腕を振り上げた。右手に集中する黄金のオーラを纏い、目の前の男を殴りつける。
「があああ！」
「ぎゃああ！」
男は吹き飛び背後の男も巻き込んでいった。さらに扉にぶつかるとそのまま弾き飛ばし出口が開く。
俺は肩を回しながら入口から出た。すでに建物から警告音が鳴り響いている。かなり大事になっちまったが手が出てしまったんだから仕方がない。うん、仕方がない。それよりも早く恵瑠を探しに行かないと！
俺がそう思っていると声が聞こえてきた。
「主！」
「ミルフィア？」
廊下を走ってミルフィアが駆け付けてきたのだ。それにミルフィアだけじゃない、加豪と天和も一緒だ。
ミルフィアが目の前で立ち止まる。
「主、大丈夫ですか？ 捕まったと聞きました。なにかお怪我はありませんか？」
「心配すんなミルフィア、俺は大丈夫だ」
「どこが大丈夫よどこが！？」
するとミルフィアの後を走っていた二人が追いついた。加豪が顔を顰めて倒れている騎士二人を見ている。
「留置所で衛兵殴り倒しておいておまけに脱走？ このどこが大丈夫なの？」
「しゃーねえだろ、成り行きだよ成り行き」
「成り行きなら仕方ないわね」
「天和はてきとうなこと言わないで。神愛が調子乗るでしょ」
「どうします主。すぐに他の係りの者がやって来るはずです」
「そのわりにはなかなか来ないな」
俺は廊下を見るがまだ駆け付けてくる気配がない。
「今日は教皇誕生祭ですし、ほとんどの人員はそこの警備に回っているのでしょう。どうやら最低限の人数しかいないようです」
「よし！ この隙に逃げ出すぞ。そして恵瑠を奪還する！ お前らもいくぞ」
「ちょっと待って。本気でこのまま脱走するつもり？」
俺は走り出そうとするが加豪から苦情が入った。
「しゃーねえだろ、成り行きだよ成り行き」
「成り行きなら仕方ないわね」
「天和お願いだから黙ってて」
加豪が額に手を当て顔を振っている。
「なんだよ加豪、恵瑠がピンチなんだ。急がなくちゃならないんだよ！」
「分かってるわよ！ まったくもーう、はいはい分かった。どうしてあんたはいつもトラブルばかりなのよ」
「文句は後だ、まずは走れ！」
俺たちは走り一階廊下の窓から外へと飛び出した。なんとか逃げ切ることに成功し建物の角に手を当て息を整える。
