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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
80/428

宿4


 夜の静けさが部屋を包む。窓際から差し込む月光は二人が並ぶベッドを照らしていた。白いシーツに浮かぶ二人分の影が静寂に映る。

 その一人、恵瑠(える)の目の前には神愛の背中があった。いつもそばにいるのにここまで近くで見ることは初めてで恵瑠(える)は見つめ続ける。

 天羽(てんは)として居場所を失い、場違いである人間と共に暮らしていた恵瑠(える)には孤独が多かった。ようやくできた友達もいつかは失うのではないかと怖かった。

 ずっと、長い間を一人で生きてきた。明るく振る舞っていたけど、心の底では寂しかった。本当の自分を偽り、ずっと不安だった。

 だけど、彼は違う。


 いつまでも友達だと言ってくれた。自分を怖がらずにそばにいてくれた。かつて、人間を襲った天羽(てんは)だと知っても、なお。そんなことを言ってくれる人が、あと何人いるだろう? 怖がられて、疎まれて、それが当たり前だというのに。なのに、彼は友達だと言ってくれた。

 それが、恵瑠(える)にはとても嬉しかった。感動と言っていいほどに感謝した。

(ありがとう、神愛君)

 恵瑠(える)は、彼の背中をずっとずっと見続ける。

 自分の友人である、彼の背中を。

「ねえ神愛君、次の問題ね」


 そう言って恵瑠(える)は人差し指を背中へと当てた。細く長い指がそっと触れる。

 その指先に、恵瑠(える)は心からの思いを込めた。

 感謝している彼がここにいる。

 助けてくれた人がここにいる。

 救ってくれた。

 守ってくれた。

 恵瑠(える)は指を動かす。緊張した面持ちで、けれど指はしっかりと軌道を描く。

『す』


 まるで恐れるように、だけど力強く。

 恵瑠(える)は伝えた。

『き』

 自分の、想いを。

「ねえ……分かる?」


 背中から指を離す。通じただろうか。恵瑠(える)は不安な気持ちで神愛の答えを待つ。

 もし、断られたらどうしよう。せっかく友達だと言ってくれたのに、これで壊れてしまったらどうしよう。

 不安と心配の眼差しで、恵瑠(える)は神愛の答えを待ち続けた。

「神愛君。……神愛君?」

 だがなかなか答えが返ってこない。それで恵瑠(える)は体を起こし神愛の顔を覗き込んでみた。

「スゥ……スゥ……ううん……」

「眠っちゃったか」


 神愛はすでに眠っていた。恵瑠(える)はホッとしたような寂しいような複雑な気持ちになったが、安らかな寝息を立てている彼の顔に自然と笑みが浮かんだ。

 恵瑠(える)は横になると彼の背中に額を当てた。目を瞑り、彼を一番近くで感じる。

「大好きだよ」

 こうして一緒にいる。自分を受け入れてくれる。これ以上の喜びなんてない。

「神愛君。ずっと、一緒にいてね」

 幸せに包まれて、恵瑠(える)は眠りについていった。


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