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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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決意

「分かったか少年。その娘はあまりにも危険だ、二千年前の悲劇をまた起こすわけにはいかん」

 ペトロが一歩前に出た。着込んだ鎧が金属音を立てる。

「その娘を渡せ。でなくば、実力で排除する」

 まるで刃のような鋭い声でペトロは言ってきた。

 恵瑠(える)の正体、それが天羽(てんは)だというのは知っていた。大昔に人々を襲ったのも知っていた。

「…………」


 俺は無言のまま恵瑠(える)を見つめる。

 するとペトロの背後にいる騎士の一人が前に出てきた。青年くらいのまだ若いやつだ。

「おいガキ、さっさとそいつを渡せって言ってんだよ。さもないと痛い目みるぜ」

 騎士というにはガラの悪い奴だった。乱暴な口調で歩いてくる。

「下がっていろ」

「でもですよ隊長、このまま長引くのはまずいじゃないですか。また誰かに妨害されるかもしれませんよ。ねえ?」


 そいつはペトロの注意を無視するとずかずかと進み俺たちの目の前にまで来た。俺よりも少し背が高く、見下ろしてくると嫌そうな顔で言ってきた。

「そもそもだ、なんでこんなやつ庇うんだ? こんなやついない方がマシだろうが」

「んだと?」

 俺は睨むが男は止まらなかった。

「だってそうだろうが。当時の史料(しりょう)じゃそいつのせいで五つの街が灰にされたんだぞ? そんな化け物が今でも生きてる。いいか? こいつは人間の敵なんだよ!」

 男は怒鳴ると俺から恵瑠(える)に視線を変える。その態度と言葉に恵瑠(える)は震えていた。

「ボ、ボクはただ……」


 恵瑠(える)は明らかに怖がっている。なのに男は止まらない。

「そいつのせいで周りが危険に晒される。邪魔なんだよ鬱陶しい」

「ボクは……」

 恵瑠(える)は目を瞑りスカートを両手で握っていた。表情は辛そうで、今にも泣きそうだった。

「そうだろうが。なにが違う? 自分でも分かってるはずだ、自分はいない方がいいって」

 それでも、男は続ける。


「消えろよ。お前の居場所なんてどこにもないんだよ!」

 男が叫ぶ。

 それは恵瑠(える)非難(ひなん)する言葉だった。

 それは恵瑠(える)を苦しめる言葉だった。

 恵瑠(える)はついに泣き出した。

「う、うう」

 辛そうに、泣いていた。


 恵瑠(える)は昔許されないことをしてしまった。だけど今ではそれを悔いていて、人間と仲良くしたいと本当に思っていたのに。

 だけど、お前なんか邪魔だと言われて。

 お前の居場所なんかないと言われて。

 目の前にいるのは自分を非難する慈愛連立(じあいれんりつ)の敵だけ。

 味方はいない。

「おい」

 だけど、ここにいる。

 俺がいる。


「お前、今なんて言った?」

「なに?」

 たとえ慈愛連立(じあいれんりつ)に味方がいなくても。

 俺が、こいつの味方になってやる!

 俺は男を見上げていた。そして、気づく前から話していた。

「居場所がないだと?」

 静かだけど、胸では怒りが渦巻いていた。

 恵瑠(える)の苦しみが俺には痛いほど分かる。

 誰からも非難(ひなん)され、誰からも嫌われて。

 誰も助けてくれない。


 そんな辛さを俺も知っているから!

「てめえがこいつのなにを知ってるッ」

 俺は、男を睨み上げた。

 怒りが爆発した。

 俺の友達を、傷つけたからだ!

「いいか!? こいつはな、俺に居場所をくれた女だ! 人を傷つけるお前なんかと違って誰もが見て見ぬフリするようなやつだって助けられる最高の信仰者だ! 昔のことだって一番反省してる。誰とも仲良くなりたいって思ってる!」

「神愛君……」

「こいつに居場所がないって言うならな」


 俺は叫ぶ。そんな俺を恵瑠(える)が見上げていた。

 俺は言い切る。心の底から湧き上がる思いが叫ぶ。

「俺がいつだってこいつの居場所になってやる!」

 いつも一人で居場所がなかった俺と、こいつは友達になってくれたから。

 救われたんだ。

 どんなに感謝しても足りないくらいに。

 なら、今度は俺が助けてみせる。


「なに? お前自分がなにを言ってるのか分かってんのか? そんな小娘一人守るために、ここにいる全員と戦うつもりか? いいや、お前は、慈愛連立(じあいれんりつ)すべてを敵に回すことになるんだぞ!」

 男が怒鳴ってくる。俺の言葉がどれだけ愚かか言ってくる。

 こちらに味方はおらず敵は複数。おまけに聖騎士までいる。多勢に無勢どころじゃない。それに、ここでなんとか切り抜けても終わりじゃない。


 天下界の三大勢力、慈愛連立(じあいれんりつ)を敵にすることになる。勝てる勝てないの話じゃない。規模が違い過ぎる。ただの学生一人がどうこうなる勝負じゃない。

 だけど。

「ああ、いいぜ」

「なんだって?」

 俺は言った。


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