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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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友達だからな


 恵瑠(える)は地面を見つめながら歩いていた。見えるのは自分の足と舗装(ほそう)された道だけだ。

 そんな中、周りから自分のことを悪く言う話が時折聞こえてくる。

 それが、彼女には辛かった。かつての過ちを償いたくて天羽(てんは)を止めたのに、結果論とはいえこういう目に遭うとは。

「ボクは……」


 知らず恵瑠(える)はつぶやいていた。

 その時、ふと隣から神愛(かみあ)の気配がしないことに気付いた。それで顔を上げてみる。

神愛(かみあ)君?」

 そこには神愛(かみあ)の姿がない。慌てて辺りを見渡すが姿が見えなかった!

「しまった! 足元見てる最中に見失うなんて!」

 慌てる。最悪の事態だ、早く見つけて合流しなければ。仲間と合流する前に隣人が消えるとかホラー映画みたいな展開になっている。


 恵瑠(える)はすぐに周囲を見渡すが、その時だった。小学生くらいだろうか。道の隅に自分よりも小さな女の子が立っており、それも泣いているようだった。

「おかあさん……」

 どうやら母親とはぐれてしまったようだ。

 つぶやきは小さく道を行き交う人には届いていない。女の子が困っているのに気付けたのは恵瑠(える)だけだ。


 だが、ここで恵瑠(える)が助けに行けば正体がバレるかもしれない。残念だが彼女を助けるわけにはいかない。とりわけ緊急性(きんきゅうせい)のある問題でもなさそうだ。時間が経てば誰か気づくか母親が探してくれるだろう。 

 普通ならそう考える。だけど。

「ねえ、どうしたの?」

 恵瑠(える)は、考える前に話しかけていた。

 恵瑠(える)は女の子の前に立っていた。まだ幼児の女の子が恵瑠(える)を見上げる。

「え?」

「お母さんとはぐれちゃったのかな?」

「……うん」


 恵瑠(える)は笑顔で話しかけるが女の子は悲しそうに顔を下げてしまった。

「君のお名前はなんですか?」

「……エリザ」

 恵瑠(える)の質問に女の子は小さい声だが答えてくれた。

 ならば今度は自分が応える番だ。恵瑠(える)はニコっと笑うと元気よくガッツポーズを取る。

「ボク参上! 今から君をレスキューします!」

「え?」

「だから大丈夫ですよ、ね?」


 恵瑠(える)は笑った。彼女は慈愛連立(じあいれんりつ)の信仰者、困っている人を助けるのが教えの、心優しい女の子だ。目の前で泣いている人がいる。困っている人がいる。

 人を助ける理由なんて、それだけで十分だ。

 今、泣いている女の子を助けるために、恵瑠(える)は笑顔で近づいた。

「ほんとに?」

「うん! 任せてください!」

 不安そうな女の子に恵瑠(える)は頷き、彼女の横に並ぶ。そして街行く人々に向け、両手を口に当てて叫んだ。


「エルザちゃんのお母さぁああん!」

「エリザです」

 目の前を歩いていく大勢の人々に聞こえるように。困っている人を助けるんだと、恵瑠(える)は力いっぱいに叫んだ。

「エリサちゃんのお母さぁああん!」

「エリザです」

 隣にいるエリザちゃんから冷静なツッコみを貰いつつ、恵瑠(える)がもう一度叫ぼうとした時だった。

「エクザ――」

「エリザ!?」

「お母さん!」


 母親らしき女性が駆け寄ってきた。その女性にエリザちゃんも抱き付く。どうやら見つけてもらえたようだ。

 よかった。二人の再会に恵瑠(える)はにこにこしながら見つめていた。

 だが、母親がお礼を言おうと恵瑠(える)を見た時だった。

「あなた、もしかして指名手配の人!?」

「え……」


 温かい気持ちに冷水を掛けられたように表情が青ざめていく。バレた。母親は急いでエルザちゃんを抱きかかえると恵瑠(える)から離れていった。

「私の娘になにをするつもりだったの!?」

「いや、違うんです! ボクはただ!」

「お母さん、この人はそんなんじゃ」

「エリザ、あなたは黙ってて!」


 恵瑠(える)とエリザが揃って説明しようとするが母親は聞く耳を持ってくれない。

「誰かぁ! 指名手配犯よ、私の娘に手を出そうとしたわ!」

「待ってください、ボクはただ助けたくて!」

 恵瑠(える)は説得するが街を歩いていた人たちの足が止まる。一斉に恵瑠(える)を注目してきた。次々に「ほんとうだ」と声が上がる。

 恵瑠(える)はすっかり町の人々に囲まれていた。人垣(ひとがき)が生まれ非難(ひなん)と冷たい目で見てくる。「最低だ」「なんてやつだ」心無い言葉が飛んでくる。そこに、彼女を信じてくれる者はいなかった。


 ただ困っている人を助けたかった。それだけだった。

 しかし、その結果得られたのは感謝ではなく疑心(ぎしん)非難(ひなん)だけだった。

 人を救おうとしただけなのに、自分は救われない。

 恵瑠(える)は俯いた。この現実に、胸が締め付けられるほど苦しくなる。

「ボクは……」

 誰も助けてくれない。

「ボクは……!」


 味方などいない。

 まるで、ここに居場所なんてないように。

 だけど。

「おい」

 そんな時だった。

「静まれ静まれ!」

 彼は、やってきた。

 一人の少年の大声が響く。ここにいる全員が彼に注目した。恵瑠(える)も顔を上げ声の主を見つめる。

 そこにには、人垣(ひとがき)を分けて来る神愛(かみあ)の姿があった。

神愛(かみあ)君……」


 この場の人たちは誰しもが指名手配犯の恵瑠(える)を見つけ非難(ひなん)している。おまけに娘に手を出そうとしたと言われれば空気は最悪だ。

 だけど、神愛(かみあ)は違った。

 いったいなにをするつもりなのか?

 神愛(かみあ)は自分の腕章を無理やり引き取ると、それを全員に見せつけた!

慈愛連立(じあいれんりつ)の信仰者が。この、黄色のダイヤが目に入らぬかぁ!」

「その腕章は!?」

 町の人々が驚く!


「ここにいる俺を誰だと心得(こころえ)てやがる。(おそ)れ多くも天下界唯一のイレギュラー、宮司(みやじ)神愛(かみあ)だぞ! 俺様の御前(ごぜん)である。頭が高い、控えろ控えろぉお!」

 町の人々を黙らせながら神愛(かみあ)は前に進んでいく。さらに神愛(かみあ)口上(こうじょう)は続く。

「俺さん、僕さん、こらしめてあげなさい。いくぜおらぁあああ!」

「お前がやるんかい!」

 町民の一人がツッコむ。


 神愛(かみあ)恵瑠(える)を助けるために現れた。しかし人々は畏まるどころか返ってきたのは当然悲鳴だった。

「きゃあああ! イレギュラーよ!」「どうしてイレギュラーがこの場所に!?」「出て行けイレギュラー。神を信じない不届き者が!」「イレギュラーなんて火あぶりだ!」

「おいいいい! イレギュラーっていうだけでなんだその反応は!?」

 静まり返った空気が一転さきほどよりも大きな罵声(ばせい)となって返ってくる。もう恵瑠(える)そっちのけだ。ただの犯罪者よりも無信仰者の方がよっぽど性質が悪い。なにせここは天下界、神を信じぬ不届き者など火あぶりの刑にされてもおかしくない。


 しかし、そっちがその気なら神愛(かみあ)もその気だ!

「ふざっけんな! てめえらの家ぜんぶに火ぃ付けてやろうか! 顔全員覚えたからな!」

「きゃあああ!」

 まさしく火に油である。

「早く衛兵を呼ぶんだ!」「やっぱりイレギュラーは最低だ!」「こんな危険人物見たことがない!」

「んだとオラぁあ!?」

 神愛(かみあ)が怒鳴り散らすと街の人々は蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げて行った。そんな彼らを神愛(かみあ)はいつまでも睨みつけていた。

「くそ、ふざけやがって」


 苛立ちが収まらないのが見ていて分かる。

神愛(かみあ)君、どうして」

「ん?」

 そんな神愛(かみあ)恵瑠(える)は見上げていた。だがそれは怒っていることよりも別のことが気になっていたからだ。

「どうして、自分がイレギュラーだってこと言ったんですか? そんなことしたらみんなから嫌われるって分かってたはずなのに」

 それが恵瑠(える)には分からなかった。


 あの状況で大勢の人から拒絶(きょぜつ)された。信じてもらえなかった。それはとても辛く悲しいことだったのに。なのに神愛(かみあ)は自らその状況へと飛び込んだ。自分でイレギュラーであることを明かし全員から非難(ひなん)された。

 恵瑠(える)にはとてもではないが真似できない。あんな辛く悲しい目に遭うなんてこと。

「自分の正体を明かすのが怖いか?」

 神愛(かみあ)恵瑠(える)を見つめる。その顔は穏やかだった。さっきまでの苛立ちは消え、恵瑠(える)を優しく見つめていた。


「お前だけに辛い思いなんてさせねえよ」

 それはいつもの彼だった。軽口で、少し乱暴で、いい加減で。

 でも、優しい神愛(かみあ)だった。

「友達だからな」

 神愛(かみあ)は、そう言うと笑って手を伸ばしてくれた。

 恵瑠(える)はようやく理解した。

 なぜ正体を明かしたのか。


 それは、自分を助けるためだった。わざと自分に非難(ひなん)を向けさせたのだ。

 誰も助けてくれないあの状況で。

 彼だけは、自分を守ってくれた。

「うん」

 その手を、恵瑠(える)は掴んだ。

 さきほどまであった辛い気持ちも悲しみもぜんぶが消えていた。

 彼がそばにいる。

 それだけで。

 恵瑠(える)は明るさを取り戻していた。


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